第7話 最寄りの派出所まで全裸スキップで7分(ただ、捕まる)
俺が中学生の頃、こんなことがあった。
夕方俺が部屋で漫画を読んでいると、着替えを持った小学生の妹が部屋に入ってきたこう言った。
「兄さん、お風呂が沸きました。冷めてしまうので、早く行きましょう」
って。その頃、俺は普通に妹と一緒に風呂に入っていた。
別にそれがおかしいとは思ってなかったし、いつまで一緒に入るもんなんなんだろう、いつかは妹の方から恥ずかしがって拒否られるのかなぁ、それはそれで寂しいもんがあるなぁとか思ってた。
その日までは。
その日学校で、こんな会話を聞いたのだ。
クラスメイトの女子達の会話だ。
『昨日さぁ、オヤジが一緒に風呂入ろうとか言ってさー』
『うわマジで! それキモ!』
『だしょー? つーか中学生にもなって一緒に入るわけないっつーの』
『小学生までよねー』
『そうそう。大体イケメンならともかく、オッサンの毛深くてダルンダルンの裸なんて見たくないっつーの』
『……ん、いや、毛深くてダルンダルダンの裸もさ、まー、ね。ほら……それはそれで味があるっていうか』
『え?』
『……』
『え?』
この会話を聞いて俺は思った。
俺もいつか妹に『兄さんとお風呂に入るとか気持ち悪くて無理! 5万円貰っても無理!』なんて言われるかもしれない、と。
だから言われる前に自分の方から断ることにしたのだ。武道でいう『先の先』ってヤツ。
「今日は一人で入るわ。……つーか、今日からは別々に入ろうぜ」
「どうしてですか?」
「ほら俺もう中学生だし、お前ももう高学年だろ? なんつーか、お互いさ、なんていうか……なあ……分かるだろ?」
「……兄さんがそう言うなら、分かりました」
妹はそう言って部屋から出て行った。
ただその時何故か、妹は残念そうな顔を仄かに赤く染めていた。
次の日、母親に『女の子の裸に興味を持つのはそういう歳だから仕方ない。でも小学生の妹の裸に興奮するとかお前マジ救えねーわ』とかどん引き顔で言われた。
どうやら妹が母親に『兄さんが私に欲情して襲ってしまいそうなので、今日からは別々にお風呂に入るらしいです』と報告したらしい。
この経験から伝えたいのは、事実ってやつは個人によって曲解されるってこと。
本当に伝えたいことは、ちゃんと一から十までしっかり伝えなきゃいけないってこと。
■■■
さて、4番目の選択肢である『そのまま幽霊の同居する』を選んだわけだが。
俺と幽霊子(仮称)は部屋の中心にある食卓を挟んで向かい合っている。
幽霊子は先ほど前のテンションの上がりっぷりはどこへやら、借りてきた猫のように大人しく座っている。
「一緒に住む上で、君に一緒に聞いておくべきことがある」
「……う、うん」
少女は遂に来たか、そういった何かをこらえるかの様な顔で頷いた。
そのまま胸の奥にあるとても辛いものを吐き出すかのように、口を開く。
「……うん。わたしが死んじゃった理由、それはね……」
「いや、それはどーでもいい」
「ええっ!?」
少女はガクリとうなだれた。
そりゃそうだろう。
何が好きで他人の死因なんてものを聞かなければいけないんだよ。
下手すりゃトラウマものだ。
この世界が中学生の頃、俺が構想を練っていた漫画トラウマバーサス(トラウマを使い戦う漫画。トラウマ使いは相手に自らのトラウマを武器にして攻撃できるのだ! 我ながらなかなか面白い出来だったんだけど、登場人物の抱えるトラウマのネタが尽きて、俺自身のトラウマを使ったら、登場人物が……なんか全員死んだ。何を言ってるか分からないと思うが、俺も分からない……)だったら、喜んで聞くけどさ。
「ほ、本当に知りたくないの?」
「ああ、過去より現在だろ? 過去のことなんてどうでもいい。俺とお前の現在はこれからなんだ。……俺達の現在は始まったばかりなんだからな!」
