第二部 縮地激闘篇

第21話......んだよ、意味が分かんねえ(異世界からの侵略から1ヶ月。生き残りが集まった避難所で暮らしていた俺は縮地力とかいう謎の力に目覚め、謎の組織にスカウトされたのだった)

 変わらないものなどない。

 どんなものであっても、時間と共に変化していく。

 

 俺が一人暮らしを始めて3ヵ月、その間様々な変化が起こった。

 生活環境、人間関係、そして俺自身。

 

 今まで停滞していた変化が、ここに来て一気に進んだように感じる。

 あの頃の灰色の止まったような時間。思い出したくもない日々。

 

 このまま変化に身を委ねれば、あの頃はなかったことになるのだろうか。

 なかったことにできるのだろうか。

 よくどんな辛くて苦しい過去でもその経験が役に立つって言ってる人がいるが、俺はそうは思わない。

 俺の過去は思い出す度に惨めで泣きそうになるし、今でもあの頃の出来事が頭をよぎる度に足が止まってしまう。役に立ったことなんて一つもない。

 忘れたくても忘れられない思い出。どこの誰でもいいから記憶を都合よく消去してくれる装置を発明して欲しいものだ。


 そんなことを考える今日この頃、俺はちょっとした悩みを抱えていた。


 エリザのことである。




 ■■■



「で、こうやって……ここをぐにぐに摘んで、あ、優しくね? それから指の先でちょんちょんって」


 エリザの手が妖しくも滑らかに動く。俺はその動きをジッと観察していた。

 一瞬エロい想像した貴方には悪いが、別段猥褻行為をしているわけではない。

 現在時刻は夕方の16時。俺とエリザは夕飯である餃子を作っているのだ。


 まあ、エリザから「辰巳君も一緒にやろ! たのしーよ!」と誘われたからなんだが、たまにはこういうのもいい。

 今まで料理に携わったことのない俺だが、これを機に料理を覚えるのもいいかもしれない。

 正直毎日エリザに料理を作ってもらって俺はただ待っている現状にちょっとした罪悪感を覚えていたのだ。

 

 エリザの手本通り、白くてぺらぺらな皮にたねを包み、形を整える。


「こんなもんか?」


「わわっ、辰巳君すごーい。それワンちゃん? 可愛いねっ。でもそれじゃ焼けないねー」


 ぱちぱちと拍手をしながら、多分悪気なくディスってくるエリザ。

 どうやら俺が餃子を作ると犬っぽくなるらしい。

 

 ちょっとムッときたので、先ほどより集中してもう1つ作る。


「どや?」


「あ、分かった! それブドウだ! ブドウでしょ?」


「いや、クイズしてるわけじゃねーから。もういいよ。俺には才能ないわ」


 別に餃子作る才能なくでも生きていけるし。料理できなくてもいいし。レンジがあれば何でもできる!って昔の人は言ってたし。いや、レンジ使えるの?って聞かれたらまあ無理なんですけど。

 餃子すら作れないのに生きていけるほど世の中甘くないという意見もあるとは思いますが、その意見はしっかり拝聴してゴミ箱にポイする所存でございます。


「そんなこと言わないで一緒につくろーよ。ね、ほら、わたしが作り方教えてあげるから」


 と言うとエリザは正座した状態からフワリと宙に浮き、俺の背後へと回った。

 

 この話から読んだ早漏さんはびっくりして『え? 何この子カッパーフィールドの系譜?』と混乱するかもしれないので、ネタバレするとエリザ=幽霊である。

 幽霊と暮らしている俺? 普通の人間だよ。ちょっとキアヌリーブスに似てるだけの……な。


 ここらで初見の人のために、ちょっとエリザと俺を軽く紹介しておこう。『初見ですが、帰ります』なんて言われたら寂しいもんな。


 エリザは見た目14歳くらいの銀髪可愛い幽霊少女である。今日の格好はピンクのスカートにハートの中によく分からん英字が描かれた白いシャツ、その上からエプロンを羽織っている。

 足は最近街で見かける膝の部分が猫の顔になってるニーソックスを履いててカワイイにゃん。最近夏も近づいて暖かくなってきたし、ニーソックスは蒸れて大変じゃないかと心配している。

