第30話タイトル考案中。
「け、警察呼ばなきゃ……!」
目の前でジャージ少女が、慌ただしくスマホを取り出そうとする。
何がどうなれば目を覚まして速攻で警察を呼ばれることになるのか、事情が把握できない。
だがリアルタイムで通報されようとしているのに、俺はとても落ち着いていた。
全く焦ることもなく、そして心中も冬のなまずのように穏やかだった。
――逆に考えてみるんだ。「通報されてもいいさ」そう思うんだ。
別に自分が通報される何かをした覚えがあるわけでも、JK(らしき)女の子に通報されるのとかマジSSRクラスの得難い経験なんじゃと乗り気なわけではない。勿論、通報されるという行為に快感を感じる性癖が発芽したわけでもない。
俺には通報されても「何とかなるだろう」という確信があった。
具体的にはここいらのポリスメンには一通り職質されているので、どうせ通報されたところで「またお前か」と呆れられるくらいで済むだろう……そういう勝算があったのだ。
世間的には明らかに敗北しているが、今の俺にとっては勝算だ。
よかった、職質されやすい体質で。
さあ通報するならいつでも来い……!
俺はベンチの上であぐらを組み、少女のアクションを待った。
が、どうにも少女の様子がおかしい。
「え、えっと呼んだ方がいいんだよね? どうなのかな?」
などと俺に聞いてくる始末。
俺にそんな決定権があるのか……! と百式に乗ったバジーナさんの如く、少女にがっぷり組み付きたくなったが、それやっちゃうとマジで言い逃れできないので、様子を見る。
警察を呼ぼうとしているのに、どうもこちらに対する警戒心を感じない。それどころか、俺を心配するような目で見ている。
何か食い違っているような気がする。
■■■
落ち着いて少女の話を聞いてみると、ただの勘違いだった。
どうも少女は警察ではなく、救急車を呼ぼうとしていたらしい。
というのも、彼女は道端で倒れている俺を発見して、この公園に運んだ。介抱している間に、助けを呼ぼうかと考えていると俺が覚醒。慌てていた彼女は救急車と警察を間違えた……と。
聞いてみれば、本当に些細な間違いだった。
ていうかいくら慌てているからって、警察と救急車を間違えるとかこの子……い、いやいや! 介抱してくれた少女に向かって何を考えようとしているんだ俺は。助けてくれてありがとう、それでいいじゃないか。
「ご、ごめんね! あたし慌てててて……そ、それで救急車呼んだ方がいい? 体、大丈夫?」
てが多いな……。
体は……大丈夫だろう。と思う。
倒れた時にちょっと擦りむいたが、問題はなさそうだ。帰ってエリザにペロペロして貰えば、すぐに完治するはず。
少し頭がフラフラするけど、これもすぐに収まるだろう。帰ってエリザにナデナデして貰えば(ry
それでも俺の体が気になるなら、そうだな……好きに触診すればいいさ。ただ男の体には至る所にモンスターハウスが存在するから、それを覚悟して挑んでほしい。
触診の許可を視線に含ませつつ、体調が良好であることを説明すると少女は胸に手を置きホッと安堵の息を吐いた。どうやら触診する気はないらしい。残念。
「そっか、よかった。はぁー……ほんっとにびっくりした。普通にジョギングしてて追い抜かした人が、物凄い勢いで追いかけてきてそのまま走り去って。んで、暫く走ってたら、いきなり倒れてるし。こんなの初めて」
不可抗力とはいえ1人の少女の『ハジメテ』を奪ってしまった……。これはもう俺の『ハジメテ』を差し出すことで何とか相殺する方向に持っていくしかないな。
「えっと……ごめん。あ、いや、ありがとうか。ここまで運んでくれてありがとう。助かったよ」
今思うと、俺は何であんな奇行に走ったのだろうか(ジョギングだけに)
初めてのジョギングでちょっとテンションが上がっていたのかもしれない。エリンザムとか分けの分からない自己暗示生み出してたし。
調子こいてぶっ倒れた上に、見ず知らずの少女に迷惑をかけるとか……恥ずかしいな。
こんなに恥ずかしい謝罪と感謝は初めてだ。羞恥心が抑えられず、顔が赤くなってしまう。
「あー、うん。気にしなくていいよ。困ってる人を助けるのって当たり前のことでしょ? それに初対面ってわけじゃないし」
格好つけてる風でもなく、サラリとそんなことを言ってのける少女。
やべー……かっけえわ。惚れちゃいそうだわ。
ん? 初対面じゃない?