何だか打ち切りっぽい言い方になってしまった。
実際マジに死因とかどうでもいい。
別に死因とか聞いて夜トイレに行けなくなるのが怖いとかじゃないから勘違いしないで欲しい。
トイレで思い出したけど、昔よく怖い映画を見た後の夜、妹が部屋を訪ねてきて『……に、兄さん。あ、あのコンタクトを落としてしまって……ちょっとトイレまで着いて来てくれませんか?(もじもじ』みたいなことがあった。
ああ可愛かったなあ、あの時の……俺。
『やれやれ仕方ねえな』とか言いながら、もし妹が来なかったら怖くて一人でトイレなんて行けねえし、いざとなったら窓からライフシャワー(生命の雨)する覚悟してたし。いやあの時は若かった。ただライフシャワーは諸刃の剣。一度でもしてしまえば、倫理が崩壊し、もう自分の部屋の窓からライシャることが癖になってしまう……ゆめゆめ気を付けることだ、かつて過ちを犯した人間の言うことは聞いておくべきじゃよ。
俺がかつて手にしていた諸刃の剣について考えていることなんて知る由もない幽霊子は、上目遣いでこちらに問いかけてきた。
「じゃ、じゃあ聞きたいことってなに?」
「年齢だよ年齢きみぃ」
「へ? 年齢? 何で?」
「いいから教えるんだ。お前は、一体、何歳、なのか」
「う、うん……」
俺の発する妙なプレッシャーに押されたのか、少女は若干後退りをしながら頷いた。でも、これってすっごい重要。
この子の年齢によって、ヨージョラチカンの罠が発動し、俺がギルティーかそうでないかが決まるのだ。
この歳で豚箱にインは勘弁だよ~。
「えっと、わたしはじゅうよ――」
「よし待とう。ちょっと待とう。うん、言うのを忘れた。死んでからの年数も含めてくれ」
「え? えっと……」
少女は指を折り、ぶつぶつと呟いた。
おねがいゴッド! 俺の願い聞き届けたもう!
「んと……今年で19になるね」
イエス! イエスイエス!
神様ありがとう! 今度の三箇日は旨いもん供えるよ!(鯖の味噌煮)
なんだよも~、殆どタメじゃんこの子~。
ちょっと気遣って損した!
「ヘイ、ヨロシクな」
「う、うん。何で急にフレンドリーになったんだろ……ん、でもいっか。よろしくね辰巳君!」
「HAHAHA!」
最大の懸念事項はクリアされた。
これさえこなせばもう憂いもない。
その後、俺は特に取り留めもない質問を少女にした。
「そういえば幽霊ってことは塩かけるとやっぱヤバいのか?」
「んーん。別に何ともないよ。あーでも、しょっぱいのはあんまり好きくないかな」
なるほど、幽霊に対してソルトアタックは効果がないらしい。
「お経とかは?」
「お経ってあれでしょ? 頭ツルツルのおじさんがするヤツだよね? 何回か聞かせて貰ったことあるけど、別にどってことなかったよ」
被除霊経験(すっげえ言葉)アリか。
そりゃ何年も幽霊やってれば、あるだろう。
んー、塩もお経も効かない、と。あれ? 幽霊無敵じゃね? ゴ○ブリ並みな生命力じゃね?
「飯とかは?」
「食べられるよ。でも、食べなくても別に何ともないよ。お腹は空くけどね」
へー、死んでも腹は減るんだー。
ん? つまりアレか。仮に俺が死んで幽霊になっても普通に腹は減るわけだ。
だったら墓前には好物を常に常駐させておいて欲しいものですなぁ。
よし、妹にメールをしておこう。
『俺が死んだときは、墓前には年中、鯖の味噌煮を供えておいて下さい』
さて、次は……
「ね、ねえ辰巳君……」
俺が次の質問を考えていると、少女はチラチラとこちらに視線を寄越しつつ、もじもじと言葉を発した。
「あのね、もっと辰巳君は知りたいっていうか、辰巳君が最初に聞いておくべき質問っていうか、そういうのがあると思うの辰巳君。ね、辰巳君」
なぜか念押しするように俺の名前を連呼してくる。
もっと俺が知っておくべきこと、だと?