 一方の俺は蒸れる心配なんてないザ・裸足である。

 ここだけの話、裸族(家の中で全裸の人。詳細画像? あの夏で○ってるでも見たら?)である俺だが、エリザと暮らし始めて裸るわけにもいかず最低限のオシャ裸として、家の中ではずっと裸足でいるのだ。どうでもいい? そうですか。


 彼女は俺がこの部屋で一人暮らしを始めるより、ずっと前から住んでいた先住幽霊である。

 現在、俺と彼女は手を取り合って仲良く衣食住を共にしている。

 家事は全てエリザがしてくれている。では俺は何をやっているかというと……何もしてないんだなこれが。


 エリザはふわふわと浮きながらテーブルを迂回し俺の背後に回りこんだ。そのまま背中越しに両手を伸ばし、俺の手を優しく握る。

 

「力抜いてね?」


 耳の側で囁かれる言葉がくすぐったい。

 俺はエリザの言う通り手の力を抜いた。

 脱力した俺の手を、覆うようにして握ったエリザの手が操作する。


「こーやって、形を作って。それからぐいぐいって優しく閉じていくの。そうそう……ほらっ、できた! やったねっ」


 嬉しそうに笑うエリザ。目の前にはお手本ともいえるような形の餃子があった。

 

 対する俺は背中にあたる感触に妙な違和感を覚えていた。

 なんというか……ね。当たってるんですよね。尋常じゃないほど柔らかさを伝えてくる胸と、それから……ね。

 胸のほら……アレが。アレって言うのはアレだよ。クリスマスツリーの上に飾る星、鏡餅の上のみかん、聖帝十字陵の頂上に立つシュウ……ここまで言えば分かるでしょ?

 それがツンツン当たってやがるんですよ! つまり何が言いたいかって言うと。


 ――エリザさん、ノーブラじゃないですか?


 それが気になってしょうがないんすよね。

 いや、別にノーブラが悪いとかそう言ってるわけじゃないんだよ。むしろ善だし。どんどん広まっていけばいいと思うし。でも広がり過ぎはノーだね。広がり過ぎてブラが根絶されたら困る。夏の暑い日のブラ透けも未来永劫伝えて行きたい立派な文化だし。

 

 エリザの話だ。

 ノーブラが初めてなわけじゃない。というよりエリザは定期的にノーブラな日がある。具体的には月・水・金の3日間。週に3日はノーブラの日があるのだ。

 

 何故そんなことを知っているのか?

 別に俺が相手がノーブラかそうでないかを判別できる魔眼を持っているわけではなく、単純にエリザと過ごしてきた日が長いので、着けているかそうでないかを判別できるようになっただけだ。着けてなかったらちょっと揺れるからね。


 だったら何が気になっているかって言うと……今日木曜日なんだよね。ノーブラデーじゃないんだわ。ノーノーブラデーなのだ。

 

 この1週間エリザを観察してたけど、日曜もノーブラだったから、ノーブラデーが5日に増量している。

 この事実が何を示すかというと……分からん! さっぱり分からん!


 同居している少女のノーブラデーが増えました。その意味は?

 知らん! 全く理解できん!


 本人に向かって聞くわけにもいかないし、こうやってただ考察することしかできないのだ。


 ただ一ついえること。ノーブラデー増量が始まった日は分かっている。あの日だ。


 エリザが改めて俺に『好き』と言った日。そして俺もエリザに抱いている感情を伝えた日。

 あの日からエリザは変わったのだ。

 

 なにもノーブラだけのことじゃない。

 他にも変化は見られた。

 例えば体への接触。以前まで外へ出かける時のおんぶやら、うっかりハプニングの時くらいしか接触はなかったが、最近は増えた。

 今も……


「じゃ、もう1個一緒につくろー。あ、これだとやりにくいね。えっと……あ、わたしが前に座ればいいのか」


 と言いながら背中から回りこみ、あぐらをかいた俺の上に座る。つまり俺自身が椅子になることだ……。

 エリザの小さな体がすっぽりと入り込む。

 俺の体に背を預け、顔を見上げてはにかむ。


「えへへー、辰巳君の膝って凄く座り心地いいねっ」


 とまあこんな様子だ。

 こうして隙を見ては体の接触を行使してくる。


 全く困ったものです……。いやマジでな。ただでさえ可愛いのに、そんなぽんぽん体に触ったりくっつけてきたらさぁ……どうなるのこれ?

