第41話 師弟
「んんー、エックセレント!! たぎりますわ!!」
今日のエリザベートは絶好調だ。全身にやる気が漲り、脳内は根拠の無い自身と全能感で満ちている。
その気持ちは剣の冴えにも影響し、襲い来るコボルトの群を何の危なげも無く撃退していた。
自分で自分の気持ちを盛り上げる能力。
一見するとただのお調子者だが、エリザベートはこの能力にかけては天性のモノを持っていた。
自分を信じる、毎日やる気全開で頑張れる。
何でも無い事のようだが、存外これが出来る人間は少ない。人間関係仕事の不調、そして生活リズムの乱れ、それからやる気の欠如。様々な外的要因で自分のパフォーマンスを100パーセント発揮できる日というのはほとんど無いといってもいいだろう。
しかしエリザベートは天才だった。
馬鹿だったと言い換えてもいいかもしれない。
彼女の頭に不調という文字は無く、脳内は常にやる気で満ちあふれ、何なら脳内麻薬をばんばん出して自分でトリップすることさえある。
つまり危ない奴なのだ。
「オーホッホッホ!!」
今も命をかけた戦闘の最中だというのに、高笑いをして剣を振るっている。
そんな彼女だが、思いの外他の冒険者からの印象は悪くない。それは彼女の行動原理が常に善を目指しているからでもあり、もっと言うと彼女の人柄がどうにも憎めないという事も大きいだろう。
エリザベートは今にも鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌さで依頼を終えると、そっと額に浮かんだ汗を拭う。
今日はもう帰ろうか、そう考えた時、少し離れた場所で金属同士のぶつかる甲高い音が鳴り響いた。
「・・・? 誰か戦っているのかしら?」
他の冒険者が別の依頼で来ているのなら邪魔するのは悪い。しかし野党に襲われた旅人という可能性もある。
エリザベートは様子を見るために、音のした方向へ向かって駆けだした。
「はぁああ!!」
そこで目にしたのは年若い男の冒険者が複数のコボルト相手に奮戦している姿。やはり先ほどの音はこの同業者の戦闘音だったようだ。
邪魔をするのはマナー違反だ。エリザベートはそっとその場を離れようとし、とある事に気がつく。
少年の装備は簡素なモノで、いかにも金のない駆け出し冒険者といった様子。剣の腕も見ている限りではお粗末で、場数こそ踏んでいるようだが動きに無駄が多すぎる。
正直あの少年はこの場所に来るレベルではない。
この近辺を縄張りとしているコボルトは、種族こそ貧弱なモノの異様に強い事で知られている。どうやら魔神復活の余波でパワーアップしているようで、彼のような駆け出し冒険者が相手にするような魔物では無いのだ。
案の定、少年はコボルトの手数の多い攻撃に苦戦しており、じりじりと後退している。このままでは彼はコボルトの餌食になってしまうだろう。
(・・・しょうがないですわね。本当はマナー違反なのですが・・・見殺しにも出来ませんしね)
そう決断したエリザベートは、するりと腰の剣を抜くと戦場に躍り出た。
急な乱入者に意表を突かれたコボルト達。その隙を突いて手前の一匹の喉を切り裂く。
血を吹いて倒れた仲間の姿を見て我に返った他のコボルト・・・しかし既に遅すぎた。ニヤリと笑ったエリザベートは怪我をした少年を庇うように前に立ち、前方に魔法を展開する。
「”ファイアボール”」
魔力により形成された火球がコボルト達を焼き尽くす。
いくら強化されているとはいえ、Aランク冒険者の魔法を受けて貧者なコボルトが生きている筈も無く、その身は一瞬で灰と化す。
「危なかったわね。無事かな少年?」
振り向いたその先には、ぽかんと口を開けた間抜け面がエリザベートを見上げていた。
「助けてくれてありがとうございました・・・ええと」
「エリザベートよ。正義の魔法剣士エリザベート・リッシュ・クラージュ。エリザと呼んで下さって結構ですわ」
エリザベートが名乗ると、助けた少年も小さな声で自己紹介する。
「・・・魔法剣士・・・ですか。あ、俺はマルク・・・一応冒険者です・・・Dランクなんですけど」
マルクは自分がDランクの冒険者だと名乗った事で馬鹿にされると思っていた。もしくはそんな駆け出しがなんで此処にいるのかと怒られるものかと。
しかしエリザベートは朗らかな口調で手を差し出してくる。
「やはり同業者でしたわね。これからよろしくお願いしますわマルク」
差し出された手を呆然と見つめるマルク。エリザベートのその態度は、まるで同格の冒険者に対するようなソレだったのだ。戦闘を見る限り彼女が高ランクの冒険者であることは間違いない筈なのが・・・。
「あの・・・エリザさんは俺を怒らないんですか? Dランクの冒険者がこんな危険な場所に来るなだとか・・・」
マルクのその言葉に、エリザベートはきょとんと首をかしげる。
「何故ですの? 冒険者となったからには命をかける覚悟があったのでしょう? わざと危険な場所に行って己を高めようとする目的はわかります・・・ですが、そうですね。先ほども危なかったですし、あまり一人で来るのはオススメしませんわ」
その言葉にマルクは自身の唇を噛みしめ、ぽつりぽつりとその身の上を語り出した。
自身が孤児だったこと。
強くなるために仲間を切り捨てたこと。
・・・そして先日幼なじみが勇者のパーティに引き抜かれ、一人途方に暮れていたことなど、一度話し出したら止まらなかった。きっとマルクは誰かに話を聞いて欲しかったのかもしれない。その瞳には涙も浮かんでいる。
「・・・なるほど。勇者パーティっていうとあのいけ好かない女の居るパーティですわね。それで、アナタはそのパーティに幼なじみを取られ、自分はいけ好かない女に良いように言われて自棄になっていると?」
話を聞いたエリザベートが問いかけるとマルクは静かに頷いた。
「・・・はい。でも言い返せなかったんです。あの騎士様は強くて・・・俺は弱かった。きっと間違っていたのは俺の方だった。そう考えたら怖くなって・・・このままじゃ一生シャルロッテに追いつけないって思っちゃうから・・・だから何も考えないように此処で戦ってたんです」
そう言った彼の姿はボロボロだ。どれだけ長い間一人で戦っていたのかわからない。そんな惨めな姿を見て、何故かエリザベートは少し怒りを覚えた。
彼女は懐から回復のポーションを取り出すと、コルクを開けて中身をマルクにぶちまける。怒りにまかせたといった風な荒々しいその行動に、マルクはぽかんと口を開けた。
「エリザさん何を?」
そんなマルクにエリザベートはずいっと顔と顔を近づける。
「気に食いませんわね。アナタは何でその女の言うことに踊らされているのですか?」
エリザベートは怒っていた。
正義を理由に二人を引き裂いた自称勇者に、そして、自分が強者であるという驕りから他者の生き方を否定するあのいけ好かない女騎士にだ。
「剣士が魔法を学ぶことは無駄? それはあの女の勝手な持論でしょう。アナタは間違っていない・・・強くなるために、夢を叶えるために手段を選ばず、がむしゃらに努力することが間違いな筈はありませんわ!」
そしてエリザベートは表情を和らげるとマルクの頭をそっと撫でた。
「アナタは間違っていない。ワタクシがそれを証明しますわ。・・・マルク今日からアナタの事をワタクシが鍛えます。すぐにワタクシに追いついて、そして追い抜く事を期待しますわよ」
マルクはその言葉を噛みしめ、涙を一滴こぼしながらコクリと頷いたのだった。
◇
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