俺はまだ未熟な若輩者であり、知るべきことは多々ある。乳首の開発方法とか水とローションのベストな割り方とか。
その中で今、知っておかなければならないこと……。そうか!
「排泄関係ってどうなってるんだ?」
「うわー! わー! わぁー!」
その怪アヤカシ大声を用いてこちらを驚嘆せしめん。
突然大声で怒り始めた少女に俺たじたじ。
幽霊ってやつはよく分からんね……。
いや、実際気になるじゃん? するのかしないかは元より、ふわふわ浮いてる状態でシたらやっぱり無重力みたいにアレもふわふわ浮くのかな、とか。
ふわふわ浮いたソレがうっかり開けていた小窓から出ていっちゃって、秋空にフライアウェイして、偏西風に乗って世界へ……。
世界中に人が空にたゆたうソレを見た時、その時、一瞬とはいえ世界は一つになる……そいういった世界の統一をライフワークとする人間に、俺はなりたい。
「違うでしょ! そーじゃなくて最初に聞くべきこと! 常識的に考えて!」
常識的? え、非常識代表な幽霊がそーいうこと言っちゃうワケ?
幽霊がいる以上、現在の一般的な常識ってのは根本から覆ってると考えるべきでしょ? 素で言ってたら鼻で笑われる空想も、今となったらその存在を否定することはできないってわけ。
つまり俺が長年追い続けている妖怪、筆下ろし女もただの空想なりえない(ちなみにどんな妖怪かっていうと、これ語ると長くなるからまたの機会に、な)
俺が本気で常識について考えていると、少女はムスッとした表情で俯いた。
俯いたまま、小さな声で言う。
「……なまえ」
なまえ? な(まいきなんだよお)まえ?
いや、違うだろ。この場で恐喝に至る言葉はない。
なまえ……名前か!
「……辰巳君、わたしの名前興味ないんだ」
頬を膨らませてそっぽを向いた少女。
おやおや拗ねていらっしゃる。
つか、完全に忘れてたわ。幽霊にも名前あるんだよな、そりゃ当然か。
オケラだってアメンボだって水虫にだって名前はあるんだ……雑草なんて草はないんだよな。
生活の初日から不和が発生しても面倒なので、フォローの言葉をかける。
「いや、興味あるある」
「……でも、聞かなかったもん」
「俺って好きな物は最後まで取っておく性格じゃん。だから、さ」
これは本当。
だからギャルゲーとかでも、気に入った子は最後に攻略する。
で、気に入った子に限って、実はルートないとかね……もう、ね。
もうヒロイン追加の要望メール送るのは疲れちゃったよ……。
その点、渡良○準にゃんのシナリオを追加してくれた某メーカーには頭が上がらない。その他メーカー様にはユーザーのニーズにばっちり応えるその姿勢を是非見習っていただきたい。
少女はまだブスッとした表情をしながらも、こちらに視線をよこしてきた。
「……ほんとに? ほんとは興味あるの? 嘘じゃない?」
「本当本当。俺って今まで嘘吐いたことないし」
恐らく嘘吐きの8割が使ってるであろう言葉に、少女はさっきまでの不満顔が嘘のようにパッと笑った。花が咲いたような満面の笑み。
「そうなんだっ、よかったっ。辰巳君、わたしの名前興味ないんだと思って落ち込んじゃった。でも、あるって分かってすっごく嬉しい! えへへっ」
少女の無垢な笑みは俺のハートに刃となって突き刺さった。
ほ、ほほう、やるじゃないか。俺の罪悪感をここまで刺激するとは……。これだから子供って苦手。無意識に人の罪悪感を煽ってくるもんな。いっそ罵ってくれたほうが楽だわ。
さて、ここまで来たら名前を聞かねばならない。
幽霊子も結構カワイイと思うんだけど。
「じゃあ、君の名前を教えてくれ」
俺の言葉を聞いた少女は、大切な宝箱から取り出した宝石を目の前に掲げるかのように、その言葉を紡いだ。
「わたしの名前はね。――エリザ」
「……え?」
外国籍の方でしたか……そうですか。まあ、見た目である程度は予想してたけども……。
う、ううむ。何で相手が外人ってだけでこうも腰が引けてしまうのだろうか。
これは俺だけじゃないはずだ。日本人なら殆どの人が持っている感覚だと思う。
やっぱりあれか、外人=アメリカ人=体デカくて強そうってイメージから苦手意識があるのか?