 俺だって男なわけで。そりゃまあ……色々と危ない。危険がデンジャーだ。おっすおっす大家さんならぬ、おっきおっき大家さんしてしまう。

 いくら思春期を遥か昔に終えた俺もさあ……始まっちまうよ! 一体何が始まるっていうんです? ――第2次思春期だよ。

 このままだと狼にトランスフォームして、瞬く間にリベンジポルノからダークサイドムーンにまっすぐゴーだよ! 何言ってんのか分かんねえけど!


 危ない時は例の如く、秘技『母顔想起』を使用してるんだけど、これもまあ最近多用し過ぎたからか効果がなくなってきた。恐ろしい想像だが、いずれは母親の顔を思い浮かべた瞬間に興奮していまうという大事故に繋がってしまいそう。


「じゃ、また手借りるねー。えへへっ、辰巳君の手って……おっきいね!」


 あぶなーいっ! その手のワードはいかーん! 俺の脳内辞書ツールは無駄に高性能でそういう妖しい言葉は勝手に『辰巳君の○○っておっきいね』ってモザイクをかけてしまう!

 くっそー……パッシブスキル『桃色E単語』にこんな弊害があったとは……。


 ていうかエリザさん……。気のせいとは思いたいんですけど……なんか、こう太ももに当たる感触が立体的というか、柔らか過ぎるというか……。

 ノーパ……いやいや。まさかそんな、ねえ。

 そういう健康法があるのは知ってるけど、それを実践してたら間違ってもこんな風に接触してきたりしないだろうし。

 このスカートの生地が薄い。そうに決まってる。


 だが、そろそろエリザには美尻……いやビシリと言っておくべきだ。共同生活を行う上で風紀というものは大切じゃないかと。

 あんまり日ごろからべたべたしすぎるのは、エリザの将来的な人格形成にも問題をきたすのだと。

 そんな風に男慣れしちゃうと、将来は男をコロコロ転がす尻軽ビッチになっちゃうよ、と。

 ここは年上として(と言っても年は殆ど変わらないんだけど)、言ってやるべきだ。


「なあエリザ」


「なぁに?」


 俺は意思を固めるように深く息を吸った。そして言葉と共に吐く。


「……もうちょっと深く座った方が安定するんじゃないか?」


「あ、ほんとだね!」


「あはははっ」


「えへへっ」


 今日も一之瀬家は平和です。



■■■




「というわけなんだ遠藤寺」


「ふむ。同居している幽霊少女が最近ベタベタしてきて困る、か。」


「そうなんだよ。もっとこう恥じらい? そういうのを大切にして欲しいんだよなー」


 大学のいつもの場所。正面に座る遠藤寺はいつものようにうどんを食べていた。

 俺はそんな遠藤寺に最近のエリザの目に余るベタベタっぷりを相談していた。


 遠藤寺は箸を置いた。


「それはそうと」


「何だよ」


「今ボクが食べているこの熱々のうどんを、君の顔面に叩きつけても……いいかな?」


「微塵もよくねえよ! 何で今の話を聞いた後に、俺の顔面にうどんを叩きつける発想に至るわけ!?」


「いや、すまない。自分でも分からないが、君の話を聞いていると胸の奥底からドス黒い未知の感情が沸いて来てね。それが『やっちまえ』とボクに囁いたんだ」


 いつものように無表情な遠藤寺だが、よーく見ると不機嫌なオーラが感じ取れた。


 このゴスロリファッション+リボン装備の少女の名前は遠藤寺。俺と同じ大学に通う、唯一の友人だ(『大学で友達一人とかwww』と俺をディスろうとしているそこの貴方、ちょっと待って欲しい。まずは自分の姿を鏡でみてくれ。美少女か? 美少女なら好きなだけディスっていい。それ以外は漏れなく朽ちろ)


 趣味と実益を兼ねて『探偵』をしており、俺の相談を快く聞いてくれる素敵な友達だ。

 間違ってもいきなり人の顔に熱々のうどんをぶっかけてくるクレイジーガールではない。


 遠藤寺は不機嫌なオーラを纏ったまま続けた。


「あと未知の感情がこう言えと囁いてくる」


「なんと?」


「ちょームカつく」


「!?」


 遠藤寺の口から出てきたありえない言葉に、俺は驚愕した。

 だってよ、遠藤寺なんだぜ……? 基本的に頭よさげなことしか言わない(うどんに関しては別)遠藤寺が、そこら辺の女子高生とかが使いそうな言葉を使うなんて……。

 うーん、遠藤寺がそんな言葉を発する発端となった未知の感情……俺気になります!


