幕間の物語 シノ編 (改稿)

「はぁ、若かったねぇ。

 アタシの若い頃を思い出したよ。」

「お祖母ちゃんは昔話をあまりしてくれないですよね。気になります。」

「折角だし話そうかしらしねぇ。」


 アタシ、シノ・ファルカオは若き同郷の後輩であるシンに会ったことで昔のことを思い出した。


「まずはアタシの故郷のことから…… 」


───────────────────────


 時は遡り、1945年、戦後初の冬に舞台を移す。


 アタシ、鷹山シノは18歳の未亡人だ。

 東京生まれ満州育ちで婚約を約束した人がいたけど、彼は赤紙で召集がかかり、レイテ島の戦いで亡くなってしまった。

 大好きな人が死んだあの日、私は戦争が嫌いになった。もうこんなひどいことをする人間を愛せないかも知れないって。

 数ヶ月前に終わった戦争、太平洋戦争で終戦を知らせる玉音放送を聞いた時、勝てば彼の死が報われた怒りの気持ちと、負けて終わって安堵した気持ちが混在した。

 9月に引き揚げ命令によって東京に帰って来た。あの華やかな雰囲気と鬱蒼とあった建物は何処いずこに…… 焼け野原しかない姿だった。

 親とは絶縁状態で風の噂で空襲で死んだと聞いた。親戚だって生きているのかすら判らない。

 一人っ子のアタシには頼れる人がいない。それでも生きていくしかない。


 それからアタシは雇ってもらおうと様々な所に声をかけたがどこも女というだけで断られ、羽振りの良さそうなおじさんが道端に捨てていった新聞には女性が大量解雇される記事が書いていた。

 お金がないアタシは闇市で食べ物を買うなんてとても叶わず、乞食にならざるを得なかった。


 しかし、現実は厳しい。一日に一人恵んでくれると運が良いくらいで数日に一人の日だってあった。時には獣のような男たちから犯されたことだってあった。

 それでもアタシは一人で生きていくしかなかった。


 日に日に痩せ細っていく体。体じゅうから梅毒の症状である発疹が出る。

 結核に似た止まらない咳。

 この醜態のせいで蹴られたこともあった。

 その傷口が化膿して小蝿こばえがたかる。

 渇ききった声で喉の奥から血の味を感じながら力弱く呟く。


「アタシ、もう死んじゃうのかな。」


 涙が出そうになるが出したくても出ない。嗚咽だけが響いた。もう瞼を開けるのも辛い。次第にとじて眠った。


『あんたは死なない、絶対に死なせない! 』


 死の時が近いのかな。幻聴が聞こえる。


『幻聴じゃない。目を覚ましてみて。』


 アタシを目を覚ますと見たこともない草原の景色。あぁ、死後の世界かな。


『違うって言ってるでしょ。後は頼むよ、ステルヴィオ』


 目の前に黄緑色の竜巻が現れ、突風が吹き荒れ、それがそよ風となり次第に姿を表したのは日本足で立つにゃんこだった。


「え、猫が立ってるし喋ってる!?しかも私より少し小柄の身長………。」

「可愛いっ! 怖いより可愛いが勝ってしまった……。 」


 猫好きな私は思わず抱きついて不覚にも涙を流しながら今まであったことを漏らした。


「随分の懐きようだ。辛いことがあったんだな。

 紹介が遅れた。私はステルヴィオ=ルカレッソ。

 獣から人に進化することを選んだ種族の一つケット・シーの長だ。

 先ほどお話頂いた様の配下だ。

 ここは見たこともない景色だから困惑しておろう。そこは世界の声が解説する。君の名前は何という? 」


「シノ。鷹山シノです。」

「そうか。シノか、良い名だ。

 だが、鷹山の名はどうやら使えないようだ。

 世界の声よ、解説を頼む。」


『世界の声です。この世界の名はエリュトリオン。シノさまがいらっしゃった日本とは全く違う世界です。

 この世界の決まりで異世界から来た人は名前にがどうしても起こってしまうようになっており、シノ・ファルカオという名前になりました。ご了承下さい。

 ステルヴィオさま、目的について説明を。』


「シノ。君の目的は一つ。よこしまなる神を倒すこと。つまり悪い神様だ。六聖神の協力を仰ぎ、万全を以て倒す。私も協力しよう。」


「その神様は何をしたんですか? 」


「世界にひび割れを起こし、死者を増やす呪いをかけた。その他許されざることを多数行った。倒すことが出来なければ封印する。そして私は君に長寿の呪い、風魔法、封印魔法を授ける。」