でも、よくよく考えたら俺、アメリカ人に勝てるわ。タイマンって前提だけどな。
アイツらの強みは馬鹿でかいバーガー食ってデカくなった体――つまりパワータイプだ。
あの丸太みたいな豪腕から繰り出される拳を一撃でもくらえば……一発でノックアウト。
だが昔の偉い人は言った「当たらなければどうということはない」と。
あれは確か……織田信長だっけ。
うん、そうだ。長篠の戦いで火縄銃の弾幕をくぐり抜けながら言った格言だった。
そんな格言に乗っ取り、かつてスピードキングの異名を持った俺は相手の拳を交わしつつ華麗に接近。
自慢の拳を避わされ唖然としている相手の顔面に俺のナックルが抉り込む――寸前に相手の拳銃がズドン! あっ、俺撃たれた!?
やっぱり銃には勝てなかったよ……アイツら基本子供から老人まで銃装備ってのがなぁ。銃社会マジ怖い。
しかしエリザ――いい響きの名前だ。
名付け親はさぞセンスがよかったのだろう。俺もいつか子供が生まれたらエリザって名前つけようかな。
何となく、口ずさんでしまう名前だ。
「エリザ、か」
「~~~~っ!」
名前を呼んだ瞬間、幽霊子改めてエリザは顔を真っ赤にして、両の拳をギュッと握った。
「も、もう一回っ、もう一回呼んでっ」
「エリザ」
「えへ、えへへへぇ……」
相変わらず顔を真っ赤にしたまま、体をくねらせる。
長い銀髪が歌舞伎役者みたいにぶんぶん振り回されてちょっと面白い。
「うぇへへぇ……辰巳君が初めてわたしの名前呼んでくれた。……えへへ、嬉しいなぁ」
名前を呼ばれただけなのに、胸をギュッと握り締めちゃう乙女っぽい仕草とかマジ現代人が捨て去った夢の欠片。
なんだかそんな反応されると、俺のこと好きみたいじゃん?
いや、どうなんだろうか……さっき押し倒してきた時も俺のこと好きとか言ってたような……。俺のことを好き?
まさか、ありえない。
俺は自分が他人に好かれるような人間でないことはハッキリと理解している。
嘘と妄想で固めた何一つ誇れる物を持たない、それが俺だ。ラノベとかに出てくる主人公の『冴えないボク』には、大体なんだかんだいって人を引き付ける魅力とか長所があったりするけど、俺にはそんなものはない。断言できる。
でも――
もしそんな俺を好きなんて言ってくれる存在がいたとしたら……それは、砂漠に落ちたゴマほど稀有な存在じゃないだろうか。
仄かな、本当に仄かな期待感を抱いてしまう。
「あ、あのさ。ちょっと聞きたいんだけどさ……何で俺の世話とかしてくれたわけ?」
俺は名前を呼ばれて頬を緩めている少女にそう問いかけた。
率直に俺のこと好きなの?なんて自意識過剰レイジバーストな発言はできない。
だって間違ってたら恥ずかしいもん!
もしそんな質問をして「……は? 何言っちゃってんの? え? もしかして勘違いさせちゃった? ゴメンネゴメンネーーwww」なんて指さされつつ言われたら、俺ショックで胞状分解する自信がある。
だからこその遠回り発言だ。
俺に好意を持ってくれたから、俺の身の回りの世話をしてくれたんじゃないか、そんな淡い希望。
世話をされる俺と、脅かし追い出された前の住民達、その差は一体なんなんだろうか。
俺の質問に、少女はじんわりと赤くなった顔を俯かせ、ポツポツと震えの混じる声で言った。
「……あのね、さっきも言ったけど……辰巳君のことが好きだから、だよ」
愛は絶対ビクトリー!