 当の遠藤寺は何やら満足げな顔をしていた。


「……うん。少しスッキリした。今まで使ったことない言葉だけどいいじゃないかこれ。今度から何かあったら使うとしよう」


「やめて」


 そんな台詞使ってたら、遠藤寺のキャラが壊れちゃうよお!

 ん? ギャップ萌え? ……そうか、そういうのもあるのか。


「さて、未知の感情も消えたところで君の相談を受けようか。……何の相談だったかな」


「ああ。エリザが最近ボディタッチっていうの? 体への接触が多くてさ、何かにつけて体をくっつけてくるんだよ」


「……そうか。そういう話だったね。なるほど……ふむ。ボクから言える言葉は――」


「うんうん」


「リア充爆発しろ」


「遠藤寺さん!?」


「すまない。また未知の感情が……しかし初めて言った言葉だけど、中々にスッキリする言葉だね。今度から街を歩いていて職務質問されたら使ってみよう」


 ここでまさかの新事実。俺と遠藤寺にはよく職務質問されるという共通点があった……!

 なるほど、親友同士、こうした共通点があるものなのか。全然嬉しくねえわ。


 しかし……


「なあ遠藤寺。もしかして怒ってる?」


「怒る? ボクが? クククッ! 君は相変わらず面白いことを言うね。怒る? くくくっ、ボクに向かってそんなことを言う人間は君が初めてだよ」


 覚醒した主人公にボコられる中ボスのような台詞を吐く遠藤寺。

 何がツボに嵌ったのか、珍しく爆笑している。といっても普段の表情のままなのでこわい、です。


「いいかい? ボクは探偵だ。そして探偵に最も必要なものが何か分かるかい?」


 うーん……オペラかキューティクルか痛がりの灰色狼か……。あれ? 遠藤寺に当てはまる要素がないぞ?


「それはね――感情のコントロールだよ。冷静な感情と完璧な推理はイコールなんだ。間違っても怒りなんて振り幅の大きい感情に振り回されるなんてことはあっちゃあならないんだよ」


「割りばしバキバキに折りながら言っても説得力が……」


 本人は否定しているが、遠藤寺ちゃん激おこらしい。そしてどうも自分が表現している感情が、怒りだとは気づいていないっぽい。

 怒ってる自覚がない遠藤寺もカワイイ!と言いたいが、あの割り箸みたいにバキバキにされそうなので自重した。


 どうにも今回の相談は遠藤寺さんには不評なようだ。

 なぜだろうか。


「というわけでボクは怒っていないよ。だがまあ一般的な人間だったら、人の惚気話をこれほど聞かされたなら……殺意を抱くと思うね。おっと、一般的な人間の場合であって、ボクは違うよ? 何度も言ってるけど、ボクは怒ってもいなければイラつきもしていない。親友である君が同居している少女といちゃつこうがそれを本人の口から聞かされようが……怒ることはありえない。理解したかい?」


「あ、はい」


 別に惚気話をしてるわけじゃねーんだけどな。

 どうやら、この話は遠藤寺相手には相応しくないらしい。


 遠藤寺がクールダウンするまで、待つことにした。つるつるうどんを啜る遠藤寺を眺める。

 ふとうどんを啜る唇が、いつもより若干赤みを帯びていることに気づいた。あれは、口紅か? 

 珍しい。格好こそこんな感じだが、遠藤寺が服装以外に装飾――化粧をしているのを見たことがない。

 一体どういう心境の変化だろうか。


「……何をジッと見ているんだい? 見ていてもあげないよ。一口しか」


 何を勘違いしたのか、うどんを摘んだ箸を差し出してくる遠藤寺。

 まあ貰えるものは病気以外貰っておく性分なので、戴いておく。

 うーん旨い! うどんにこだわる遠藤寺が、ポケットマネーで質のいい材料を横流ししてるだけあってその味は無類である。 


 うどんを食べ終わる頃には、遠藤寺の不機嫌オーラも霧散していた。


 遠藤寺は深くため息を吐いた。


「この間の相談もそうだが、君がボクに持ってくる相談事はどうしてこうもボクの専門外のものばかりなんだい? やれ幽霊が家にいる、やれその幽霊の寝顔が見たい、そしてその幽霊がべたべたしてきて困る。……ボクは探偵だよ? もっとこう――家族が誘拐されたが諸般の事情で警察には相談できないとか、祖父が亡くなって遺産相続をするんだけど『今から記す人間を私の館に集めろ』と書かれた意味深な遺書が出てきた……そんな相談はないものなのかい?」


「パンピーな俺に無茶言うなっつーの」


 ほんまこの推理厨は……。

 そうそう〇ナン君の手を借りるような事件なんてないっつーの!

