第38話この時代にタイトルを作った人間が……ん? お、お前は……!
「……んん? どこだここ」
目を覚ますと、そこは白一面の空間だった。
360度どこまで続いているかすら分からない、真っ白な空間。3Dゲームでバグって侵入したテクスチャの裏側みたいな空間。
長時間いたら精神に大なり小なり異常をきたしそうなそんな場所。
そんな見覚えのない空間に俺は――いや
「あ、ここアレか。この間、来たじゃん」
つい最近ここに来たことがある。数日前、早朝ランニング中にぶっ倒れた時もこの場所で目を覚ましたのだ。
そうだ。ここは……俺の心の中だ。
「しかし……相変わらず何もねえな」
自分の心に言うのもなんだけど、本当に何もない。ぶっちゃっけつまんなーい。
荒野に無限の剣が刺さってたり、空に歯車が浮いたり、ブラックウエディングドレスが余りにも可愛すぎてこころがたりを寝る前に聞くのが日課になっちゃった責任をとってほしい前作ラスボスちゃんがいて欲しいとか……そういう贅沢は言わない。
でもさぁ……もっとこう、なんかあるだろ?
こんな何もない場所じゃ、誰か他の人が訪ねてきた時に「よくないね!」ボタン連呼されちゃうよ。承認欲求が満たされねえよ! 可愛らしい子猫にゃんが迷い込んできても、素通りしちゃうよ! 何もなさ過ぎて『今日はもう帰って寝ようぜ』とか言われちゃうよ!
やっぱアレだな。ランドマーク的な何かがほしいね。ここが一ノ瀬辰巳の心の中だって一目で分かるサムシング。
女子高生が自撮り写真をアップしたくなるような、ナウでヤングにバカウケな名所が欲しい。
「名所と言えば……やっぱりタワーだな」
ランドマークと言ったらタワー。これは間違いない。タワーをぶち立てるしかねえな。
真っ白な空間に聳え立つ雄々しくも魅力的なタワー。
名前はどうしようか。辰巳タワー、タツミンツリー、辰巳閣、バベルオブタツミ、コースマルマークタワー、タツミパレス、タルタロス、バレンスタイン城、しっこくハウス……あれ? タワー関係なくなってきたな。
まあ、タワーの名前は後々インタ―ネット公募とかで決めるとして。
名所にはそれに相応しい名物が必要だよな。安定した収益を確保しつつ、名所としてのPRを兼ねることのできる名物。
俺の心の中――一ノ瀬ハートインランド(仮)を代表する名物……他の名所に負けないインパクトのある名物……そうだ!
エリザのおにぎり(仮)なんてどうだろうか。
店員であるエリザが目の前で丁寧かつ愛を込めておにぎりを握ってくれるのだ。何なら『〇〇さんの為ににぎにぎしちゃいますねー』という優しい言葉と共に、満面の笑みで。
オプションで追加料金を払えば、学生服やナース服、スクール水着だったりチアガールの恰好をして握ってくれるサービスも付けよう。ポイントカードも作って、何度も通ったお得意様にはゴールド会員特典として、何とエリザが脇で……こ、これは売れる! むしろ売れる要素しかない! 勝ったなガハハ!
「お主の発想が気色悪い」
おい、誰だ! 俺の完璧の営業戦略にケチを付けたやつは!
隠れてないで出てこい!
「妾じゃ」
声は背後から聞こえた。
この声……聞き覚えがある。世界の誕生から終焉を見届けた古の賢者の様な深みのある声。
そうだ。この一ノ瀬ハートインランドには俺以外にも、他に人間……人間か? まあ、人間らしき存在がいるのだ。
なぜか俺の心の中に住み着いてて、何もかもを見透かしたような言葉で語りかけてくる彼女。
彼女の名前は、そう――
「シル――シル……シ、シル……シルシル? シルシルちゃん?」
あれ? こんな『ぐだぽよ~』が口癖な妖精っぽい名前だったっけ?
