第20話

それにしても見事な髪の色だなぁ、と感心していると、不意に素朴な疑問が沸き上がる。

この世界に来て大して時間の経っていない私。でも、リズ以外の侍女たちは結構な噂好きのお喋り雀達だ。

そんな彼女等がもたらしてくれる貴族達のあれやこれや。意外と勉強になる事もあるのだ。

だから、なんとなくわかってしまう。

普通、国王の側近である宰相に年頃の娘がいたら、多分、王子の嫁にって話が持ち上がるんじゃないかな?と。

「ねぇ、あんな綺麗な娘がいるのに、宰相閣下はアリオスに自分の娘を薦めなかったの?」

「薦めていましたよ?彼女も見ての通り、かなり入れ込んでますし」

「じゃあ、なんで話は進まなかったの?」

「単に彼女がアリオスの好みではなかったようです。しつこい女は嫌いなようでしたから」

・・・・・辛辣・・・・・

「宰相がサーラ様を見るまでは、国王陛下に娘との結婚をかなり薦めていたのですが、サーラ様と会われた瞬間、娘には『諦めろ』と仰ったようです」

「へ?なんで?」

「敵わないとわかったからですわ」

いや、誰がどう見ても私が彼女に敵わないんですが・・・・

そんなこんなしてるうちに、スカーレット嬢がアリオスに抱き着いた。

「ひぃ~!すんごい積極的!!」

こっちが思わず照れてしまい、手で頬を抑えた。


「・・・スカーレット嬢・・・」

アリオスは困った様に彼女を呼び、そして彼女から距離をとる様に一歩後ろへと下がった。

「貴女の気持ちには応えられない」

その声色は、誰が聞いてもわかるほど拒絶と苛立ちの色を滲ませている。

「どうして・・・・私では駄目なのですか!?私の気持ちに答えてくださらないのですか!?こんなにも、こんなにも好きなのにっ!!」

その声は、王族居住区へと続く廊下に気持ち良く響き渡っていった。


「・・・・・ねぇ、リズ」

「何でしょうか」

「こんな覗きみたいなの・・・嫌なんだけど」

「何故です?面白そうではありませんか」

「そうかなぁ。それになんか・・・毎度、同じ展開で見飽きてるんだよね」

相手が違うだけで、私とアリオスが二人でいる時に起きる、いつものイベントなのだから。

そんな私にリズは「今回はサーラ様に出張ってもらわなくてはいけません」と、訳の分からない事を言い始めた。

「はぁ?なんで?いつもみたいにサラッと躱すでしょ。彼なら」

「他の貴族の馬鹿女であれば、ね。でも、今回は相手が悪いようです」

・・・・馬鹿女・・・・まぁ、確かに私が見てきた貴族令嬢は、自分の容姿に自信過剰で彼に媚びる事に必死な、馬鹿女ばかりだったけど・・・

「彼女は才色兼備で他の貴族からもかなりの人気です。そして元々、アリオスの最有力妃候補だったのです。宰相どころか国王まで乗り気だったのですが・・・当のアリオスが難色を示していたので、婚約とはならなかったのです」

へぇ・・・彼女にしてみれば恐らく、『お前は将来、王子の妻となるのだ』とかなんとか言い聞かせられて育てられたのかもしれない。

女であれば誰でも夢見るロマンチックな未来。所が一向に話は進まず、挙句に別の女と子連れ婚約ときたもんだ。

「・・・・怒り心頭で、自ら乗り込んできたって感じ?」

「まぁ、そんなところです。そして相手は国王の右腕でもありこの国の中枢を担う者の娘ですから、無碍にも出来ないでしょう」

「へぇ・・・色々大変なのね。それにしても・・・・アリオスの好みがわからん・・・」

「それは、サーラ様です」

「―――――どうも・・・・」

こいつら、兄妹揃って目が曇ってるのかもな・・・と、内心毒づいていると、リズが何やら私に演技指導してきた。

「よいですか。今気づいた振りをして彼等に近づいて下さい。その際、アリオスの事はリオンとお呼び下さいね」

「リオン?これは偽名じゃないの?」

そう、町に出かけた時に偽名と言われ呼んでいた名前だ。

「いいえ、偽名ではなく愛称です。これは、ご両親である両陛下と私、そしてサーラ様にしか許されておりません」

「・・・・・・あー、えっと・・・・」

なんていうか・・・重い・・・・

その場から逃げたくなり、身体の向きを変えようとしたけどリズにがっしり首根っこを押さえられた。

「なんの難しい事はございません。いつも通り、お子様がいる時の様に仲睦まじく振舞えばいいのです」

いや・・・超難題というか・・・・

「貴女はただニッコリほほ笑めば良いのです。それで全てが終わります」

そう言いながら笑うリズのは目は笑っておらず、背中を冷たいものがスッと落ちていくのがわかった。

それでもぐずぐず駄々をこねる私に、冒頭のリズの台詞が私を追い立てるのだ。


確かにアリオスも、何時も群がる貴族令嬢とは違う、どこか困った様に言葉を選びながら拒絶しているのが分かる。

眉はハの字になり、でもどこかイラついた雰囲気も漂わせ、正に途方に暮れているようだった。

何だか彼が可哀想に見えてきて、諦めたように私は息を吐き、無理な態勢で凝り固まった身体を伸びをして解した。

「わかった。行ってくるよ」

「サーラ様・・・」

目に見えて安堵した様子を見せるリズに、私は苦笑する。

「アリオスにもリズにも沢山、迷惑かけて我侭聞いてもらってるからね。ここで少しは恩返ししなきゃね」

そう言いながら、髪を撫で「おかしくない?」と聞けば、リズがいきなり抱き着いてきた。

突然の事に「え??」と固まる私に「サーラ様は彼女に劣る所は何一つ御座いません。自信を持ってください」そう言って身体を離した彼女の顔はとても嬉しそうで、つい私もつられて笑みを漏らす。


リズは、私の容姿はこの世界で百人いれば九十九人が好む顔だと言った。

彼女はもしかして、好ましく思わない一人なのかもしれない。

でも、今はその言葉を信じ、そうであるなら最大限に利用しなくてはいけない。それが彼を助ける事になるのなら。


私は一歩踏み出し、あちらの世界で磨きをかけた営業用のちょっと高めの良い声で「リオン?」と声を掛けた。


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