献体Aより

ぱぴこ

第1話 あーちゃんについて

私が物心付いた頃、家族というものはお父さん、お母さん、お兄ちゃん、お婆ちゃん、あーちゃんで構成されていました。


私の家の朝一番の音はコーヒーミルがコーヒー豆を砕く音で始まります。

その音で目を覚まし、あーちゃんの「遅刻するよー」の声で布団から這い出るのが私の日常でした。


慌ただしい朝食の時間が過ぎ、私や家族を見送った後、あーちゃんは家族全員の洗濯物を洗います。

洗濯物を干し、掃除機をかけ、お昼は昨日の残りものを手早く食べます。

昼食後はワイドショーを見ながらクロスワードパズルを解き、買い出しに行ったり病院に行ったりします。

時計が15時を回れば夕食の準備を始め、みんなが帰ってくる頃には夕食が出来上がるように準備をします。

私が家に帰る頃にはあーちゃんが台所に立っているのが日常風景でした。


小学生の高学年になる頃、あーちゃんの存在について友達に聞かれ、普通の家庭にはあーちゃんがいない事を知りました。

友達はあーちゃんは家政婦だのお手伝いさんだのと好き勝手に言いましたが、私にしてみればあーちゃんはあーちゃんでした。

お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お婆ちゃん、あーちゃん。

これが私の家族構成です。


あーちゃんはとても気が強くて怒るととても怖いです。

あーちゃんは涙脆くて「幸福の黄色いハンカチ」を見て泣いていました。

あーちゃんは「男はつらいよ」を見てよく笑っていました。

あーちゃんは料理が上手でいろんな凝った料理をたくさん作ってくれます。

あーちゃんはお母さんと同じくらい口うるさいです。

あーちゃんはバイクの運転が上手です。

あーちゃんは家族みんなにあーちゃんと呼ばれています。

あーちゃんはお父さんのお姉さんです。


私が大学に進学し家を出てからも、フリーターでふらふらと浮ついた生活をしていた時も、あーちゃんは家に帰るといつも笑顔で迎えてくれました。


ある日、あーちゃんは少し緊張しながらお兄ちゃんと私に同意書の署名を求めてきました。

献体の親族同意書でした。

私にとってはあーちゃんからの初めてのお願いでした。

この同意書を前にした時、色々なあーちゃんの想いを感じました。


生きてきた証としての献体

未来に続く医学の為の献体

何かの役に立ちたい、何かを残したい、そんな気持ちの先にあった選択肢が献体だったのだと思います。


家族としての私の思いは「最後を迎える日が来るのであれば、綺麗な体で送り出したい」という気持ちでした。

しかし、あーちゃんの気持ちを考えれば、それは私のわがままなのだと思いました。


献体について調べるにつれてたくさんの思いがある事を知りました。

病院にはお世話になったから、子や孫の世代の医療の発展の為に、難病から救われたからと人の数だけ思いがありました。

あーちゃんのとった献体という選択は自分が後世に残せるモノだったからではないかと思います。




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