「シ・ル・バ――じゃ、ド阿保。つい先日名乗った名前を忘れるでない。次間違ったら、手足が6本以上の生物にしか興奮できんように脳を弄る刑に処すぞ」
ひぇぇ……何か恐ろしい事言ってる……。そんな脳になったらモンス〇ー娘のいる日常世界かもん〇すくえすと世界に転移するしかないじゃん! ちゃんと転移込みまで保証してくれるなら、まあ別に改造されてもいいけど。
「……お主、相変わらずじゃな」
背後から聞こえる声が呆れたものに変わる。
つーかいるじゃん! ランドマーク! 名物的存在!
褐色超美女(しかもババア口調)とか、めちゃくちゃ名物になるじゃん! 美人女将が経営する旅館並みに! 少なくとも俺なら週1で通っちゃう。褐色美女にはそれくらいの価値がある。
よし。これからはシルバちゃんを観光資源として全面に押し出した展開で進めていくとしよう。
シルバちゃん饅頭やタペストリー、シルバちゃんと巡る一ノ瀬ハートインランド観光ツアー。1日3回のシルバちゃんディナーショー、ダークエルフに扮したシルバちゃんが出演する劇『ダークエルフの村にオークの群れが!』を開演。
〇レマスとバーガー〇ーガーで鍛えた俺のプロデュース力が火を吹くぜ!
「元気だったシルバちゃん?」
俺は今後懇意にしていくことになる、愛すべきパートナーの姿を見る為に、振り返った。
そこには想像していた通り、褐色の肌、透き通るような銀髪、そして神が手ずからハンドメイドしたとしか思えないほど整った顔の女性がいた。
「相変わらずお主は五月蠅いのう。前も言ったと思うが、ここではお主の思考は全て筒抜けなんじゃぞ? ちょっとは黙ることはできんのか? お主はあれか? マグロの一種か? 考えないと死ぬのか?」
その整った顔を崩し、眉を寄せるシルバちゃん。
その険しい表情さえ、神々しさすら感じほどふつくしい……。
だが、何だろう……何か俺の知ってるシルバちゃんと違う気がする。
俺が前に会ったシルバちゃんはミステリアスな魅力をムンムンに漂わせた20台中盤くらいの美女だったはずだけど……。
「なんじゃ?」
何か……小さい。全体的に。
俺より頭2つ分くらい高かったはずの身長も、今は俺の腰くらいの高さしかない。
肌や髪の色は記憶通りだし、顔も綺麗なのは綺麗なんだけど、どちらかといったら幼さをたっぷり含んだ可愛いらしいものだ。
何より胸。今にもドレスから零れ落ちそうだった豊満な胸がどこにも無い。ペタンだ。山も谷もない。完全な平地だ。痩せた大地、竹を割ったような胸。まな板。
一ノ瀬辰巳が選ぶ2017年『分給1万円を払ってでも、リアルおっぱいマウスパッドになって欲しい女性ランキング』堂々1位である彼女の胸はどこにもない。
以上の結果から、目の前にいる褐色ロリはシルバちゃんじゃないことが証明される。
「君は誰だ?」
「今名乗ったばかりなんじゃが」
困惑した表情の彼女には申し訳ないが、やはり彼女はシルバちゃんじゃない。
恐らく彼女は自分がシルバちゃんだと思い込んでいる一般ロリなんだろう。
もしくは……身内か? 実際、顔立ちやら雰囲気やらはシルバちゃんそっくりなんだよな。シルバちゃんをそのまま、ミニサイズにした感じ。
あれか? 妹か? 姉に憧れるあまり、姉と同じ名前を名乗っちゃう痛い系の妹かな?
シルバちゃんの妹……シルファちゃん? うわ、語尾に『れす』とか付けちゃいそう。あとメイド服とか似合いそう。
「何やら勘違いしておるようじゃが、妾は妹でもなければ身内でもない。シルバ――■■■通■■色、シルバ■オ■ルそのものじゃ」
またノイズが……。放送禁止ワードでも言ってんのか?
