そして舞台は聖域へ


 マリー・アントワネットが聖域へと転送された直後、カンタ君が生き物達に指示を出して、祟り神に変質したニノを待ち受けていた時。


「おばちゃん。あんたも家に入っててよ、めちゃくちゃ忙しいんだから構ってられないんだよ。」


 コメカミに青筋を立てていても、例え目が笑っていなくても淑女であるマリー・アントワネット。

おばちゃんと言われても我慢している。


「ここはどの様な場所なのですか?ムッシュー・オーガ教えて頂けませんか?」


 目の前に居たアイさんに尋ねて見たようだ。

身長3m68cmの鬼に怯むことも無く……と言う訳では無い。実を言うとスカートで見えていないのだが膝が震えている。


 因みにアイさんは、いきなり知らない人に話し掛けられて硬直してたりする。覆面を付けていないと初対面の人には緊張してしまうようだ。


「マリー!こっちだ!」「お母様!」「ママ。」「ママー!こっちに来てー!」「ちっ生きてたか!」「お義姉様、こちらへ。」


 舌打ちをしたのはテレーズだったりする。

口煩く淑女、淑女と言われて叱られていた事を、少しだけ根に持っていたようだ。


「………………」


 言葉も出せずに走り出すマリー・アントワネット、目の前にある小さな小屋の扉から覗く我が子の顔、見た瞬間に涙と共に感情が溢れて来たようだ。


「お母様。走ってはなりません淑女ですわよね?」


 そんな事を言うテレーズも含めて、皆が目に涙を浮かべている。


「あんたらってルイ16世一家なんだろ?ニノにいもヤバいのと関わってたんだなあ……ゼウスの奴、今ごろ怒り狂ってんだろ……」


 カンタ君だって何気に神である。地球に生きる全ての蟲の神なのだ、ルイ16世の詳細くらいわかっているようだ。


「とりあえずさ、祟り神になった……う〜ん……アンタらに分かりやすく言うと……邪神になったニノにいが降ってくるから、その家から出ないでくれよ。」


 まだこの時は気楽である。カンタ君に見えていた未来は、最大サイズのカンタ君より少しだけ大きい祟り神が降ってくる光景だったのだから。


 そんな時に転移門が開く。

自動販売機の地球から聖域へ来る転移門は封鎖されていた筈なのに。


「う〜ん。やっぱり空気が美味しいわね。排気ガスの匂いが……ちょっとするけどどういう事?」


 出て来たのは玉藻御前、九尾の白狐姿である。


 パンツノ惑星で九尾の動物が災厄と呼ばれる理由、ラフテルで神をしていた頃から自由奔放我儘気侭、何もかも好き放題やり尽くし、ラフテルから移住して来た生き物達から、九尾の動物が災厄と呼ばれる訳を作った張本人だったりする。

今ではパンツノ惑星で九尾と言えば厄災、そんな事が常識になってしまった。


「焔様!こんな時に何しに来たんだよ、忙しくて相手出来ないよ。」


 カンタ君が玉藻御前が苦手な理由、昔散々焼かれた事があるから……ぎゃー虫!虫っ!虫ーーっ!って言われながら。


地球むこうじゃ酷いことになってるわよカンタ。あんたもいい加減独立しなさい。こっからは誰かの眷属だったら耐えられないわよ。」


「なにそれ?オイラと同じくらいの大きさの祟り神な…………嘘だろ……」


 カンタ君が再度未来眼を発動して見えた物は、雷霆をガムシャラに投げまくるゼウスと、己の質量を遥かに超えた祟り神が降ってくる光景。


「ホントにこりゃ不味い。仕方ないなあ……せっかく気楽な立場だったのによ。」


 カンタ君がタブレットを操作してテューポーンにメールを送ろうとする……


「うし、これで……」と呟くカンタ君がメールを送った直後にテューポーンの眷属から解放される事になった。送ったメールは……



 ありがとね、火星から移住して来てヨーロッパを占拠しようとしてたオリュンポスの神々と戦って、負けて死に掛けてた所を保護してくれて、オイラ独立するよ。



 そんなメールを送った直後にカンタ君の見た目が成長してしまう。


「久々に暴れん坊な将軍アバターだぜ!期間限定、八代将軍吉宗アバター!大人サイズって動きやすいのな。」


 おっさんになった……


「気合い入れんぞ!めちゃくちゃヤバいから。蟲達、オイラに集まれ。オイラの名前はカン、三千世界の全ての虫けらの神だ。」


 ずっとカンタ君にたかりたかった聖域の虫達が、カンタ君の許可を得て意気揚々と集まってくる。カンタ君と共に空から堕ちてくる神を受け止めるために。


 そんな事をしていたらカンタ君のタブレットにメールが届いた、送り主はニノとなっているが、メールを書いたのはロキ。


「来るぞ!原初神同等の祟り神が。皆気合いを入れろよ!」


 カンタ君の言葉の後に聖域の空が割れ……



 パンツノ惑星上空。ロキ、ハーデスと共に転移して来たガンモなのだが、突然この場に来て唸り出した。


「早く行かないと皆が食べられちゃうだろ!まだなのかよう……」


 ガンモの首にはアダマスの鎌が当てられている。

本能で危険な物だと理解しているガンモは1歩も動く事が出来ない。


「今、お前が行った所で雷霆の餌食になるだけだ。タルタロスその物の力を宿した最凶の神器に貫かれてな。」


「叔父上が帰って来るまで待つのだ。この場所は何もかも叔父上の掌の上なのだからな。」


 ニノから全ての力を注がれ、聖域の生き物達から崇拝され、神格自体はゼウスに迫るガンモだが生身である、猫だけに。


「それにだ、お前が任される仕事は白い月に封印された後のニノを消滅させる事だ。未だ星を飲み込んで膨れ上がり切らない祟り神の傍に行った所で、お前まで飲み込まれるだけだ。」