俺この子とどっかで会ったことあったっけ? どうにも記憶にない。
少女はフレンドリーな笑みを浮かべた。
「それにね。同じジョギング仲間だしね。仲間はどんな事があっても助けろって、部活の先輩から言われてるし」
「部活……。あー、えっと、今更だけど、君は、その……」
「ん? なに?」
「いや、名前とか聞いてなかったなって。いやアレだよ? 変な意味じゃなくてね? 助けてくれた恩人の名前を知らないのはちょっと問題があるかなぁとかそういう意味で聞いたのであって、女の子とお近づきになりたいとかそういうキモイ考えから導き出された行動じゃなくて! そこんとこどうなんでしょう!」
落ち着け俺。
こんな所でコミュ症が発揮させてどうする。
い、いかん……めっちゃ緊張してるわ。
そういえば俺ってこんなんだったわ。初めて会う人相手だと大体こんな感じだったわ。
遠藤寺とかデス子先輩とか、俺より不審者度が高い相手が相手だから今までファーストコミニュケーションも問題なかったけど、普通の人間相手だとこれだわ。
最近コミュ力高まってきたなぁとか思ってたけど、生まれ持ったコミュ症は早々改善しないらしい。
俺の噛みまくりかつ、どもりまくりの言葉にも、特に少女は不快な感情を表した様子もなく、ハッと何かに気づいたかのような表情を浮かべた。
「あー、そっか。自己紹介とかしてなかったっけ。ていうか、そんな余裕なかったね。あははっ」
ジャージ少女はケラケラ笑いながら、こちらに近づいてきて隣に座った。
ふんわりとどこかで嗅いだことのある、汗混じりの良い匂いを感じた。
不思議に思ってスメルリスト(今まで嗅いだことのある香りを108まで完全に記憶できる。それ以上記憶したければ要課金)を参照すると……どうやら過去に会っていたようだ。といってもすれ違っただけだが。特徴的な匂いだったから覚えていた。
この間、歩きスマホをしていた俺を注意してくれたジャージ少女に間違いない。
「もしかしてこの間、すれ違ったり……」
「あ、思い出した? 酷いなー、あたしはすぐに分かったよ? まあ、マフラーが凄い特徴的だったから、印象に残ってただけなんだけど。じゃ、改めて自己紹介するね。あたしは――」
ジャージ少女の名前は美咲ちゃん。近所の女子高に通うJKだ。
毎朝この辺りをジョギングしているらしい。部活は空手部。
その他諸々、ほぼ初対面の相手に公開するには少し多すぎる量の個人情報を提供してきた。
聞いてもいないのに住所まで教えられてしまった。
それにしても――JKである。
女子高生だ。その単語は多くの人間を狂わせる魔性の称号だ。よくニュースでもJKと猥褻な行為をしてしょっ引かれる馬鹿な連中が後を絶たない。
つい最近DK(ゴリラに非ず)――男子高校生であり、JKがすぐ身近にあった俺でさえ、JKを相手にしていると妙に緊張してしまう。
人は何故JKという言葉に異常な希少性を感じるのか。それは誰にも分からない。
だがいつだって人はJKという眩い光に惹かれ、近づきすぎて奈落へと堕ちていく――太陽に挑んで堕ちたイカロスのように。
まさかイカロスさんもこんな風に引用されるとは思わなかっただろうが、実際JKという存在は太陽のように眩い。
そんなJKとリアルタイムでコンタクトしてる俺。
やべー……俺朝から、JKと話しちゃってるよ……。大丈夫かな? 捕まらないかな? 自首した方がいいかな?
何だか分からないが、妙に罪悪感を感じてしまう。
俺も簡単に自己紹介をした。といっても近所に住んでることと、名前を名乗っただけだが。
「辰巳、ね。苗字は……んー、いいや。あたし馬鹿だから、人の苗字って覚えられないし。あはは」
そうやって笑う美咲ちゃんの苗字を聞いて、苗字にもDQNネームってあるんだなぁ、なんて思ったのは内緒だ。
具体的にどんな名前かは彼女のプライベートにも関わるので黙秘したい。敢えて言うなら竹〇10日作品に出てきそうな苗字だった。
「辰巳辰巳……うん、いい名前。あ、辰巳って呼んでもいい?」
そう言って笑う美咲ちゃん。
流石の俺も、この時点で何かおかしいと感じていた。いくらなんでも気安すぎる。
たまたま出会った少女(しかもJK)が最初から妙にフレンドリーだとか、明らかにおかしい。あと妙に距離感も近いし。頬に残ったニキビの跡すら見える距離だ。
女性慣れ、ていうか人間慣れしてない俺でも、今の状況がおかしいことくらい分かる。
これは何らかの罠の可能性がありますぞ。美人局とかな(どうでもいいけど、昔、美人局のこと美人アナウンサーが多いテレビ局のことだと思ってた)
このまま彼女のペースに乗せられて「あれ? この子俺のこと好きなんじゃね?」と錯覚したら最後、そのまま喫茶店とかに連れ込まれてクソ高い絵とかツボ買わされるに違いない。
いや、もしかするともっと直接的にこの後路地裏に連れ込まれて、カツアゲをされる可能性もある。
昔の俺なら美少女相手なら例え騙されると分かっていてもホイホイついて行ってだろうが、今は違う。家にエリザという家族がいるわけだし、そんな風に騙されるわけにはいかない。
絶対に騙されたりなんかしないんだから!