褐色ロリは淫乱属性、ク〇エちゃんが証明してるからな。
「いや、でもねシルファちゃん。君のお姉ちゃんと君は明らかに違うよね。おっぱいがないよね。君の胸じゃランキング圏外だよ?」
「また訳の分からんことを……ん? なんじゃ、この姿か」
シルバちゃんもといシルファちゃんは自分の姿を見下ろした。
「やれやれ。ほんの少し姿が変わったくらいで妾じゃと分からんくなるとは……薄情な男じゃのう」
そう言って彼女は指を鳴らした。
瞬間、彼女の全身が発光した。光が収まるとそこには……俺が知ってる褐色巨乳美女ことシルバちゃんの姿が。
「え!? あれ!? 何今の!? シルファちゃんは!?」
「落ち着け。この間会った時と同じ姿になっただけじゃ。ここはお主の心の中。姿形などイメージ次第でどうとでもなる」
「そ、そうなのかー」
あの褐色ロリと目の前の巨乳褐色美女が同一人物だとは思えない(主に胸的な意味で)
だが、実際に青いキャンディを食べた〇ルモちゃんみたいな芸当を見せられちゃ、信じないわけにはいかない。どうやら、シルバちゃんは自由自在に自分の年齢を変えることができるらしい。
「その気になれば赤子になることも、老婆になることもできるぞ」
「老婆はやめて!」
ババア口調のババアとか最早ただのババアじゃねえか。さすがの俺もまだ萌えらんない。
「まだと言う辺り、お主も業が深いのう……」
未来のことは誰にも分からない。俺の身に何かが起こって、お軽さんやフネさんを見る為だけに日曜日を楽しみにする日が来るかもしれない。人間にはそういった無限の可能性があるのだ。
「……まあ、お主がそれでいいなら妾は構わんよ」
やれやれと、組んだ腕で自分の胸をゆっさり支えながら溜息を吐くシルバちゃん。
彼女はもう1度指をパチンと鳴らし、先ほどの褐色ロリの姿に戻った。
「え? 何でまた……」
「今日はこの姿でいたい気分なんじゃ。まあ、気にするな。お主ら人間でいう、ふぁっしょんとでも思っておけ」
ファッション感覚でロリになったり美女になったり出来るとか……アー〇カードの旦那かな?
「さて、お主がここにいられる時間は限られておる。さっさと本題に入るとしよう」
「本題?」
そもそも俺何でここにいんの?
確か普通に朝、遠藤寺と通学して、授業受けてたはずだよな。んで、遠藤寺と別れてトイレに行って、それから……な、何かお尻の辺りがビリビリする。
「時間がないと言ったじゃろ。どうせ目を覚ませばお主の身に何が起こったかは分かる」
「まあ、確かに……」
「では早速……ふむ、立ちながらというのも、面倒じゃな」
そう言うとシルバちゃんは指を鳴らした。どうでもいいことだけど、さっきからシルバちゃん、指全然鳴らせてないんだよね。パスン、みたいな。ドヤ顔でそんな気の抜けた音鳴らすから、滑稽すぎて俺笑いこらえるのに必死。
「……」
睨みつけてくるシルバちゃん。そういえば俺の思考って筒抜けなんだっけ。
ただ今のロリ褐色状態だと、どれだけ睨みつけられようが全然怖くない。伝説の焼き鳥(笑)
「……ふん。本来なら、妾に対してそんな無礼なことを考えた時点で、腎臓の1つを粘土の塊に変える刑に処すのじゃが……今回は許してやる」
強がりとかじゃなく、マジな顔で言ってる辺り怖い。人の心の中に勝手に住み着いちゃってる理解不能なヤバイ相手だけに、マジで出来ちゃいそう。
あまり無礼なことは考えないようにしよう。
シルバちゃんが指を鳴らすと、何もなかった白い空間に突然、どこかで見たような卓袱台と座布団が2つ現れた。
真っ白な空間に卓袱台と座布団……シュールな光景だ。
「さっさと座るがいい」
「お、おう……ん? これよく見たら、ウチにあるやつじゃん」
卓袱台も座布団も俺の部屋に実際にある物、そのものだった。
卓袱台に残った弾痕、2つある座布団の片方には俺用であることを示す鯖の刺繍、もう片方にはエリザの物であることを示す猫ちゃんの刺繍。間違いなく俺の部屋にある物だ。ここって俺の心の中なんだよな? どうして現実世界の物がここに……。
「ここはお主の心の中。お主の記憶にあるものじゃったら、このように再現できるのじゃ」
「へー。あ、俺そっちの座布団使わせて」
