第28話終末を抱くモノ(雅郎は縮地を使い全てを終わらせる為に、原初の地に辿り着いた。そこにいた全ての元凶、異世界の侵略者の名前は――)
朝からテンション↑↑↑の大家さんとのコミニュケーションを終えた俺は、アパートから出てすぐの道に立っていた。
さて、ジョギングを始めるとしよう。
と、思ったところで、まず何から始めればいいのか分からない。
何度も言うが、俺は運動という物を可能な限り避けてきた人間だ。
体育の授業なんか、サボる口実に腹痛を使いすぎて「年中あの日男(ブルーメンズデー)」って陰で呼ばれてたらしいし。
人間、学生時代の体育さえ何とかすれば、後は強制的に運動する機会なんてない。強いて挙げればコミケの開幕ダッシュくらいか?
そうやって俺は運動から縁の遠い人生を歩んできた。
結果、ジョギングの方法すら分からない俺がここにいるわけだ。
まずどうするべきなのか。いきなり走り始めてもいいのか。走るとしてどちらの足から進めればいいのか。走っていく方向に祈りを捧げたりは? 走っている時に誰かと擦れ違ったら何て言えばいいの? 途中で困ってるお婆ちゃんがいたら? そもそも俺走っていいの? ジョギング申請書とか資格とか必要じゃないの? 赤ちゃんはどこから来るの? 本当にアベ○ンジャーズに必要ないキャラはいないの? ハンターハンターとベルセルクは俺が生きてる間に完結するの? 幻想水滸伝の続編は? どうして俺の元に桜セイバーちゃんは降臨してくれないの? 無課金だから?
――などなど。考えるだけで思考の海で溺れそう。
普段の俺だったら『全然ジョギングできないじゃん! 私馬鹿みたいじゃん! もうジョギングやめる!』そう叫んで、家に帰っていただろう。
だがそうはならない。
何故なら俺には強い味方がいるからだ。
「デデーン」
ウエストポーチの中から、1冊の本を取り出す。
表紙に「猿でも分かるジョギングガイドブック」と書かれた本だ。この中には猿でも分かる優しいレベルでジョギングのhowtoが書かれているのだ。著者は遠藤寺。俺がダイエット宣言をしたその日の講義中に作ってくれたのだ。
『まあ、これをボクだと思って頑張るといいよ』
どんな授業だろうと真面目な受ける遠藤寺が珍しく内職をして、この本を作ってくれたとき、俺はコイツなら掘られてもいいと思った。いや……やっぱり掘られるのは嫌だな。一文字足して惚れられる方がいい。
中は手書きの文字と手書きの絵で分かりやすく、ジョギングについて説明している。
ガイドはパート毎にlesson1、lesson2……と分かれている。
例えばlesson1は「ジョギングを始める前に」と題してあり、ジョギングに必要な衣服や水分などの物品、適切なコース選択の重要さ、ジョギングの効果が表れ始める時間……などの知識が書いてある。
そして今から見るのがlesson2、「ジョギング直前にすること」だ。
ページをめくると、手書きのゴスロリ少女……これ遠藤寺か? そのプチ遠藤寺がアキレス健を伸ばしたり、背中を反らしたり、座って伸ばした足に手を延ばしたり……そんな絵が説明文付きで描いてある。これ、ストレッチの方法か。
各ストレッチの効果や費やすべき時間も書いており、かなりクオリティが高い。これ売れるかもしれんね。
しかし遠藤寺と「いっしょにトレーニングEX」もいいけど、ストレッチとか面倒くさいな……。
適当にやるか。
そう思いながら何となく次のページをめくる。
『ありえないとは思うけど、ストレッチを面倒くさいと適当に済ませようとしている君の為に忠告しておく。ストレッチを甘くみない方がいい。ストレッチを甘く見る者はストレッチに泣く』
とデカデカとした文字と書かれており、その後ストレッチをしなかったせいで体を壊した運動選手、ストレッチをしなかったせいで会社をクビになり家族を路頭に迷わせた男、ストレッチをしなかったせいでFXで有り金全部溶かした女、ストレッチをしなかったせいでちょっと気になってる女の子(ゴスロリ)に告白もできず一生結婚できなかった青年……そんなストレッチをしなかった哀れな人間の末路が事例として挙げられていた。
「やべー、ストレッチしなきゃ」
俺はストレッチを舐めていた自分を猛省した。
大人しくガイドブックにかいてある通りにストレッチを行う。足や手の健をしっかり伸ばす。
ストレッチの効果かさっきより目が冴えてきたことに気づいた。かなりストレッチパワーが溜まってきたようだ。
体も温まってきている。ストレッチ様様だ。よし、もっとストレッチする!
