第46話 神宮へ

 アスタロトに聞いた話なのだが、『運命』とは時間と空間、そして意志によって構成される……とか言っていた。それは神すらも予測出来ないらしい。

 そしてそれが螺旋ねじ曲がったから、例の電車の事が起きたと……。


 『運命は常識や法則、過去・現在・未来。他にも色んな事を司ってるんだけど……なんで螺旋ねじ曲がったんだろ……?』


 運命になにかあると、何もかもがメチャクチャになるらしい。その証拠に結子やミズチたちの体験。


 「緊急停止ボタンを押しても電車止まんなかった……。それに――――他の乗客が……。その……動かなくなったの……」

 「動かなくなった?」

 「あぁ、お前から指示通り、”乗客を通路に出すな”と”連結部分の全ての扉を開けろ”――他の奴らはみんな時が止まってるみたいだった」

 

 つまりそれがの意味だろう。

 そしてアスタロトは最後に意味深に、


 『……運命になにかある事ってほとんどないの。神すらも到達出来ない領域……。それがたまたま目の前で起こった? ――それにアイツの反応。……うーむ。分かんねぇ!』


 で、結局あそこで起こったことについては、分からないという結論にいたった。


 (……アスタロトもアスタロトだよなぁ。なんか知ってるような言い方しやがって)


 俺には運命だとか時間だとか法則だとか、さっぱり理解出来ないのだ。本当ならもっと詳しく説明しろ、と言いたいことなんだが……。


 『あ、あぁぁ……! ババジョーカー引いちゃった。ババジョーカー引いちゃったよ!』


 (コイツ、ババ抜きのルール知らないだろ? まぁ俺以外聞こえてないけど)


 と、現在俺たちはのんきにもババ抜きをして遊んでいた。理由として今後の方針が決定した。なので暇。だから今から遊ぼう! という展開だ。


 (みんなアスタロト事見えてないんだよな……?)


 しかしミズチは普通にアスタロトの手札からカードを取っていた。今更だが、ここにいる皆のそう言う物の適応能力は異常だと思う。


 「若者わかものよ。さぁえらべ! おまえのターンだ! おまえ運命さだめせてみろ!」


 アスタロトによれば和泉さんの一撃がなかったら、ハニエルの猛攻は防ぎ切れなかったかも……とのことだった。それほどあの一撃はデカい。

 しかし……俺は残念に思う。


 (……この人も喋らなければ、美人で超カッコイイんだけどなぁ)


 そんな事を考えてながら、俺は目の前にある四枚のカードの左側を取る。そして手札のカードと合わせて、


 「一抜け」

 「なん……だと!?」

 「え、クロムさん早すぎないっスか!?」

 『うわっ! クロムイカサマしたでしょ! イカサマ!」 


 (……覚えてないお前らがダメなんだよ)


 ババ抜きは心理戦とよく言われるが、実はただの覚えゲーだ。自分の回したカードが、今誰の手札にあるのか……。そして俺は一周回ってきたのを自分のと合わせているだけ。それに今回は運が良かっただけだ。

 個人的には、


 「あ、私も、二抜け」


 結子の方がたちが悪いと思う。コイツは俺があがるように、皆の手札を操作していたのだ。そして自動的に俺があがるように……。なので俺が一番早くあがるのは当然と言っちゃ当然だ。


 で、そのままアスタロトが負けた。



 ◈ ◈ ◈



 『お、クロムゥ! パワーストーンだよ! 霊道具、霊道具! わ、私見たいなぁ』

 「…………」

 『えっと……お、アレはうどんだよ、うどん! 私食べたいなぁ』

 「…………」

 『ク、クロムっぅ。こ、こっち道違うよ。ほ、ほら……おかげ横丁行こ! おかげ横丁!』

 「…………」


 俺はアスタロトの言葉を徹底的に無視する。


 『ぃ嫌っぅ嫌だああアアァアああああァアア!!』 


 遂に絶叫を上げるが誰もコイツには気付かない。……そして本当にコイツはドアホだと思う。


 現在俺たちがいる場所、それは伊勢神宮内宮前。おはらい町の端っこ。目の前にはデカい鳥居と橋。宇治橋鳥居と宇治橋がある。

 で、俺と首を掴まれたアスタロトがいる訳だが……。


 『嫌だぁあ! 天照会いたくない!! 天照会いたくないぁいい!!』


 コイツは駄々をこねていた。


 (……だったらなんで着いてきたんだよ)


 俺は幼児退行をしている悪魔に物凄く呆れた。


 

 ◈ ◈ ◈



 神宮には内宮と外宮が存在している。内宮は天照大御神を祀っており、外宮は天照の食事を司る神・豊受大御神トヨウケノオオミカミが祀られている。

 そして俺の目的は天照大御神。つまり内宮だ。


 で、ここで問題になるのは、あの時の電話の相手の存在。真の目的は分からないが、そいつの目的は俺に会うこと。……それだけならまだ良いが、ミズチの仲間を人質にとっているのだ。


 (俺はどっちを優先した方が良い?)