俺は今まさにシルバちゃんが座ろうとしている、猫ちゃん柄の座布団を指した。
「……お主の座布団はそっちじゃろ。こっちは幽霊娘のじゃろうが」
「現実ではな。でも、今はそっちが使いたい。つーか、こういう機会じゃないとエリザの座布団とか使えないし」
何か言いたげなシルバちゃんから座布団を頂戴し、ゆっくり腰を下ろす。
そうか……これがエリザが使ってる座布団かぁ……。ふむふむ。心なしかエリザの暖かさの残滓を感じる。ここにエリザのお尻が乗ってるのかぁ。
この座布団の凹み具合、これがエリザの重みか。俺が使ってる座布団と違って、全然へこんでない。エリザ軽いからなぁ、幽霊だし。
しかしいつも、エリザに座られて羨ましいと思ってたこれに堂々と座ることになるとは……心の中さまさまだな。
「ふふふ……」
「お主、気色が悪い」
「はぁ? ど、どこが?」
「全てじゃ。まず、その手つきをやめい。座布団を撫でる手つきが気色悪い。あと顔。毛を刈られている羊のような顔が気色悪い」
誰かに気色悪いって言われたの久しぶりだな。中学の頃は何かにつけて言われてたけど、あの頃言われたものに比べると心が全然傷つかない。
どちらかというと心が穏やかになっちゃう。相手がロリだからかな。もう何か逆に気持ちがいい。
むしろドンドン言ってほしい。大家さんもエリザも絶対に言ってくれないからな。ここでロリ罵声エネルギーを補充しておかないと。
「お主、思考が筒抜けだからと言って、少々開き直りすぎじゃろう」
まあ、それは認める。でもしょうがないじゃん。全部筒抜けなんだし。心を無にするなんて器用な真似できないからね。完全に蛇口の壊れた水道状態。
もう隠すこととかないわ。ぶっちゃけ全裸でM字開脚しちゃってるレベルだからね。開き直るしかねーわ。俺に出来ることと言ったら、もっと恥ずかしい部分を見せつける0-0-11の超攻撃的フォーメーションを組むことくらい。
「で、本題って何なの?」
「ここにお主を呼んだのは他でもない。お主が今抱えている悩みのことじゃ」
「悩み?」
「そうじゃ。お主の心に纏わりつき、その心に影を落としている深い悩み。率直に言おう。――その悩みの原因は、妾じゃ」
俺が今抱えている悩みの原因が……シルバちゃん?
悩みって……。
「魔法〇グルグルがアニメ化するけど、続編とかじゃなく最初からやるみたいで、最近の子に受け入れられるか心配している……この悩み?」
「違う」
「じゃあ、最近発売された狩りゲーが面白すぎて、今後発売されるアクションゲームのハードルがかなり上がっちゃったんじゃないかな、大丈夫かな……この悩み?」
「全然違う」
「じゃ、じゃあじゃあ!」
2017年になったけど、某海底施設脱出名作ADVに何か動きがあるのか、もしかしてアニメ化何かになったら色々どうするんだろうか……とか。R〇writeの携帯ゲーム結構面白くていい感じのシナリオもあるんだけど、周りにやってる人いないんだよなぁ……とか。
こういう悩みか?
「お主が今考えている悩みは全然違う。というかお主はなんじゃ。普段からそんなどうでもいい事を悩んで居るのか?」
いや、どうでもよくはないだろ。
ただ消費者でいるだけじゃ、この業界はいつかきっと衰退してしまう。消費者は消費者なりにただ消費するだけでなく、何かをしないといけない気がするんだ。そう考えることのどこがおかしい。
「それについては妾のいない所で勝手に悩んどれ」
言われなくてもそうするけどな。
しかし、今後のサブカルチャー業界の生末に対する悩みじゃなければ、いったい何なんだろうか。
将来の悩み? 確かに悩んではいるけど、まだまだ先のことだし、そこまで深くは悩んでない。仮に就職失敗しても、マジに最悪な手段として雪菜ちゃんに養ってもらえるって安心感があるしな。いろいろ断捨離せんとあかんけど。
じゃあ恋愛の悩みとか? 秒刻みで彼女いない歴with童貞featuringキッス未経験を更新している俺だけど、今はほら、音楽(リズムゲー)の方に専念したいから……。
そもそも、童貞卒業しようにも、俺のジョニーは……
「あ」
「ようやっと気づいたか。それじゃ」
つまり、ジョニーに元気が無くなったのは――EDになったのは、シルバちゃんが原因ってこと?