 それからアタシはシノ・ファルカオと名乗り、今いる始まりの平原を抜け、ステルヴィオに風魔法と封印魔法を習いながらある町で一人の冒険者に出会う。

 それが同い年のダルカス・シュナイデだった。

 彼も長寿の呪いを授けられ、出会い様に私に婚約の申し立てをしてきた。

 勿論アタシは結婚しないことを決めていたので断ったが、彼は粘り強くその度に断っていた。

 西の大陸で一騎当千の強さを誇るドワーフがいると聞いた。

 六聖神に協力を仰ぎながら、彼の元に向かった。


 彼は家出冒険者でドワーフの国の生まれらしい。ドワーフは神器を作ることが出来るという話を聞いていたので彼に頼み込んだ。

 彼は西の大陸では有名な鍛治師でもあった。

 それがディルク・ドワルディアとの出会いだった。


 中央大陸にある世界樹の図書館でダルカス、ディルク、ステルヴィオ様と共に邪神になった原因、封印に関する書物全てを読み漁り一つの答えにたどり着いた。

 しかしその結論はステルヴィオ様から


「今は最善かもしれないが、後世に伝えるべきではない。

 その時その時を生きるヒトたちに任せるしかない。だが、後世の人が良いと思ったなら使うだろう。」


 と言われた。でもこれしかない。

 この方法で倒すしかないとアタシは思った。


 北の大陸で闇の神を探していると、邪神が感づいたのか、エンシェントカースドラゴンより強い“終わりの龍“を送りつけてきた。

 皆の全力の魔法、剣術、神器以て挑んでも敵わなかった。

 諦めかけたその時、只でさえボロボロだったダルカスがその身をもって龍の一撃を受け止めた。


「私はどんな手でも好きな女を守る! 」


 ダルカスの体は引き裂けバラバラになった。

 ようやく大切に出来るヒトたちに会えたのに。

 時に笑いあったり時に苦しみ、時に足掻いて。

 どんなことだって共に歩んできた。

 コスモ様の諦めるな、という言葉がこだまする。

 だから諦めるわけにはいかない!


「もう、アタシを一人にしないで!

 誰も失いたくない!〘神器解放〙!。

 彼の者へ命の風吹かせ。失いしものに新たな祝福を。

 我願うは彼の者の蘇生。〘復活の讃美歌リザレクショニング・ヘヴン〙! 」


 ダルカスのバラバラになった肉体が繋ぎ目なく綺麗にくっついていき、再生した。

 彼の左胸がドクッと浮いた。彼はむくりと起き上がり


「シノ、ありがとう。てめぇはさっさと倒れやがれ!! 」


 龍の顔面を右手の一撃で殴り、その衝撃で身体の甲殻全てを壊し、肉が露呈した。

 次に地面から無数の杭を打ち出し動きを止めた所で、最後に金色に光る武器を幾万ほど魔力で作り出し塵になるまで切り裂き続け彼はチェックメイトと言い武器は姿を消した。


「蘇生のお陰で新しい能力が宿ったみたいだ。改めて言っていいか? 結婚しよう。」


 ずるい。ずるすぎる。あんな格好いいことされたら断れるわけないじゃない。アタシは彼を抱き締め、


「バカ。もう絶対に死なないでね。アタシの二度目の人生、ダルカスで染め上げられてもいいわ。」


 こうしてダルカスと結婚した。彼は後にこの死闘から“万武の龍殺し”と呼ばれるようになった。

 この戦いの影響でアタシは黒髪からプラチナヘアになり、ダルカスの茶髪は白髪に変わった。


 時はたち半年後。ついに邪神との決戦の時が来た。


 邪神は狡猾だった。どんな手を使ってものらりくらりとかわし、魔法のほとんどは抵抗レジストされ効果がなかった。

 しかし戦っていく中で違和感を覚えた。

 その対処法が世界樹の図書館で出た結論だった。

 違和感も解決しなければ邪神は倒せない。

 このままでは倒せないと判断し、ステルヴィオ様と共に六聖神の力で封印した。

 だけどこの封印は完璧じゃない。100年に一度ほどけてしまう。


 もう次代に託すしかない。ステルヴィオ様に謝罪したが、


「良いんだ。シノ。これも一つの答え。あの結論から変え君が封印にもう一つ。先代の106人がなし得なかった大快挙だ。を使ってくれるかは次代に託す。宇宙そのもの様には私から謝っておく。」


「そうですね。アタシの《命の一部》を入れましたから。」



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「へぇー、そんなことがあったんですね。お祖母ちゃんそんなに大変だったとは……。『あれ』とか『命の一部』って一体なんですか?あと、余談ですけど、ディルクさんってその時結婚していたんですか?」


「一つ目は来たるときがあってほとんどの人には現れるものじゃな。二つ目はディルクは実家に帰りたくないのと、許嫁に自分と結婚したら縛り付けてしまうのは嫌だという優しさで家出したからね。その癖が残って時々うちに家出してくるんだよ。」

「私から伝えたいのは一つ。私が残した『あれ』を使ってくれると嬉しいね。頑張るんじゃ、シン。」


 シンからもらったネックレスを見ながら、この言葉が言霊で風に乗り、届くことを願った。

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