愛はあったんだ! 愛はすぐ傍にあったんだよ! 俺超愛されてた! 父さん母さんありがとう!
いやぁ、やっぱり愛か。愛って世界を巡るファンタジー粒子なんだね。興奮しすぎて自分でも何言ってるのか分かんないけど。
目の前の少女の反応から、今の『愛』が友人としてのいわゆる『Like』ではないことは決定的だ。つまり『LOVE』だ。『LOVE』、何て心地のいい響きなんだろう。
なんか俺自信持てたよ! 俺なんかでも愛されるんだ!
愛は平等、愛受給資格の条件は『心がある生物』であること!
しかし、なぜ俺を好きになったんだろうか……。
別段捨てられた猫に傘を差してあげたり、子供をトラックから庇ったり、異能を持たないボクが敵の刃に貫かれそうなヒロインの前に躍り出て「なんでっ、私の傷はすぐ治るのに! どうしてこんな真似を!?」「……それでも、君が傷つくのが、イヤだった、から」な自己犠牲に走ったりしたことは無いのに。
まさかあの一目惚れとかいう――都市伝説、か?
そうだ。幽霊だっているんだ、現実にはありえないような都市伝説が現実にあってもおかしくない。
俺が自分に向けられた愛を噛み締めていると、エリザが頬を伏せたまま語り始めた。
「……最初はね。他の人たちと同じように、追い出そうとしてたんだ。でも辰巳君ってば、わたしがいくら脅かしても、全然気付いてくれないんだもん。今までたくさん追い出してきたわたしのプライド、粉々だった」
最初は敵だと思っていた……うん、イイネ!
そういう展開俺だーいすき。
それで徐々に俺のいいところとか見つけて「……この人、本当は凄くいい人間なんじゃ……って馬鹿! 何言っちゃってんのわたし! 人間はみんな悪魔、そうでしょ!」とか葛藤しちゃうんだ。
揺れ動く心の機微ってなんであんなに切ないの? 教えてアルムのもみの木さん。
ちなみに俺を含めた住民を追い出そうとしていた理由は単純に『怖いから』らしい。
幽霊の癖に人間が怖いとか正直噴飯ものだよね。だけどまあこの子まだ、じゅうよ――んん! 十九歳らしいじゃん。
そりゃ知らない大人が同じ部屋にいるとか恐怖以外のなにものでもないよね。
つーか俺だって例のマイクさんだとかと一緒に暮らすの無理。絶対掘られる(友情を掘り下げるって意味で)
「辰巳君全然気づいてくれないから、どうやって追い出そうかって悩んで、辰巳君のこと3日くらいずっと観察してたの」
「されてたのか……」
思い出せば、確かに何かに見られている感覚はあった(後付け)
ただ俺って町とか歩いててもギャルとかの視線釘付けにしちゃうし、それの延長線だと思ってた(勘違い)
「それで観察してたら辰巳君……ぜんっぜん家事しないの。料理もお掃除もお洗濯もなーんにも。わたしびっくりしちゃった」
何でびっくりしたかよく分かりませんね。
一人暮らしを始めたからって、必ずしも家事をしなければならないなんてこと、あります?(あります)
確かに俺全然家事しなかった。
つか、3日目にして餓死寸前だった。だって家にいたら勝手にごはん出て来るもん! ママンは気まぐれでたまに飯作らないことがあるけど、そういう時は妹の雪菜ちゃんが作ってくれたもん! だからそもそも俺には食事を作ったり用意するといった概念が無かったわけ。……それでよく独り暮らししようとか思ったな俺。
「辰巳君がお腹がぐーぐーうるさくて……あんまりにも可哀想だから、ついご飯作っちゃって。その時だけの例外ってそう思ってたのに。初めて作った、ものすごく変な形のおにぎりを辰巳君がおいしそうにご飯食べてる姿見たら、なんかこう……胸の奥がキュンって」
ほほう、それは恐らく母性本能というやつですな。
ヒモなんかはそれを刺激する異能スキルが必須だとか。
それを俺は先天的に持っていた……?
