第22話


「エヴァンドール侯爵令嬢ともあろうお方が、此処まで押しかけてこられるとは驚きですわ」

「まぁ、わたくしは愛しいお方へ会いに来たまでですわ。何か問題でも?」

彼女等のバックには、凍てつくような猛吹雪が見えるのは、私だけだろうか・・・?

「愛しいお方とは、アリオスのことかしら?彼の件は宰相閣下より申し付けられているはずでは?『諦めよ』と」

「えぇ。ですが人を想う気持ちは誰にも侵されてはならないもの。例えそれが父であろうとも」

―――龍と虎が吹雪きをバックに、威嚇し合っている幻覚も見え始めたわ・・・

「まぁ、勝手に想う事は自由ですわね。その気持ちを相手に押しつけるのでなければ」

「押しつけ・・・いいえ、わたくしは、気持ちを伝えに来ただけですわ」

「貴女の伝え方と言うのは抱き着いて行うのですか。なりふり構っていられないようですわね」

「うっ・・・えぇ、そうですわ。小さい頃から彼の妃となる事を信じてこれまできたのですもの。使えるものは何だって使いますわ」

うわ・・・開き直ってる・・・・恋する女って、凄いわ・・・

「幼い頃から、ねぇ。それこそアリオスはちゃんと貴女に気持ちを伝えたはずだけど?『貴女の気持ちには応えられない』と。しかも貴女の言う幼い頃から」

「・・・・ですが、人の気持ちに絶対はありません。それに、私が想い続ける事は私の自由ですわ!」

「確かに、彼を想い続ける事は自由です。ですがそれは、誰にも迷惑をかけなければの話であって、誰かの心に傷をつくる様な事をしでかすのであれば見過ごすことはできません」

リズのその一言で、スカーレット嬢がぐっと唇を噛んだ。

その言葉でなんとなくだけど、想像ができた。

多分、アリオスとリズの大事な人が、彼女の嫉妬によって傷つけられたんだ・・・

「アリオスはサーラ様と結婚します。これは、アリオスが強く望んでいる事でもあります。そして、側室を取る事もありません。諦めてください」

一つ一つ確認するかのように紡ぐその言葉に温度はなく、もし自分に向かって言われたなら、間違いなく立ち直れなくなる位には威力がある。

スカーレット嬢は何処か泣きそうな表情になりながら、助けを求めるようにアリオスを見た。

それにつられ私もアリオスを見上げ、思わず驚きに「え?」と声を漏らしてしまった。


・・・・こいつ、なんも聞いてねぇ・・・・


私だけではなく、スカーレット嬢すら驚愕の表情だ。平静なのはリズのみ。心なしか勝ち誇った表情にすら見えるのは気のせいではないだろう。

美女達の口喧嘩なんて全く興味が無かったのか、彼が熱心に見ていたのは『私』だった・・・

だから見上げた途端、彼とバッチリ目が合い、そして勢いよく逸らされた。

その頬は心なしか朱に染まってて・・・

非常に気まずい・・・気まずいですよ!!

恐々とスカーレット嬢を見れば、もの凄く怖い表情で・・・例えるなら般若の様な顔で、睨まれた。

「ひっっ」

思わず小さな悲鳴があがり、アリオスにしがみ付いてしまった。

それも気に入らなかったのか、媚びを売っているように見えたのか、益々目が吊り上っていく。

百人中の一人・・・そう、私を嫌う一人が今出来上がってしまった瞬間だった。いや、アリオスに気のある貴族令嬢には全て嫌われているから、実のところ相当な人数だと思うけど・・・あまりそう言う人を増やしたくないのが正直なところなのに・・・・

こ・・こわい・・・こわい・・・こわい・・・美人、怖いっ!

涙目になりながらアリオスに身を寄せていけば、いつもは突進してくるように抱き着くのに、それとは違うどこかこう恐る恐るといった感じで・・・ふわっと私を抱きしめた。

そして宥めるように背中を優しく撫でてくれた。

―――その瞬間だった・・・私の心臓がいきなり大きく跳ねたのは。


え?えぇぇ??何?何なの!?


どくどくどくどく・・・・・・


心臓が壊れたかのように早鐘打ち始めて・・・息苦しくなる。ついでに顔も熱くなってきて・・・きっと私は真っ赤だ・・・

その抱きしめる腕だとか、背中を撫でる手の平だとか・・・異常なほどに意識してしまい、胸が苦しくなってくる。

彼の腕の中で固まったかのように、ぐるぐるしているとアリオスがおもむろに口を開いた。

「スカーレット嬢、私があなたを愛する事は無い。この先の近い未来も、遠い未来も。私の全てはサクラのものだ」

「アリオス様・・・」

スカーレット嬢は悔しそうに顔を歪めた。でも、そんな事はまるっと無視し、アリオスは続ける。

「昔の私は、愛する人を守る事すらできない子供だった。だが、今は違う。愛する我が妻、子供達を傷つけようとする者は、誰であろうと許さない」

彼の腕の中で、頬を寄せるその胸から響いてくる凛とした声を混乱したまま聞いていたが『妻』と言う単語に驚き彼を見上げた。

そして、またも驚きに目を見張る・・・


彼は綺麗だから出会った時からキラキラしていた。だけど、見上げたその表情はいつものキラキラ王子とは違い、少し眉根を寄せ凛々しくて悔しいくらいカッコ良くて、今まで以上にキラキラしていた。


やばい・・・なんか変なフィルターかかっちゃった!?これって、もしかして、アリオスに・・・?


認めたくない感情に、胸のあたりがギュッと締め付けられた。

急激な自分の気持ちの変化についていけなくて、呆然としてしまう。

だけど、心や感情は正直なもので、彼に触れられる事が心地良くて、安心できてそのまま身を任せたくなってしまう。


何なんだ?・・・こんなにも目に映る景色すら一瞬で色鮮やかに変わってしまうものなの?浮き立つような高揚感に理性が溶けていきそうになるものなの?


今だ睨んでくる美女の視線よりも、たった今自覚したばかりの自分の感情の方が恐ろしくて、私は小さく身を震わせた。


そしてその日を境に、私たちの間に流れる空気が微妙に変わっていった。

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