そう思い立ったのはいいが、座って伸ばした足の先に手を伸ばすストレッチが全然うまく行かない。
説明を読むと『慣れていないなら、誰かに手伝ってもらって後ろから押してもらうといい』と書かれていた。
誰かって言われてもな……アパートに戻って大家さんに頼むか? いや、あのテンションの大家さんに頼むのは怖い。
誰か知り合いでもいないかと探していると、アパートのすぐ近くの公園に見慣れた人影を発見した。
麦わら帽子に白いワンピースの少女が、屈みこんで地面をジッと見つめている。
同じアパートに住む小学生だ。
最初はお互いの人見知りもあってか距離があったが、最近は気軽にディスりあえるほどの仲になった。
「しめしめ……」
よーし、あいつに手伝ってもらおう。
俺は「今から幼女に近づきますけど、知り合いですからねー。ハイエースとかしませんからねー」というオーラを出しつつ、麦わら少女に近づいた。
背を向けて座り込む少女のすぐ後ろに立つ。
「ワイール!」
「わっ!?」
メルニクス語で語りかけた瞬間、飛び上がるようにして振り返る麦わら少女。
驚いた表情で口をパクパクと開閉しながら、俺の顔を見た。
「……っ!」
少女はしまったとばかりに自分の口を押え、どこからか取り出したスケッチブックにペンを走らせ、こちらに見せてきた。
『わっ!?』
「いや、今口に出した言葉だろそれ?」
『ぐ、ぐぬぬ……不覚だった。朝からありえない物を見たからつい声を出してしまった……』
なんだろうか。声を出してしまったことがそんなに悔しいのか、こちらを睨みつけてくる。
あれか? 無口系キャラとして、やっちまったって感じか? 不良が捨て猫に傘をさしてるとこを見られた、みたいな?
ていうかありえない物って……ひどくない?
「こんな朝から何してんの? 公園に1人で」
『その言葉そのままお前に返したいよ。ウチは自由研究。この街にいくつかある蟻の巣にそれぞれ違った餌を定期的に――ん? どうかした?』
「自由研究、だと?」
あいたたた……! その言葉は俺に効く……!
小学生の頃、みんなを驚かせようとして、雪菜ちゃんに手伝ってもらって超クオリティの高いアサガオの観察日記を提出したら、それが学校の自由研究コンテストみたいなんで金賞とってみんなに尊敬されると思いきや「自由研究ごときで何マジになってんの?」としらけた視線を向けられた記憶がががががが……!
『急に胸を押さえてどうした? 恋か? 恋……ウチにか!? やっぱりロリコンだったんだな! ひくな!』
「安心しろ。恋じゃない」
基本的にロリから熟女まで全属性に対応できるジムカスタム(悪く言えば特徴がないのが特徴)な俺だが、目の前のロリには何故か食指が動かない。理由は恐らく見た目が健康的すぎるからだろう。年相応の幼さが目立ち過ぎて、クジラックス的な感情が湧かない。だが他に何か要素が加われば十分に射程距離に入るので、諦めず最後まで頑張って欲しい。
『よく分からんが、失礼なことを考えられた気がする』
「気のせいじゃよ」
『それにしても……そっちこそこんな朝っぱらから何してんの? 珍しい。夜逃げならぬ朝逃げ、とか?』
「見た目で分かれよ。ジョギングだよジョギング」
『(笑)』
うっわ腹立つ。笑顔は普通に無邪気な笑顔なんで怒りたくても怒れない。
『ウチが知ってるお前はそんなこと言わないし。お前がジョギングとかありえないwwwww』
「草を生やすな草を」
全く、純真無垢の化身だったこの子をこんな風に変えたのはどこの何ノ瀬だよ。
「まあいいや。暇だろ? ちょっとストレッチするから手伝ってくれ」
『いや、自由研究してるって……まあいいや』
少女はてこてこと寄ってきて、俺の顔を見上げた。
「じゃあ、今から俺が足伸ばして座るから。後ろから押してくれ」
『りょう』
ビシリと敬礼をする少女。
俺は少女に背を向け、地面に座り込んだ。そのまま真っ直ぐ足を伸ばす。
「じゃあ頼むわ」
「んっ……!」
少女の手が俺の背中に触れ、グッと力がかかる。
少女が発した消えそうなくらい小さな声が耳を触った。
「んんんっ……!」
俺はそのまま伸ばした足のつま先に手を伸ばそうとする……が、一向に届かない。というか殆ど近づいた様子がない。
力が足りないのか?
