始まった非日常

「あそこに座られている、白羽さんですね」


 あの発言をもし、わざとしているのだとしたら、彼女は間違いなく悪女だ。


 俺はあの発言の後、男子からは 嫉妬と憎悪の籠った目で見られ、女子からはえ、いつの間に?みたいな顔をしている。


 それも致し方ないだろう。全て不知火に責任があるのであり、周囲ギャラリーは悪くない。


「おい」


 その中の一人である陽平は、先程の挨拶とは打って変わって、低く淀んだ声を出した。


「なんだよ」


 何となく彼の言いたいことが分かったが、一応聞いておく。


「俺は、お前の友達よな?」


「ああ」


「だったら、なん(ry



 _______________________



 放課後。生徒たちは、自らの部活動に専念する時間帯だ。帰宅部である俺は、一目散に家に帰還し、仕事を始めるつもりはずだった。


「なんで、俺があんたに、学校案内しなきゃいけないんだよ……!」


「何でですかねー?あと、私はあんたではなく不知火炎華です」


 つくづく癇に障る。朝の件といい、今といい、俺の不利益になることしかしない。


「それで、丁度いいから聞くんだが。不知火の得物はなんなんだ?」


「それはですね…」


 そう言うと、彼女は手を俺の方に向けてくる。


「じっとしててくださいよ」


(っ…………///)


 なんだろう、この心臓から込み上げてくる違和感は。その違和感は段々と大きくなり、熱だということが分かった。


「体温調節が出来るのか……?」


「ふふふ、そんなチャチなもんじゃないですよ。この世界に存在する熱エネルギー全てを、操れちゃうんですよ、えっへん」


「マジかよ…」


 それが本当だとしたならば、どれほど恐ろしいことだろうか。


「……ってことは、レンジ要らずじゃん……」


「一人暮らし、苦労されてるんですね…」


 いつの間にか、話題が逸れてしまった。俺はここで話してるのも、先生から頼まれた手前、あまり良くないだろうと判断した。


「じゃあ、一回、学校回ってみるでいいか?」


「いや、その事なんですけど…」


 急に口篭る不知火。なにか不都合なことでもあったのだろうか。すると、彼女は徐にスカートのポケットから、情報端末を取り出す。慣れた手つきで画面をタップし、やがて指が止まる。そして、その画面を俺に見せて来た。


「依頼か…」


「はい。ここから、歩いて数分で着きます。私の能力を知ってもらうには丁度いいですね」


「そうだな。よし、俺も準備が出来てるから、そのまま行くか」


「あれ、白羽さ……じゃなくて先輩の得物は確か…」


「ああ、フルオーダーメイドの狙撃銃だ。そいつは、今もここにある」


 俺は、そう言いながら自分の端末を叩く。


「うーん………さしずめ、物体識別コードアイデンティティファイアですかね?」


「よく知ってるな、まぁ細かい話は後だ。今は、獸どものところに行くとしよう」


了解領海12海里ですー」


「………」


 この日、俺は彼女のギャグセンスの無さに呆れた。


 その一方で、そんな事を思いつつ、俺は1つの疑問を抱いていた。


(どうして依頼は、俺の端末に来なかったんだ?まるで依頼が来たみたいだ。いや、考え過ぎなのかか………?)




 _______________________




 俺達は、高校から歩いてすぐの廃ビルの屋上に来ていた。本来は、安全面の確保が出来ないとか何とかで入れないのだが、そこはあの木塚さんが、どうにかしてくれたようだ。


「まず、敵の情報整理からだな。おーい、ネクト」


《ハイハイ、お呼びですかー?》


「今回の標的タゲについての情報を頼む」


《はーい、了解です。まず、発生予想時刻は、今から約15分後です。次元数は、現出門ゲートの大きさ、周波数から考えると、3か4と推測されます》


「凄いですねぇー。優秀なAIを持って先輩は幸せ者ですね」


《えっへん!》


「不知火、あまり此奴ネクトを甘やかさないでくれ。このポンコツは、すぐ調子に乗る」


《な、ポンコツって!?》


「まぁ、そんなこと言わずに………っと」


「感じたか?」


「はい…」


「来るぞ」


 俺たちの視線は、ビルから見下ろすことの出来る交差点に集中していた。交差点には、平日とは言え、時間帯が時間帯の為、渋滞していた。


 突如として、交差点の中心部に歪みが発生した。


 歪みは、段々と大きくなり、やがて周囲のビルに及ぶまでになった。だが、人々も、車も誰もその違和感に気が付かない。


 いや、それより誰も影響を受けていないと行った方が正しいか。


「演算開始」


《了解……って、主、忘れたんですか?》


「えっ?」


 俺は、いつもの癖で銃を端末から出そうとしたが、何故か止められた。


「もう、今回は私がやるって言ったじゃないですか」


「あ」


《もう、しっかりしてくださいよー》


「お前だけには言われたくない」


 ふと交差点に目を向けると、既には来ていた。



 一言で言うなら、奴は亀だった。



 大きな甲羅を背に纏い、甲羅から首と四つの足が突き出ている。ただ1つ亀と違うのは、大きく発達した爪が手足にあることだろう。


「おい、あいつ硬そうだぞ?」


「あれぐらいなら、問題ないです」


《あの甲羅は、戦車砲くらいなら軽く受け止めますよー》


「見てて下さいよ、やってみせますって」


 彼女はそう言うと、先程俺にやった様に手を前に出し、集中する。


 やがて、彼女の目の前には、炎の塊が出現する。それも、一つや二つでは無い。数え切れないほどの炎塊が形成されていく。それらは、ひとつに纏まり大きな塊となった。


「すぅ、、、、剣現けんげんっ!」


 彼女の口から、駄洒落とも正式なものとも取れる技名が叫ばれる。


 声に呼応するように、塊は、炎剣へと姿を変えた。


 彼女は、柄を掴む。だが、火傷する様子はない。きっとなにかの仕組みで炎は、彼女自身の体には影響しないようになっているのだろう。


 次の瞬間の事だった。


 ズドォォォォォッッッッッッッッッッッッッッンンンンンン!!!!!!!


「消えた!?いや、空気を爆発させて、文字通り飛んだのか?」


 信じ難い事だった。少しでも調整をしくじれば、体はいとも容易く引き裂かれる。度胸と技術の両方があって、初めて為せる技だった。


 俺の動体視力を究極まで鍛えた眼は、すぐに彼女の姿を捉えた。まさに、剣が振り下ろされ甲羅と衝突する直前だった。


 その時、音は無かった。爆発により、加速された剣の動きが音速を超えたのだ。断末魔の叫びも無い。斬られた相手が、痛みを感じる前に絶命したのだ。


 スパッ、と些か情けないと思う程の音がすると、亀が『ズレた』。その後、亀は細かい粒子へと姿を変え、完全に何もかも消え去った。血すら残さずに。


《対象の絶命を確認。対象の原生次元への回帰を確認。依頼達成ですね……》


 ネクトが驚きつつ、事後確認をした。


 不知火が戻ってくると、俺は疑問をぶつける。


「おい、この依頼仕組んだだろ?」


「後輩の初舞台だって言うのに、お疲れの一言も無いのですか?」


「質問に質問で返すな。俺の端末にだけ依頼の内容が通知されなかった。明らかにおかしいだろ?」


「はぁ…やっぱりバレてましたか……」


「当たり前だろ。それで?どうしてこんなことした?」


 俺が問い詰めると、彼女はバツが悪そうに話し始めた。


「それはですね……」

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