ジャンジャジャ~~ン!! 今明かされる衝撃の真実ゥ!
それって……つまり、どういうこと?
「どういうことも、そのままの意味じゃ。お主の男性器の不調は妾の存在が原因じゃ」
シルバちゃんが原因で勃起しない?
シルバちゃんの存在が? 俺のEDと何の因果関係がある?
why!! わからない 考えろ!! thinking!! もっと!! thinking!! thinking!!
瞬間、俺の脳裏に雷鳴の如き閃きが走った。
「そうか! これが真相か!」
シルバちゃんの正体は俺が中学生のころに夢想していた都市伝説妖怪――筆おろし女で間違いない。
筆おろし女の詳細については省く。簡単にいえば中学生の妄想がたっぷり詰まった素敵な都市伝説だ。
筆おろし女こと、シルバちゃんは俺が寝静まった真夜中に実体化。実体化したその体でスヤスヤ眠る俺の体に跨り……絞りつくす。無論性的な意味で。
それこそ完全に俺の性欲が無くなるほど、完膚なきまでにとことんしぼしぼ。
正常な若い男性である俺の精気が空っぽになるくらいだから、1回や2回じゃ済まないだろう。
1晩に5回6回、いや、もっとだろう。
7回目8回目の時も、9回10回の時も! 12回も13回の時も! 俺はずっと! 叫んでたはず!
何をだって?
助けを求める悲鳴混じりの喘ぎ声だよ!
くそう……そんだけ毎晩搾り取られちゃあ、あの暴れん坊で手が付けられなかったジョニーも大人しくなるわけだよ。つーか同じ部屋にいるんだから、エリザも気づいて欲しい。それとも気づいてたけど、恥ずかしいやら気まずいやらで、顔を真っ赤にしたまま寝たふりしてたとか? ……それはそれで見たい。
人の心の中に住み着くくらいだから、人間ではないと思ってたけど……まさか妖怪だったとは。
さて、この俺の答えに何か間違いはないかな?
「……あながち間違っていないのが恐ろしいの」
「そうなの!?」
え、マジで? マジでマジに妖怪? マジで俺、寝てる間に大人になってたの? 大人になるって悲しいことらしいけど、その瞬間すら味わえなかった私は悲しい……。
冗談交じりに思ってみたけど、真実だったとは……俺、どんな顔でシルバちゃんを見ればいいんだ? もう一線超えちゃってるんだぜ?
「あながち、と言ったじゃろ。妾は妖怪でも無ければ、お主は童貞のままじゃ」
……童貞のままで安心した。強がりとかじゃなくてね。
一生に一度のことだから、卒業の瞬間はしっかり覚えておきたいし。
なんなら記録に残して、俺という人間が一つ上のランクに上がった証拠として、墓の下まで持参したいくらいだし。
では一体何が真相なのか。
「率直に言うが――妾はお主の精気を吸って存在しておる」
「精気を……」
「うむ。本来ならば魔力や妖力などを吸い取るのじゃがな、お主にはそれらの素質が全くと言っていいほどなかった。ので、仕方なしに精気を吸っておる」
この人マジでなんなの?
人に精気吸って生きるとか、マジで人間じゃねえ。霞ちゅうちゅうして生きてる仙人みたいなもんか? もしくは吸血鬼?