 ガンモには意味が分からない。星を飲み込むのがニノだと言う事も、ニノを消滅させる事が自分の仕事だと言う事も分かりたくない。


「動いてくれるな、本来こっちの姿だと制御が効かねえんだ。俺に銀河ごと飲み込まれて終わっても良いのか?」


 何もかもを飲み込む混沌が意志を持って、日々を楽しみたいと思い作り出した戯神ロキ、本来の姿に戻れば混沌としての衝動に駆られて制御が効かなくなるようだ。


 眼下で繰り広げられている慌ただしい聖域に目を向ければ、空間が裂け神話史上類を見ない呪の塊が聖域目掛けて落下して行く所だった。


「鬼共よ!我らエルフはニノ様の大切な物を守る為に結界を貼る、結界が完成したら動く事が出来ぬ、頼んだぞ。ドワーフ、貴様らは勝手にしろ!」


 アントニウスさん率いるエルフ達が、植物を身に纏いニノの家に絡み付く。身体ごと纏う植物の栄養となり頑強な結界を貼る為に。


「エルフ。ワシらドワーフはお主らを支えるわい、いがみ合っていて失う事なぞもう沢山じゃ。ワシらが組めば出来んことは無い!」


 ドルトムント率いるドワーフは身を土に鉄に変え、エルフの作った結界の土台となる。固く結界を支える為に。


「ドワーフ、エルフ!我ら鬼に攻めは任せろ。」


 チャさんが叫べば……


「違う!違う!そうじゃ!そうじゃない!鬼は戦わぬ。皆の者、棍棒を棄てよ!」


 突然アオさんが怒鳴り出す。


「そうだなアオ、棍棒は棄てよう。」


 クロさんが棍棒を地面に棄てる……命と同じ程に大切にしていた大棍棒を。


「アタイの杖も棍棒と一緒さ。要らないさねこんなもん。」


 ハクさんが……世界樹の枝から作られた杖を。


「年寄りは頭が硬いねえ、ガチガチ過ぎてドワーフになっちまってるさね。皆!武器は棄てるんだよ。」


 ベニさんが……巨大な黒い棍棒を。


「弓も要らんな……必要無い……」


 アカさんが……毎日毎日何千回も弓弦を引いた弓を。


「棍棒なんか元々持ちたく無かったんだ、怖いのは嫌いなんだよ。」


 アイさんが……子供達が……ニカラの鬼達が次々に武器を捨て始める。


「さすがアオ。ニノにいの気持ちを良く分かってる。鬼は歌え、鬼は踊れ。お前たちは皆の背中を押してやれ。」


「カンタ、あんたどうするつもり?一緒に死ぬ気かしら?」


「死ぬつもりなんか……ひと欠片も無いさ。植物達、聖域の大地を支えろ!動物達、皆を癒して回れ。オイラがやる!お前らは護れ。ニノにいが必死に守ろうと頑張った星をな。」


 武器を棄てる鬼達を見て、呆然とするチャさんやパンさんに向かい、2人を良く知る人物、チャさんの義兄、最長老が。


「のう……チャよ、わが義弟よ。ニカラの族長はアオであろう?鬼は誰に従うのだ?」


 諭す様に話し掛けると。


「年寄り扱いされるには早い。日々兄者の実をバレない程度に食っておるワシらも混ぜんかいアオ!」


 懲りてなかったチャさんとパンさん。皆に内緒で少しずつ若返って居たらしい。


「アオよ、ワシらを忘れて貰っては困るぞ。」


 若者達に付き添った2人の老鬼、既にアオさん達と変わらない年齢に見える……


「若返るとはいい物だ、昂って来るわ!」


 そんな鬼達を見て……


「全く……ニノにいが見たら喜ぶぞ絶対。準備はOKか、それじゃいっちょ頑張ろかな。」


 カンタ君(期間限定・神格に応じて年齢の変わる八代将軍吉宗アバター)が、本来の螻蛄の姿に戻ろうとしたら、将軍アバターだったのが悪かったのか……ちょんまげを掴まれて首が曲がってはいけない方向に曲がってしまう。


「何すんだよ!良いとこなのに!」


「待ちなさいカンタ。今のままの貴方が行っても飲み込まれるだけよ。」


 九尾の白狐が尾に宿る青く燃える焔を激しく燃え上がらせる。


「チャとパンだったわね。あんた達のお陰で完成したんだから礼を言っとくわ。」


 燃え上がる焔と共に青い粒子と変化する玉藻。


「カンタ、私を纏って行きなさい、今の私の焔は何も燃やす事は出来ないけど、何に燃やされる事もない鉄壁の焔よ。金メッキの硬さと青い檻をイメージしてみたの。凄いでしょ?」


 首が真後ろに折れ曲がったカンタ君だったが……


「それな。やっぱりだろ?防御は最大の攻撃ってな。やっと気づいたのかよ、圧倒するなら守りは大切だろ?」


 肥大して行く体と共に、全長2kmの螻蛄おけらへと変化し始める。


「来るぞ!」


 裂けた空の裂け目から、徐々に姿を現す星神を迎え撃つ準備は出来たようだ。


 因みに、突撃スズメが頼まれていた手紙なのだが、すっかり忘れてニノの家の屋根に放置されていたりする。




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