俺って自然発生型の
「それからもつい、ご飯作ったりお洗濯とかお掃除してたら、なんて言うのかな……この人はわたしがいないと駄目だなーって思って」
あー、それ典型的なヒモパターンですわ。
ヒモは甘いところ見せちゃ駄目だよー。アイツらどんどん調子乗るから。
「だらしなく寝てる辰巳君の傍でお掃除とかしてたら……自分がお嫁さんになったみたいで……それで辰巳君が旦那さんに思えてきて、それで、それでね! ……い、いつの間にか好きになってたの。……な、なんかこういうこと言うの恥ずかしいっ」
キャーなんて真っ赤顔を手で覆いつつ言っちゃうエリザさん。
いや、キャーって言いたいのはこっちなんすけど。
何で今更自分の駄目っぷり、いや最早クズっぷりを他人に語られないといけないわけ? これ新手の拷問?
つーか幽霊さん、それって錯覚だわ。
典型的な離婚推奨夫婦の妻側だわ。
旦那はあんたのこと必要だけど、よく考えてごらん。奥さんは別に旦那がいなくても何にも困らないってこと。
ほら、さっさと子供連れて出て行っチャイナ!
好きってさ、色んな種類あるけど……こういうのってどうなの?
いや、好きって言ってもらえて嬉しいんすけど、やっぱ好きってのは対等でなくちゃ駄目じゃん? なんつーか完全にこの子優位だよね。世話してあげてる、みたいな。私がいなくちゃ、駄目みたいな?
いや、まあ実際そうなんですけど! そうなんですけど!
……そうだ、俺の大人のテクでこの雌の体に快楽を味合わせてやればいいんじゃね?
家のことやってもらう代わりに、俺は快楽を与えてやる。
そうすることでいわゆるwinwinの関係が……ってこれまるっきりヒモの考えか。
だがいい考えじゃないか?
ただ問題は俺が童貞だってことなんだよな。妄想の中では百人切りの英雄なんだけど。
まあ、とにかく目の前の少女が俺のことを好きらしいことは分かった。
「何で家事をしてくれていたか、それは分かった」
「う、うん」
「で、まあここからが本題なんだけど」
さて、本題に行こう。
今までこの質問は避けていたが、しないわけには行かない。
この質問をしなければ、お互いこれから生活していく上で、シコリの様な物が残ってしまう。
シコリは取り除く。
俺はそのシコリ(質問)を口にした。
「――何で全裸だったの?」
と。
次は何かな?とちょっとわくわくした表情の少女の顔が固まった。
パリパリと表情が剥がれ落ち、現れたのは先ほどの好意を伝えてきたのとは違う顔の赤さと、動揺のせいかグルグルと渦巻いた瞳とふるふる震える唇だった。
「――あ、あれはぁ! ち、ちがくて! そーいうんじゃなくて! そ、そのなんていうか……違うの!」
「何が違うのかな」
「だ、だから……違うの! べ、別に変な意味で服を着てなかったんじゃないのぉ! 違うの!」
違う違うってなあ……そんな言葉で無罪証明できたらナルホド君いらねえだろうが!
ちゃんとした証拠を寄こせよ、そしたら納得してやるさ。
『自分の姿を認識していない男の前。全裸で家事をしていた。しかもノリノリであることから、常習犯だと思われる』
誰が見ても痴女の証明でしかないこれを、覆す証拠があるのかねぇ……。俺はないと思う。
さて痴女幽霊のお手並み拝見といくか。
「……ち、痴女とかじゃないの! わたしが服を着てなかったのには、ちゃんと理由があるの!」
「お聞かせ願いたいですな」
「だ、だから、その……辰巳君はわたしのこと見えてないし……そう! 暑かったから! 暑かったから服脱いでたの! あの、その……暑すぎて服がどっかに、あれなの……逃げたの! だって暑かったから! 夏真っ盛りだもん!」
いやイエーイめっちゃ春デイだったんですけど。
暖かくはあっても、暑いなんてこと全くなかったんですけど。
しかし分かりやすく錯乱してるな……。
言っている意味が全く分からん。これは地雷だったか?