「違う。違うが……まあ、今はそういう物と思っておけ。人間ではない、何らかの存在とな」
やっぱり人間じゃないのか……
何でそんなわけの分からない存在が俺の心の中にいるんだ? 主人公だから? 俺の人生の主役って俺だったの? てっきり遠藤寺辺りが主役かと。
「妾がここにいる理由。それはまだ話せん。いずれ話せるときが来るじゃろう。……いずれ、な」
不敵な笑みを浮かべる
うーん、意味深。しかしこういう意味深な表情似合うな。同じような表情をデス子先輩もするけど、雲泥の差だ。
つーか、サラッと魔力とか妖力とか言ってたけど、そんなもん存在するのか? 漫画とかゲームの中だけじゃないの? ……いや、でもよく考えると、幽霊やら目の前の謎の存在やら、幽霊が見える眼鏡もあるくらいだし……おかしくはない、のか?
「ともかく、お主の不調の原因は妾じゃ。妾が精気を吸い取ったことで、お主の精気が枯渇し男性機能に不調が生じておる。じゃが、安心するといい。最近になってようやく、精気の扱いにも慣れてきた。今までは扱いが上手くいかず必要以上に吸収していたが、今後はある程度余裕が出来るじゃろう」
「つまり、それって」
「近いうちにお主の男性機能は正常に回復する」
「マジっすか!」
その言葉を聞いた瞬間、俺の心の中に巣食っていたコールタールのようにベットリとした悩みはすっかり消え去ってしまった。
清々しい気持ちだ。何だか涙が出てくる。
異常だったものが正常に戻っただけなのに……こんなに嬉しいことはない。
これでようやく、童貞卒業が……出来るかどうかはランナー次第。つーか今のところ、そういう相手はいないから意味ないけど。
まあ、しばらく元気がなかったジョニーを見れるだけでも、うれしい。よーし、今夜はハッスルだ!
問題はどこでハッスルするか、だ。エリザが家にいる以上、家は無理だし。
外で……やるか? 夜空に瞬く星々。そして俺を起点としたミルキーウェイ。おっ、なかなか素敵な図じゃん。いい感じの一枚絵になりそう。
「ここまで扱いに慣れるのに苦労したのじゃぞ? 妾の人生で精気を扱うことなど初めてじゃったからな。最初のころなど、あまりに上手くいかんものじゃから、腹が立って思わず限界以上に精気を吸い上げたこともあってな。あの時は危うくお主の男性機能が完全に終わりを迎えるところじゃったわ」
飲み会の席で昔の失敗談を語るOLのようにクスクス笑いながらそんなことを言うシルバちゃん。
いや、笑いごとじゃないんですけど。
もうすぐでTrueEDに突入するところだったんですけど。しかも俺の知らないところで。
まあいいか。ちゃんと機能が回復するみたいだし、問題はないな。
ああ、よかったよかった。
「……」
嬉しさの余り、卓袱台の角(いつもエリザのお腹が当たってる部分)に頬ずりしていると、そんな俺をシルバちゃんが興味深い目で見ていた。
「何度も言うが、この空間ではお主の思考、心の動きは妾に筒抜けじゃ」
「え、うん」
なんだろうか。今更別に聞こえて不味いことなんてないんだけど。
「お主は……欠片も思わんのじゃな。出て行け、と」
え、何の話?
「普通、自分の心の中に得体の知れない物がいて、しかもそれが精気を吸い取っていたなんて知ったら……排除する気持ちを抱く。大なり小なりな。特に人間は異端を排斥しようと思う感情が強い生き物じゃ」
異端を排斥する感情?