「ね、呼んでもいい?」
「いや、あのそういうのは、ちょっと……あはは」
俺は美咲ちゃんから距離を置いた。
「え、どうかしたの?」
ベンチに隅に移動したが、すぐに距離を詰められた。
「別にどうもしないけど……」
更に距離を空ける。もうケツが半分ほどベンチからはみ出てしまって宙に浮いている状態だ。
さて彼女の目的は分からないが「こいつ、カモかも!」と確信される前に、何とかこの場を去りたい。
取りあえずは妙に近い距離で話しかけてくる美咲ちゃんから、距離を置きつつ、文字通り「ちょっと近寄りがたい男」を印象付けようと思う。
暫く美咲ちゃんから距離を置いて「どうかした?」「いや、別に……ははは」といったやり取りを繰り返していると、美咲ちゃんの顔がサッと青ざめた。
そして突然、顔を伏せた。
「ね、ねぇ……正直に答えて欲しいんだけど、あたし……変だった?」
震えながら紡がれる言葉に俺は「え?」としか答えることができなかった。
変だったって言われても、見た目はどこからどう見ても妙になれなれしいくらいの普通のスポーツJKにしか見えない。
どちらかと言えば変なのは、ジャージマフラーという痛すぎる格好している俺の方がよっぽどだと思う。
ただ「変じゃない」と言うのもなんだかおかしい気がして、口ごもっていると美咲ちゃんが突然、顔を上げた。
その顔は真っ赤だった。瞳は渦を巻いて正気でないことを表していた。唇はフルフル震えている。
そんな顔をグイと近づけてくる。
「――だーかーら! あたし、変だった!? 喋り方とか! 距離感とか! あと色々! 変だったんでしょ!? だから急によそよそしく……ていうか引いたんでしょ!? 絶対そう! うわああああ!」
二重人格を思わせる変わりように、俺はポカンとしていた。
「あー、もー、やっちゃったあああ! 上手く話せてると思ってたあたし、めっちゃ恥ずかしい! あああああ!」
「え、本当にどうしたの?」
頭を抱えて叫び出した美咲ちゃん。
唐突に挙動不審レベルを上げた美咲ちゃんを前に、俺は冷静になっていた。
「いや、だからね。ほら、あたしってずっと女子校に通ってたでしょ? で、男の人と話す機会とか全然ないでしょ?」
「それは知らんけど」
「そうなの! パパも単身赴任で全然帰って来ないし、今の今までまともに男の人と話したことなくて……でも、流石にこのままじゃ将来的にもヤバイなって思ってたら、前に1回会ったマフラーの変な人がジョギングしてて、しかも急に倒れて。運んでる内に顔見るのにも慣れたし『あれ? これって男の人と話すチャンスじゃない?』ってそう思ったの」
マフラーの変な人って……。
ハムの人みたいに言わないで欲しいんすけど。
「目が覚めてから内心ガチガチに緊張しながら話してたら『お? 普通に話せてる! あたし凄い!』なんて思ってたら……ねえ! 変だったんでしょ? 正直に答えて!」
「いや、まあちょっと慣れ慣れ過ぎるとは思ったけど」
「やっぱりー! あーもー! こんなんじゃ今度お姉ちゃんが連れてくる例のアイツが相応しいかどうか観察するどころじゃないよぉ!」
両手で顔を覆い、慟哭する少女を見て、俺の中に先程までの緊張感は無くなっていた。
美咲ちゃんは俺の中で普通のJKから変なJKにシフトしたのだ。
変な人間相手だと、不思議と落ち着く俺のパッシブスキルが発動したのかしれない。
俺は美咲ちゃんが落ち着くまで待つ事にした。
「……はぁ、ごめんね? 急にワーってなっちゃって。ヒいたでしょ?」
「少し」
ついさっきまでにこやかに話していた相手が突然、物凄い剣幕で喋りだしたら普通にヒく。
「うっ……正直だ。あたしって昔からこうなんだよね。何か自分の中の許容量っていうの ?それが溢れたら、ワーってなっちゃうんだ」
「それ分かるわ」
「え?」
「許容量云々ってやつ。俺も結構そういうところあるし」
俺の場合は、そのワーってやつが内面に向かうわけだが。
ただ慰めるだけに言ったわけじゃないのが伝わったのか、美咲ちゃんはホッとした笑みを浮かべた。