 そして話は初めに戻るのだが、


 『君たちの目的地は伊勢神宮だろ? ならそこで落ち合おう。僕はお友達と一緒に船で向かうから』


 奴は落ち合うと言っていたが、神宮のどこで落ち合うのかは明確にしていない。そもそも相手がどんな顔かも分からないのだ。外宮と内宮にはそれなりの距離がある。

 もしかしたら外宮かも知れない。いや、それはないか……。電話の相手は俺たちの動向を知っている。天照に会うなら内宮と言う事ぐらいは知っているはずだ。

 だが、もしそいつが外宮に向かったとしたら……。

 そして色々考えた結果、


 「クロム、俺たちは万が一の事も考えて外宮に行く。お前たちは内宮、天照に会ってこい」

 「お前らだけで大丈夫かよ?」

 『……アレ?』


 するとミズチはやや険しい顔をして、


 「……お前は自分の心配をしろ。俺はお前の悪魔の力に【瞬間移動テレポート】――逃げる手段があるからこうしたのであって、本来は」

 「あぁ、分かった分かった。こっちにはアスタロトがいる。最悪、神道の奴らに攻撃されようが、電話の相手に会おうが大丈夫だ!」


 ミズチってあれなんだよな。少し気になりつつあるのだが、凄く心配性なのだ。それが俺のためと言うのは分かるが、正直ウザイ。感覚としておそらく、思春期の子供を見る親。……まとめるとウザイ。

 そんな中戸惑っている奴が一つ。


 『……ん、クロム? え、私も天照に会うの……!?』

 

 俺はアスタロトの言葉を無視して、


 「んじゃ、みんな……精々死ぬなよ」


 俺はニヤリと笑う。


 「お前がな、クロム」

 「クロム君頑張って!」

 「…………」

 「ちんからかける言ノ葉ことのははない……」

 「クロムさん、頑張ってス!」


 ……正直全く聞いていなかった。俺がこんな台詞聞くわけないだろ……。それに一番の理由は、


 『……あ、あのクロムさん? 私、神宮行かないよ? そろそろ切り上げ……。なんで私も天照に会うことになってるの……?』

 

 俺の目の前でアスタロトが真っ青になり、ガタガタと身体を震わしているからだ。みなには見ないかも知れないが、俺には絶望のアスタロトが見える。


 (……じゃあなんでここまで着いてきたんだよ。ここまで来たのなら、お前も会うに決まってるだろ……)


 そんな事も思ったが、俺はアスタロトを完全に無視する。

 そしてミズチたちと別れて、俺たちは内宮行きバスに乗り込む。


 『あ、あの……クロムさん? 返答を……。あ、あの、返答を……』


 しかし俺は無視を極める。

 同時に、


 (……なんでコイツバスの中までついてくるんだ?)


 嫌だったら勝手に帰ればいいものを……。まぁ帰さないけど。

 おそらくコイツは周りの空気に流されるタイプ。俺がなにも言わないから、コイツはどうしていいのか分からず、ついてくるしかないのだ。

 

 『あ、あの……。クロム、さん……?』


 それはもう生気もなにも感じない顔……。


 (死んでんじゃね?)


 そう思ったぐらいだ。

 少し立って、


 『…………私、用事を……かっ帰るからね!(チラッ)私、本当に帰るからね!!』


 (それ三十八回目なんだよなぁ~)


 俺はこのアスタロトの”ガキ”の部分に興味を持ち始めていた。どうしたらこうもガキになるのだろうか?