「幼子であろうと分別のついた大人であろうと等しく抱く感情じゃ。自分とは違う物を遠ざけようと思うそれは、人間の本能のようなものじゃ。それがお主にはない。微塵もな。異端である妾に出て行ってほしいと思う当然の感情がない」
いや、別に大した実害は被ってないし、そもそも相手美女だし。
むしろ俺何かの心にいてくれてありがたいわ。美女が心の中に住んでるって考えただけでも、何だか人生が楽しく感じる。
たぶん同じような状況に陥った人間にアンケートをとったら、みんな同じ答えを返すだろう。
出て行けなんて、そんな勿体ないこと考えられんわ。
「あの幽霊の小娘が目の前に現れた時もそうじゃ。お主の心には、あれを拒絶するという感情が微塵も無かった。無意識の中にさえ、その感情は生じておらんかった。親友とやらにあれの処遇を相談する時も、最初からお主の方針は決まっておった。受け入れる方向でな」
確かに。最初にエリザを見た時から、内心共存することしか考えていなかった。
遠藤寺が示した何らかの手段で追い出すと言った選択肢なんて頭の中に無かった。
別におかしいことではないだろう。
「こう見えて俺男だし。可愛い美少女幽霊とか現れたら、100パーセント受け入れてもおかしくないだろ」
「じゃが、排斥の感情を一片も抱いておらんのはおかしい。お主からは何かを排斥しよう、排斥したい……そういった感情が全く感じられん。来るもの全てを受け入れる、そういった強迫観念すら感じる」
シルバちゃんが言っている意味がよく分からん。
可愛い幽霊が現れたり、心の中に褐色美女が出てきたりしたら嬉しいだろ。嫌に思う感情なんてありえないだろ。
だって嫌だろ。どっか行けって言われたり、嫌われたり、仲間外れにされたり、無視されたり、そういうのって。自分の居場所から追い出されるのって、まるで足元の地面が崩れて落ち続けるみたいな、恐怖を感じるんだ。そういうことを平気でする人間って本当にクズだと思う。何が一番クズかって、そういうことをした相手が、それから先どういう生き方をすることになるのか、まったく考えてない辺りが特に。
……ん? 何の話だっけ?
「……」
シルバちゃんはいつか見せた、モルモットに向けるように興味深く、それでいてわが子に向けるような慈愛を含んだ矛盾した笑みを浮かべ、ジッと俺を見ていた。いくら見た目が幼くなろうが、この目は変わらない。この目で見つめられると、無条件に体が硬直してしまう。心の奥、自分でも理解していない領域を除かれているような、そんな感覚。恐怖を感じながらも、どこか不思議と安心してしまう。
ふっと、シルバちゃんが表情を和らげた。
「やはり面白いなお主は。いや、人間は……か。さて、お主の悩みもこれで霧散したじゃろう。この場所での記憶は現実では残らんが、感情は残る。安心するといい」
そう言って、彼女は指を鳴らした。
それが何かの呼びかけだったのか、白い空間に光の粒子が溢れていく。いや、これは俺から発せられている光だ。
「では戻るといい。近いうちにまた会おうぞ」
ゆっくりと意識が消えていく。
「最後に言っておくが、お主、油の付いた手で妾の体に触るのはやめよ。あと、ネジが緩んでおるから、近場の眼鏡屋に妾を持っていけ。もちろん量販店ではなく、個人商店に持っていくのじゃぞ? 妾の体はでりけーとじゃからな。少なくとも30年はその道を修めた熟練の職人の元へ持っていくように。あと、前にも言ったが1日に1度は必ず妾を磨け。面倒じゃからと言ってその辺りに放り出すでない。あとあれじゃ。お主がいつも着けている首巻き、あれは――」
シルバちゃんが何やら言っているが、今の俺にはぼんやりとしか聞こえない。
シルバちゃんはデリケートでゆるゆるだから、熟練の職人の元に通って己を磨け? え? 立派な調教師になって調教してくれってこと? すごいこと言うなこの人。シルバちゃんマジやばくね?
俺の意識は完全に消失し、そして――
■■■
「……」
意識が戻り、薄く目を変えるとそこは――真っ暗な空間だった。
360度どこまで続いているかすら分からない、真っ黒な空間。
長時間いたら精神に大なり小なり異常をきたしそうなそんな場所。
そんな見覚えのない――いや
(ここ部室だ)
真っ暗で何も見えないが、匂いで分かった。
どんな場所でも人が長く滞在すると独特な匂いがする。大家さんの部屋は向日葵の匂い。実家の俺の部屋はナンプラーでクサヤを炒めた匂い(って雪菜ちゃんが言ってた)。
この部室はデス子先輩がどこからか持ち込んだ怪しげな儀式めいた物体が醸し出す古臭い匂いとか、体に悪そうな薬品の匂い、ジャンクフードの匂い、先輩の体臭が混じり合ってカオスな場所だ。
そんな馴染みのある場所で俺は――椅子に縛り付けられていた。
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