「……そ、そっか。あたしだけじゃなかったんだ。そっかそっか」
少し安心したように頷く。
「ねえ、もうちょっと話してもいい? さっきも言ったけど、あたし出来るだけ早く男の人と話すのに慣れないといけないんだ。いや、会っていきなりこんな事言われても困ると思うけど、こんな機会でもないと男に人と話すチャンスなんて無いし……」
俺に断る理由はなかった。
どうもただ人付き合いがアレなだけで、俺を騙す為に近づいたのではないと分かったし、何よりも助けてくれたのは間違いない。
恩返しというには少し俺に理があり過ぎるが、それでも相手が望んでいるなら応えるべきだろう。
なにより例え変なJKだろうとJKはJKだ。
JKと話す貴重な機会、いわゆるJKチャンスを逃す手はない。
「ほんと? ありがと! じゃあ、えっと、辰巳のことなんだけど……今ままでジョギングしてるの見たことないんだけど。いつもは夜に走ってるの?」
「いや、それなんだけど――」
俺は迷った。ほぼ初対面に人間相手に『実家にいる妹に連れ戻されない為に、ダイエットをしなければならない』という文字にしたら中々アレな己の恥部を見せるのはどうだろうか、そう思った。
だけど嘘を吐きつつJKを喜ばせるような話の展開を広げるほどトーク技術はないし、JKに己の恥部を見せつけるという背徳感に身を委ねるのも乙な物。
というわけで一切合財余さず話すことにした。
「あははははは!」
未だに身長の図りあいっこをしているという所で、爆笑をとれた。やったぜ。
「な、なにそれ、すっごく面白い! それで、太った分痩せないと実家に連れ戻されるの? 冗談だよね?」
「それがマジなんだ。多分ダイエットに失敗して家に帰るの拒んでたら、夜遅い帰り道とかに襲われてズタ袋に詰め込まれて家に戻される。ウチの妹はそういう奴なんだ」
「なにその妹、こわっ」
何が怖いって、ほぼ誇張なしだったりするのが怖い。
あの妹、ステルススキルもカンストしてるからな。実家にいた頃も、当たり前のように背後に立ってたり気が付けば部屋にいたり。よく俺の心臓止まらなかったな……。
「へー、あたしの家にお姉ちゃんがいるけど、人を袋に詰め込んだりはしないなー」
「ウチのがおかしいんだよ。ん? お姉ちゃんいるの?」
美咲ちゃんのお姉ちゃんか……。
今更だけど、美咲ちゃんかなり美人だな。ジョギングしてるせいか、小麦色に焼けた肌とハッキリとした顔立ちがベストマッチしてる。
胸もジャージだからあんまり体の形出ないけど……それでもなかなかの戦闘力と分かる。
こんな美咲ちゃんのお姉ちゃんだから……そうだな。美咲ちゃんかなりアレ、もといお転婆っぽいし、それを窘める優しくて心の広い女性なんだろう。
「ウチのお姉ちゃんはね、すっごく可愛いよ。いつもあたしに優しいし頭もいいし、ちょっとズボラな所もあるけどそこも何だかんだで可愛いの!」
きっと姉のことが大好きなんだろう。熱の篭もった声で姉を語る美咲ちゃん。
ズボラな所でさえ可愛いくらいなんだから、きっと凄く可愛らしい女性なんだろう。いつか会ってみたいものだ。
「まあ最近ちょっと色々と変な部分が見えてきたんだけどね……うん。いや、よくよく考えたら結構前からそういう所あったような……部屋にある本とか、占い好きなんだなーってくらいしか思ってなかったけど、黒魔術の本とか何とかTRPGとかも山ほどあったし……」
「どうかした?」
「え、ああ、いやっ、何でもないよ、あははっ」
とりとめもない雑談をしていると、太陽が随分高く上っているのに気が付いた。
「あ! もうこんな時間!? やっばい、遅刻しちゃう!」
スマホを取り出した美咲ちゃんが慌てたように言った。
どうやら結構な時間、話し込んでしまったらしい。
俺は……3限目からだから大丈夫だな。
いそいそと立ち上がり、帰る支度をする美咲ちゃん。
「あっ、そうだ。ダイエットしなきゃいけないって事は、明日も走るんだよね?」
「いや、それなんだけど――」
もう倒れて意識不明になって謎の空間にぶち込まれるのはゴメンだ。……ん? 謎の空間? 何の話だ?
