第35話 : 魔法の練習と、広い空間


 私は仮眠から覚めた後、魔法の練習を再開するが、いくつか問題が発覚した。


「(声が出ないよ)」

「(うん、そう……みたいだね)」

「(ここも、配信には使えないかな)」

「(次、試そう)」


 歌ったり、踊ったり、なにより配信で使える場所が欲しかった。シルフは広い空間として、収納と同様の空間を使おうとしたが、私の想定する用途では、使用できない事が分かってしまった。

 理由は単純で、無数に存在している虚数空間……口に出すのが恥ずかしいので、概念や語呂を意識して、私の中で『量子空間』と名付ける場所では、物が劣化しない時点で気付くべきだったが、時間の流れや物理法則が異なっていて、私が思っているように使えなかったのだ。

 シルフに代行してもらって、広い空間となるよう量子空間を操作したが、具体的に不都合だった事例を上げると、ある空間では私の視界とカメラに映る景色が違った。他にも、機材が使えない空間、重力が弱く空中に浮いてしまう空間など、位相をずらしても、ランダムで何が起きるか分からない空間にしか、アクセス出来なかった。


(収納以外は、無理!)


 最も簡単だったのが、現実に近い状態で『時間』の経過が異なる空間で、収納に使ったのと同じ位相である。限りなく停止に近い状態で、そこから派生させた量子空間は、三次元空間と交わることなく存在だけを保ち続けた。ただし、その場所を生身の状態で利用しようとすると、私の思考だけが通常の速度で行われるのに、体を動かす事が出来ず、魔力のコントロールも不可能で、危うく出られなくなるかと思った。


「(シルフ、助けて……)」

「(すぐ出すから、待ってて)」


 それなら、発想を変える必要があった。

 新しく魔法を作り出す事で、足りない部分を補う。望む世界へ辿り着けるよう、魔法で存在の『可能性』を操作する。シルフが得意とする魔法であり、魔法少女として私が受け継いだ特性でもある。魔力の変換効率は悪いが、求める因果を引き寄せて、理想の『世界』を現実に投影する。


 そもそも、魔法とは何か。それは、望む結果を得る為に、知らない法則をイメージし、場合によっては生命力すら原動力として、新しい『法則』を『世界』に刻み込む行為である。魔力に限らず、多くの代償を払うほど、世界に与えられる影響は大きくなったりもする。


「私はもっと、広く舞える劇場ステージが欲しい!」


(魔法作成:ガラス細工の虚像世界エレメンタル・フロンティア


 自由に踊れる舞台が欲しい。そう願って作り出した『魔法』は、まだ何もない真っ白な世界。

 右手を動かせば、木製の床が現れ、左手を動かせば、ステージが作られる。頭上を見上げれば、照明が浮かび上がり、望めば、歌って踊れる舞台が作られる。


「静かだな」


 観客は誰もいない。

 この空間の入り口は、白い霧のような見た目となっていて、入り口より先の光景は見えないが、私の部屋と繋がっていた。試しに、内と外に時計を置いたが、どちらも同じペースで動いていた。少なくとも、目に見える誤差は感じなかった。

 パソコンやカメラなど、撮影に使う機材を運び込んだが、普通に使う事ができた。ケーブルを引き込めばネットワークは繋がるし、この場所で配信する事も出来そうだった。


(どこまで、広がるんだろう)


 意識すれば、世界の果てが広がっていく。空間の体積に影響するのか、大きくなっていくほど、魔力の消費が増大し始める。逆に、自分が生活する部屋くらいの大きさなら、一日くらい魔法を維持しても、問題は無さそうだった。


(機材は、この中に放置しても良いのかな?)


 ディスプレイだけ作った空間に放置し、配線を繋げたままパソコンを現実に運ぶ。


(この状態だと、魔法が止まらない)


 入り口をまたぐケーブルを取り除かないと、魔法を止める事ができなかったが、パソコンからケーブルを抜いて入り口に放り込むと、魔法を解除することが出来た。

 5分ほど経って、魔法を再開すると、止めた直前と同じ状態で空間が広がっていた。また、一度作り上げた空間は、魔法を解除しても薄っすらと存在が感じられた。消える訳じゃないらしい。

 デメリットと言うほどでもないが、魔法を止めてても、持ち込んだ物の体積と同じだけ、収納のような力の消費が感じられた。見ると、置き忘れた時計が魔法を止めていた時間の分だけ、遅れていた。


「あっ……」


 ふと、意識が遠くなる。

 立っているのが辛く、貧血を起こしたみたいに、力が入らず体のコントロールが上手くいかない。


「冷、無理しすぎだよ!」


(魔力はまだ、あるのに)


 目の前が真っ暗になり、自分の体が、床に倒れる感覚がする。肉体的にダメージは無いが、徹夜明けのような強烈な眠気に、抗えそうにない。


「空間操作は、精神力を激しく消耗するから……」

「……」


(今日は、一日中、魔法を使ってたっけ……)


 私はその考えを最後に、かろうじて保っていた意識を手放した。




「お腹すいたな……」


 起きると、朝になっていた。

 余談だが、私が目を覚ました時、お腹を空かせたシルフが、私に身を寄せて床で眠っていた。忘れていたが、昨日の朝から、お昼と夕飯を食べていなかった。

 冷蔵庫の食材は少なかったが、ベーコンと目玉焼き、玉ねぎを入れたお味噌汁を作った。味噌汁の具材に玉ねぎを入れると、ほんのりとした甘みと出汁が、味噌の風味とよく合うのだ。地方によってお味噌汁の具材も大きく変わるから、私はよく雑談のネタでお味噌汁の具材を聞いたりする。今回は入れてないが、火を止める間際に卵を入れても良い。口の中で溶けるような半熟の卵は、そのまま食べても、お味噌汁に溶かしても美味しいだろう。


「美味しい!」


 シルフは器用にご飯を食べる。口元や手を汚さないように、スプーンやフォークを使ったりもする。兎の見た目をしているが、あくまで精霊なので、食べられない食材もないという。

 はむはむと、シルフが目玉焼きを食べているのを見ながら、私も自分の分を食べはじめる。


 ――戦うよりも、魔法を練習している時の方が、危険度が高いと感じたのは、気のせいだろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る