「もう少し強く押せないか?」
「んんんんっ……!」
少女の力が増す……が、やはり足の先に手が近づくことはない。
暫くの間、少女の押す力に合わせて手を伸ばしてみたが、結局届くことはなかった。
「ま、いいか。もういいぞー」
少女の手が離れる。
座ったまま背後を振り向くと、地面に手を付いて息を荒げる少女の姿。
少女は顔を上げると、キッとこちらを睨みつけ、持っていたスケッチブックで俺の頭を叩いた。
「なにをする!?」
「っ! っ!」
こちらを睨みつけたまま、ペンを走らせる。
見せられたスケッチブックにはこう書かれていた。
『固すぎるわ!』
え、やだ……下ネタ? こんな朝から下ネタとか……ひくわ。
『お前体固すぎ! びくともしないわ! 完全に角度90度のまま、全く動かなかったわ! 不動の90度か!』
なんだよ不動の90度って……。
ていうか俺ってそんなに体固いのか? 今まで意識したことなかったけど、ここまで言われると流石にムッとする。
「いや、これくらい普通だって」
『普通じゃないから。ありえないレベルの固さだから。体が固い人コンテストがあったら、優秀賞とるレベルだから』
「そんなコンテストねえよ。そこまで言うなら、お前がやってみろよ」
『別にいいけど』
俺がそう言うと麦わら少女は、立ったまま腰を曲げ地面に手を伸ばした。
そのまま手のひらがペタリと地面に付いた。今にも何かを練成しそう。
しかしこの柔らかさ、正直凄いと思うけど、ちょっとキモイ。
「うわ、きもっ」
「きっ――」
頬を膨らませ何か言おうとした少女が、慌ててスケッチブックを手に取った。
『きもくない! これくらい普通だし! ていうかそっちの固さの方がきもい!』
「きもくないし! 不動の90度とか言ってたけど、実際はちょっと鋭角だったし」
『ぶっちゃけるけど90度すらいってなかったからね! 微妙に鈍角だったからね!』
朝の公園で口論する大学生と小学生。
傍から見れば、スケッチブックを掲げる少女相手に俺が1人で叫んでるようにしか見えないので、この公開を善良な一般市民が見たら間違いなく通報するだろう。
だけど今は早朝で人がいなくて通報はされなかった。
そういう意味では俺のような即通報される人間にとって、朝は結構いい環境なのかもしれない。
◆◆◆
ストレッチを終えた俺は、あかんべーをする麦わら少女に別れを告げて、ついにその一歩を踏み出した。
ゆっくりと走り出す。
遠藤寺のガイドブックによれば、大体心拍数が分回120くらいだといい具合に脂肪が燃焼されて、ダイエットにはいいらしいが、心拍数なんて数える方法はないので、適当なスピードで走る。
「はっ、はっ、はっ……」
暫く走ってみると、思った以上に走れていることに気付き少し驚いた。
てっきり1分も経たないうちに息があがり、リタイヤし『全然走れないじゃん! あたしもうダイエットやめる!』みたいな展開も可能性としてはありえると思ってたんだけど……結構いけるやん。
ていうかあれだ。気持ちいい。
冷たい風を切りながら走る感覚とか、誰もいない道を独占する楽しさとか、今自分頑張ってますみたいな喜びとか……色々感じてなんか楽しい。
なるほど、これがジョギングの楽しさか。みなさんが夢中になるわけだ。
「はぁっ、はぁっ……!」
つーか凄い。俺凄い。
めっちゃ足動くわ。息も殆ど上がらない。
これはもしかすると……目覚めてしまったかもしれんな。
俺の中に眠っていた『超高校級のランナー』という才能が、この歳にして目覚めたのかもしれん。あれか? 見えないけど○ンテン君がいて、俺の才能を開花させてくれたのか?