とにかく俺にジョギングは向いていないようだ。明日からは別の方法を考えよう。最悪、もしイカ娘が完結してしまったらっていう妄想をして、精神的ダメージを受けることで食欲を無くす手段もある。本当に最後の手段だが。
という事を説明しようとしたが、慌てている様子の美咲ちゃんが先に行った。
「あのさ、だったら明日から一緒に走ろうよ。うん、それがいいよ。ここだけの話なんだけど、最近ちょっとお肉がついちゃってって悩んでるお姉ちゃんの為に、軽めのコースを用意してたんだ。まあ、昨日一緒に走って速攻でリタイヤしたけど。だから明日からはあたしがそのコースを先導してあげるよ」
「いや、その――」
「そしたらあんな風に倒れることもないでしょ? それに1人で走るのもいいけど、2人で走るのってやっぱり楽しいしね。うん、決定。その代わりって言ったらアレなんだけど、あたしの特訓に付き合ってね! じゃ、そういうことで!」
と言いたいことを言って、走り去っていった。
そして1人公園に残された俺。
「ど、どうしよう……」
俺の呟きは鳴き始めた蝉の合唱にかき消された。
■■■
通学する高校生や中学生の集団と擦れ違いながら、俺は帰宅した。
玄関の扉を開けると、すぐにパタパタと足音を立てながらエリザがやってきた。
「お帰りー辰巳君! 遅くて心配したよー……ってえええええ!? ど、どうしたのその傷!? 車!? 車に轢かれちゃったの!?」
「躓いて転んだだけだって」
「車に躓いちゃったの!?」
「落ち着け」
エリザは「えらいこっちゃだよ!」と慌てた様子で俺を部屋に引っ張り込み、救急箱を探し始めた。
そんなエリザをぼんやり眺めながら、明日のことについて考えてみる。
さっきはああ言ったが、やはりジョギングを諦めるのは早いかもしれない。なにせまだ1日目だ。三日坊主どころじゃない。
エリザやガイドブックを作ってくれた遠藤寺にも悪い。
そしてJKだ。
JKと一緒にジョギングをするなんて機会、この先の俺の人生で絶対にありえないだろう。
いや、もしかしたらJKと散歩をするビジネスがあるくらいだから、将来金払ってJKとジョギングするビジネスが生まれるかもしれないけど……恐らくは望み薄だ。
なにより話していて楽しかったし。普通のJKだったらとてもじゃないが普通に話せない。しかし美咲ちゃんはかなり変わったJKだ。変な人間を相手にするのに慣れた俺には丁度いい。
というわけで明日も頑張ってジョギングすることにした。
とりあえず今日大学に行ったら、遠藤寺に今朝のことを話してやろう。
JKと知り合いになってジョギングをすることになった、なんて絶対に信じないだろうけどな。それどころか可哀想なものを見る目で俺を見てくる
かもしれない。最近遠藤寺の視線が優しいし、たまには昔みたいな距離のある目で見られながら鼻で笑われるのも乙なものだ。
■■■
「んしょ、んしょっと。どう辰巳君? 痛くない?」
「ああ~……気持ちいいわ」
さっさと飯を食って大学に行こうとした俺だが、突然やってきた今まで感じたことのない激痛――筋肉痛に襲われ、1歩も動くことができなくなった。
そういうわけで、今はエリザにマッサージをしてもらっている。エリザには何から何まで申し訳ないが、なぜか凄くやる気満々だったので、あまり申し訳ないという気持ちにはならなかった。
「んしょっと。ここは……どうかな?」
「あっ、そこいい!」
「なるほど……辰巳君はここが気持ちいいんだ。えへへ、勉強になるなぁ。いっぱい辰巳君の体を勉強して、もっと気持ちよくしてあげるね! 将来の役にも立つし、一石二鳥だね!」
グイグイ弱いところを押されながら、これがいわゆる開発なのだろうか……そんなことを考える俺であった。
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