 でも何だかんだで専門外の相談でも引き受けてくれるのが遠ちゃんのいいところ。

 文句の後、助言を与えてくれた。


「それで君はその幽霊にどうして欲しいんだい?」


「いや、まあ……もう少しスキンシップを控えてもらえたらいいんだけど」


 このままべたべたされたら、流石の俺もやばい。

 未成年に手を出すなんて……いや、待てよ? 確かエリザって14歳の時に死んで5年経ったから今は19歳ってことだよな? あと1年経ったら……問題ないんじゃないか? 

 9歳の壁ならぬ19歳の壁を越えてしまえば……合法? エリザは合法? どうなんだ? 幽霊に俺達人間の法律は準じられるのか?

 今はアレだから、次の機会に遠藤寺に相談することにしよう。


「だったらそう言えばいいさ。もう少し距離を置いて欲しいと。今までの話を聞く限り、その子は聞き分けのいい性格のようだ。君がそう言えば素直に聞くだろう?」


「いや、まあ……そうなんだけど」


 遠藤寺の言う通りだ。エリザに直接言えばそれで済む話だろう。


 だが――


『「辰巳君は? わたしのこと……迷惑じゃない? わたしのこと……好き?」』


 不安が混じった表情で問いかけてきたエリザの顔が頭から離れない。

 あの日からエリザの態度が変わって、それを拒絶したらあの時のエリザの言葉まで否定してしまうような、そんな気がするのだ。


「……煮え切らないね。折れた割り箸で刺してもいいかい?」


 一瞬で不機嫌オーラを纏う。


「よくねえよ。……ほんとに機嫌悪いな。大丈夫か?」


 俺の問いかけに遠藤寺はため息を吐いた。


「……すまないね。怒ってはいないが……冷静ではないのは認める」


「変な相談した俺が悪いな。今度から相談は控えるよ」


「いやそれは違う。前も言ったが君からの相談を受けるのが嫌なわけじゃない。それどころか親友である君から相談をされるのは、その……嬉しいんだ。初めてできた友人に頼られている、それが。悪いのはボクだ。未知の感情くらいで冷静さを失う未熟なボクが悪い」


 自分に言い聞かせるように遠藤寺は言った。


「正直怖いんだ。未知はボクにとって歓迎すべき好物そのものだけど、この未知の感情は……解き明かしてしまったら、ボクが変わってしまうような気がして」


 悩む遠藤寺を初めて見た。いつも自信満々で、余裕に満ちた遠藤寺だけど、こんな風に人並みに悩むこともあるらしい。

 それをもたらしたのが恐らく俺であり、俺の中でそのことに対する罪悪感と独占欲染みた優越感が胸の中で混じりあった。

 そんな遠藤寺にかける言葉は何だろうか。


 考えるより前に、自然と言葉は出た。


「まあ、あれだ。お前が変わっても……ずっと親友でいるよ」


 全く吟味せずに思ったことをそのままの口に出したが、この雰囲気の中では正しい言葉に思えた。

 実際に遠藤寺は俺の言葉を受けて……


「……ずっと親友、ね。今までだったら胸に響く心を打つ言葉に違いないんだろうけど、今のボクはとても不満に思っている。自分でも何故だか分からないけど」


 あれ!? なんで不機嫌!? これ正解だろ! 俺達ずっと友達だよな!って魔法の言葉だろ!?


 その後、ツンとした雰囲気を崩さない遠藤寺だったが、授業の時はいつも通り隣に座ってくれたし、俺が教授に当てられた時はこっそり答えを教えてくれたりしてくれた。

 

 その授業が終わり別々の講義を受けるため別れた。

 去り際


「……別に怒っていないけど、今日の講義の後……飲みに付き合ってくれたら許す」


 とそっぽを向きながら言ったから今日は遠藤寺記念日にしようと思った。






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