まったく……遅すぎるっつーの!
この才能がもっと早く、具体的には小学生くらいの時に目覚めていたら、クラスの女子達にキャーキャー言われてモテまくっただろうに。ガキのうちは足が速いだけでモテるらしいし。
実際のところ女子達にキャーキャー言われたのは、例のアサガオの自由研究の件で全校集会の時に前に立たされて緊張でゲロ(ファンタズムリバース)した時くらいだからな。
ほんと……もっと早く目覚めろよ。
内心文句を言いつつ、体感的には気持ちよく走っていると、背後から自分のじゃない軽快な走る音が聞こえた。
音はかなりの速度で近づいてくる。
足音はあっという間に俺に迫り、そのまま俺のすぐ隣を追い抜いていった。
追い抜く瞬間、どこか聞き覚えのある
「おはようございまーす!」
という少女の声と汗の匂いだけが残滓として俺の元に残った。
声の主は俺の抜き去った勢いで、走り去っていく。赤いジャージ姿が瞬く間に小さくなっていく。
普段だったら横を通ったときに香った汗を一ノ瀬スメルランキングのどの位置にするか、小一時間考察していただろう。
だが、今の俺の胸にある感情は違った。
今まで感じたことのない、チリチリと胸を焦がす感情があった。
燻る火のような小さな灯り。
その感情の正体は――闘争心だ。
それを理解した瞬間、小さな火が一気に燃え上がった。
よく家で雪菜ちゃんとゲームをしていたが、格闘ゲームや戦略ゲームで負けても何とも思わなかった。
だがレースゲームだけは違う。負けると心がざわつくのだ。負けたくないと思ってしまう。
どうしてだか分からないが、誰かに追い抜かれる行為は俺の心を昂ぶらせて止まないのだ。
俺の悪い癖だ。この癖のせいであの雪菜ちゃんに何度も何度も勝負を挑み『私の負けでいいので、勘弁してください』と言わせてしまった。
この火を鎮火させるには、追い抜いた相手に勝たなければならない。
つまり先ほどの少女を追い抜く。
だがどうする。そうこうしてる内に随分と差が空いてしまった。
ここから追いつく方法は――ある。
アレを使えばいい。
『だ、駄目だよ辰巳君!』
アレを思い浮かべた瞬間、脳裏にエリザの声が響いた。
次いで視界の端にSDエリザが現れた。
勿論妄想の産物だ。しかし声だけでもギャラは発生するぞ。
『もしかして辰巳君――あれを使う気なの!?』
ああ、そうだエリザよ。アレを使う。
アレを。アレ、つまりエリ――
『エリンザムを使う気!?』
妄想のエリザに被せられてしまったぞ。
『駄目だよっ。エリンザムは帰宅の為の切り札だよ! こんな時に使っちゃ駄目!』
妄想のエリザは慌しく手をバタバタさせている。可愛い。
『アレは学校から帰ってる辰巳君が、ふと過去の痛すぎる黒歴史とか将来の漠然とした不安、遠藤寺さんに自分以外の友達ができてそっちに夢中になってしまったらどうしよう……そういったどうしようもない感情で立ち止まりそうになった時! そういう時『家にはわたしみたいな可愛くて優しくてやっぱり可愛い美少女幽霊がご飯を作って待ってくれてる』そんな希望を一気に爆発させて家に帰る燃料にする――そのための切り札でしょ!?」
凄いな。妄想とはいえ、エリザが自分のこと可愛いとか美少女とか言ってる。レアな光景だ。
『も、もー、そこはいいのっ。とにかく今は使っちゃ駄目! いい? 分かった辰巳君?』
うん、確かにエリザの言う通りだ。アレを今使ってしまうと、今日大学から帰る時に困る。
よし、了解――
「エ リ ン ザ ム」
『ああー!?』
駄目と言われても今はこれしか手段がない。
だいじょーぶ。エリンザム無くても、あとエンドリンザムとかオオヤサンザムとかあるしな。切り札ってのはいくつも用意しておくもんだ。しかし、エリンザム以外の語呂ハンパなく悪いな……。