 そしてまた少し立って、遂に、


 『……よし!(チラッ)……帰る!(チラッ)…………おぉ【瞬間移動テレポート】ァオオオ!!』


 なぜか今までにない程の絶叫を上げて、アスタロトは【瞬間移動テレポート】を……。


 (……【瘴皇気ミアズマ】)


 俺は【瘴皇気ミアズマ】でアスタロトを掴む。……もちろん逃がさないようにするだけで、害はないように。しかし俺が害を与えようと思ったらする事も出来る。つまりおどしだ。


 『はぁ!? ク、クロム。何の真似だ!?』


 アスタロトは驚愕と恐怖の絶望の表情。


 「…………」


 対して俺はアスタロトと目を合わせて、無言。

 するとアスタロトは不敵な笑みを浮かべて、


 『ふふふっ。クロム甘いよ! 塩キャラメルぐらい! いや、みかん。いや、チョコレートぐらい!!』


 (どれでも良いだろ……)


 俺は呆れる。

 それと、


 (急に口数多くなったな……)


 なぜこのアスタロトと言う悪魔の脳ミソは一定なのだろうか? アスタロトの考え・思考パターンが手に取るように分かる。


 「……俺が【瘴皇気ミアズマ】でお前の事掴んでても、お前の【瞬間移動テレポート】なら抜け出せれるって言いたいんだろ?」


 するとアスタロトは驚愕と絶望の表情をして、


 『エッ!?』


 完全に図星だったらしい。

 俺は【瘴皇気ミアズマ】に閉じ込めている、それを見せて、


 『あ!? 蛇ちゃぁん!?』


 そう、俺の真の狙いはアスタロトの眷属ペット。魔道具・器鬱からつ。つまり人質と言う訳だ。

 まず【瞬間移動テレポート】は自分アスタロト自信、またはそれと”同系統のもの”を、見知った場所に転移する能力。なので肉体の共有をしている時の俺や、アスタロトの魔道具ペットである器鬱からつはその”同系統のもの”に入るのだが……それは少しでも離れていては意味がない。

 そしてコイツの魔力は見たところほぼ尽きている。つまり魔力消費量が多いと言っていた、自分以外のものも転移出来る【範囲瞬間移動アーク・テレポート】は使えない。


 「分かったな?」


 アスタロトはまるで蝉の抜け殻のようなの表情になった。



 ◈ ◈ ◈



 そして現在、


 『ァアあ!! 嫌ァアああァア!! 天照ヤダ! 私異教いきょうやで!? 絶対悪魔なんてダメだよ!! 死にたくないなよぁあ!!』


 俺がバスから降りた途端、最後の抵抗を始めやがった。【瘴皇気ミアズマ】に掴まれながら、物凄い力で暴れるまくっている。

 

 『そうだ! 蛇ちゃんっ………私のために犠牲になってねっ!』


 (うわっ。コイツ眷属ペット犠牲にしやがった……)


 完全に予想外だ。

 そして、


 『【瞬間移動テレポート】ッォォオ!!』


 アスタロトは絶叫を発する。

 しかしアスタロトが転移する事はなかった。


 『……え、何で!? なんで【瞬間移動テレポート】発動しないの!?』


 アスタロトは俺を凝視するが……。


 (俺も知らなねぇよ)


 実は俺も焦っていた。想定外の事態だ。【瞬間移動テレポート】が使えない。それは俺の逃げる手段を断ち切られたと言う事になる。もし俺の身になにがあれば……。


 『ク、クロム!? 私の魔力はまだ……いつの間にそんな力!』

 「…………」


 アスタロトは俺の力だと思っているようだ。もちろん俺の力ではない。だったらなぜだ? 

 その答えは直ぐに分かった。


 刹那ッ。

 

 目の前の鳥居に爆発的な霊力が降り――。


 (――いかずち!?)


 空は晴れている。それなのにも関わらず雷が落ちるとはほぼ有り得ないだろう。

 まだ目はチカチカしている。耳の奥まで轟く残響音。

 それが収まってくると……奇妙な事に気づいた。


 (周りの人は……見えてないのか?)


 ここは人も多い。今の落雷の規模なら周りの人間も気付くはずだが……誰も……。なにもなかったように……。


 『ここは神域だ。そのような術は使えん』


 すると――その鳥居の上からその声が聞こえた。……男の声。

 俺はその声のした方を誘われるように向く。するとそこには人影があった。


 『刹那髪セツナガミ……。貴様がクロムか?』


 長い黒髪。黒と白着物に黄色と赤の帯。鷹のような瞳。そして何よりも目を引くもの――その腰にはなん十本もの刀。


 「誰だ!?」


 俺は一瞬ひるんでしまったが直ぐに立ち直り……睨み付ける。

 するとその男は鳥居の上から、目の前に飛び降りて――。



 

 『――俺か? 俺は建御雷タケミカヅチ。武神だ』

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