「だってわたし幽霊だから……幽霊だから暑いと服が逃げちゃうの! べ、別に辰巳君の前で裸でいることが気持ちよくなってたとかそーいうんじゃないの! 奇数日は裸の日なんて決めたりしてないの! わ、わたし痴女じゃないから!」
「ええそうですね。君は痴女じゃないですね(棒)」
「だよね! わたし痴女じゃないよね!」
追い詰められた人間特有の勢い強めな笑顔を浮かべる幽霊子さん改めエリザさん。
まあ、痴女ではないけど、露出狂の一種ではあるよね。
人は誰だって潜在的にそういう面があるらしいけど、ぶっちゃけ見えてないからって男の前で二日に一回のペースで全裸るとか、ちょっとひくよね。
「よかったっ、わたし痴女じゃないんだ! えへへっ、痴女なんていなかったっ」
何か言い訳がましく「痴女はいない」と連呼するエリザを見て、俺は優しくなっている自分に気づいた。
人は自分より駄目な人間を見ると、安心する。
俺はその時、限りなく自分より駄目な面を持つ少女を見て、安心していた。どうやら上手くやっていけそうだ。
「……ん?」
携帯が震えた。メールが来ていた。
『せっちゃん』――妹からだ。
恐らくさっき俺が送ったメールの返信だろう。俺が死んだら墓前にサバの味噌煮を備えてくれってヤツだ。
≪ふざけた遺言は死んでからお願いします≫
死んだら遺せねーよ。
≪もしかして本当に死ぬ気ですか? でしたら事前に連絡していただかないと、色々な準備があるので。できれば死ぬ際は3ヵ月前までに連絡いただけるとありがたいです≫
じむてきー。
超じむてきー。
兄として妹がしっかりしてくれるのは嬉しいけど、もっと俺のことに触れてー。兄ちゃん悲しいわー。
≪鯖の味噌煮を墓前に欲しいとのことですが、そういう物を置くと腐って臭いを発するので他の人に迷惑です。実際兄さんがそっちに引っ越す前に食べ残した鯖の味噌煮が、兄さんの部屋で凄まじい臭気を発していますから≫
片付けてー、ねー片付けてー?
もう一ヶ月だよー?
えー、一ヶ月放置ー――マジで?
もう部屋に残してるイカちゃんのねんどろいどとか、絶対鯖の味噌煮の風味が香ばしくなってるじゃん。
鯖の臭いのイカ娘とか誰得なんだよ。俺得だわ。ただでさえペロペロしたいイカちゃんに鯖の臭い付いてるとか無敵じゃん。……ん? 匂い付きフィギュア……これは売れるんじゃなイカ?
≪流石に私もあの臭いの部屋で寝るのは限界なので、そろそろ片付けます≫
そうして、マジで。いや、鯖云々は流石に冗談だとは思うけど。
……ん? しかし、何で俺の部屋で寝てるんだウチの妹は? 冗談か?
≪近いうちに兄さんの様子を見に行きます。見られたら困る物は片付けておいて下さい。一人暮らしをこれ幸いと無垢な幼女を監禁しているでしょうから、それもきっちり処分しておいてください≫
んー、お前の兄さんは幼女を監禁するタイプの人間じゃないゾ?
実家にいた時もそんな片鱗見せたこと無かったよね?
そして処分って言葉がコワイ!
俺はふとエリザを見た。
「これから服はちゃんと着ないと……やだなぁ。でも辰巳君が見てるしちゃんとしないと嫌われちゃう。……はぁ、同棲するのって大変。でも……これから楽しそう、ふふふっ」
何やら葛藤している様子のエリザさん。
さて、幼女は監禁していないが、幽霊少女が同棲しているけど……まあ大丈夫だろう。うん、きっと大丈夫大丈夫。
何かフラグぽいけど、気のせいだろう。
「じゃあエリザ。これからよろしくな」
「うん!」
――後に俺は、全然全くこれっぽちも大丈夫じゃなかったことを思い知るのだが……それはまた先のお話。具体的に言うと50話ほど後の話だった。
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