とにかく俺はエリンザムという名の切り札(自己暗示とも言う)を発動し、一気に駆け抜けた。
家に美少女幽霊がいるという希望はどこまでも俺を力づける。今だったら何だってできそうだ。
うっかりするとその美少女幽霊が待ってる家の方に全力で疾走してしまいそうになるのが玉に瑕。
俺はコンクリートで舗装された道を全力で疾走した。
先ほど感じた少女の匂いが徐々に濃くなってきた。
角を曲がった瞬間、少女の背が目に入った。
その背に向かって一気に走り抜ける。
そして――追い抜いた。
「おはようございまーすっ!」
追い抜きざま、先ほど返せなかった挨拶を残していく。
そのまま誰の背も見えない俺だけの道を駆け抜けていく。
俺は勝ったのだ。
負け続けの人生だったが、数少ない勝利の甘美なことよ……。
俺は気分アゲアゲで勝利のいう名のロードを走り続けたのだった。
おしまい。
■■■
「あれ?」
気がつくと俺はコンクリートの地面に倒れ付していた。
頬に当たるコンクリートが冷たい。
朝の冷気と相俟って、どんどん体の体温を奪われていく。
「え? 俺……何で倒れてんの?」
場面転換をしたと思ったら地面に倒れていた。何を言ってるか分からないけど、俺も分からない。
確か俺を追い抜いた少女を追い抜き返したところまでは覚えている。
そう、それから確か……ふわっといい気持ちになって……膝に力が入らなくなって……そのまま倒れた?
え、何で?
と、とにかく立ち上がろう。このままじゃ風邪ひくし。道路のど真ん中だから、車に引かれる。
「よいしょ……ってアレ?」
しかしいくら体に力を入れても、立ち上がれない。
それどころか腕も足もピクリとも動かない。
なになに? え、これってどういう状態。
教えてエリザちゃん!
『辰巳君は限界を超えたんだよ……』
随分悲しそうに言うね。ていうか限界? え、限界って……いい意味で?
『悪い意味だよ辰巳君。辰巳君は自分に運動の才能が目覚めたと思ったけど違うの。運動とは縁の遠い人生を歩んできた辰巳君は、自分の体に蓄積した疲労に鈍感だっただけなの。走ってる間も確かに疲労は蓄積していった。運動不足もあって凄い勢いで。でも辰巳君は疲労を疲労と感じずに無理なペースで走り続けて、挙句の果てにはエリンザムまで……ぐすん』
そうだったのか……。
そりゃそうだよな。そんな都合よく才能とか開花しないよな。ていうか疲労を疲労って感じなかった俺ってヤバイな。
『だからね、辰巳君は限界を超えちゃったの。もう1歩も動けない。……後はそこで、緩慢に訪れる死を待つのみ、なんだよ』
なんだよ、じゃねーよ! こえーよ!
え、俺死ぬの!?
『そう辰巳君は死ぬの。朝の冷え込みとコンクリートの冷たさにじわじわと熱と体力を奪われて、まるで凍死するみたいにゆっくり死んじゃうの……フフフ』
なに笑ってんの!?
『辰巳君が死んだらわたしと同じ幽霊になって……これで一緒だね……フフフ』
ヤンデレ幽霊はノー!
俺の妄想ってことは、ちょっとそういうエリザもいいなって思ってる証拠だけど、今は勘弁願いたい!
「だ、誰かっ、助けてっ……こ、声が……!」
体温を奪われつつある俺の声はとてもか細く、朝の空気の溶けて消えてしまった。
気のせいか眠くなってきた。いや、気のせいじゃない。眠い。
穏やかな睡魔に身を委ねてしまう。
「う、うう……眠いよ。ボク眠いよ、ネロラッシュ……」
『エリザだよ。さ、行こうね、辰巳君……』
ふんわりと、妄想のはずのエリザが覆いかぶさってきた。
その存在しない重みと馴染みある冷たい肌を感じたような気がして、俺はゆっくりと、意識を、手放した。
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