第29話 暗闇の中で
これはクロムがまだ小さかった時の記憶。
姉とミザリーとかくれんぼをした時の記憶だ。鬼はミザリー。そして二人は同じ場所に、大天上の屋根裏に隠れていた。
しかし辺りはもう真っ暗闇。日は少し前に落ちてしまい、ただただ静寂と虚しさと、何も見えない恐怖。当時クロムは暗闇が怖かった。
「うぐっ……うぐっ……」
ほんの出来心だった。大天上の天井裏。あの杉の枝からよじ登れば、隠れれるかも。絶対に見つからないと言う幼き考え。そしてミザリーが見つけられない事を察したら、二人でミザリーを驚かしてやろうと言う作戦だった……。
「ほら、クロム。泣かないで」
しかしいざ出ようと言う時にようやく気付く。降りられないのだ。天井裏から地上まではそれなりの高さ。ならば杉の枝から戻れば良いと思うだろうが、二人は登るとき上しか見ていない。降りると言う事は、必然的下を向かなければならない。つまり高くて怖くて降りられなくなってしまったのだ。
「な、泣いてない……もん」
クロムは目をゴシゴシして強がる。
ならば大声では助けを呼べば良いと思うのだが……二人はまだ子供。助けを呼べるに呼べなかった。何故なら二人が隠れている場所は、大天上の天井裏。つまり入ってはいけない場所。だから助かる事よりも、そこに隠れた事をバレる事が怖い……。
そしてどうこうしているうちに、暗くなってしまったので、頑固で幼い二人はここで一夜を明かそうと言う結論に達したのだが……。
「本当?」
「ホント……だもん」
辺りが何も見えなくなってから少しして、クロムはもう泣いてしまっていたが――そんな中、二人は隅っこの方で座っている。
「いいんだよ、泣いても」
「……」
「ずっと、お姉ちゃんが側にいて上げるから」
「……」
「私がクロムの怖いものから、守って上げる」
クロムはその「守る」と言う言葉に反応して、
「お、俺だって……守る。姉ちゃんは俺が守るもん!!」
急にクロムは震えた大きな声で言った。
対して姉は、
「……クスッ」
「わ、今笑ったな! 俺だって、俺だって……」
段々声が小さくなるクロム。
「クロムが私を守ってくれるの?」
「う、うん。……ぜ、絶対。絶対」
クロムの声は更に小さくなっていく。
「泣き虫なのに?」
「はぁ? ……泣いてない。泣いてないもんっ!」
クロムは再度目をゴシゴシして、今度は強く言った。
すると姉はニコッと笑って、
「ならクロムは強いね」
「……ぇ?」
「私、クロムがいなかったら……」
そして姉はクロムの手をギュッと握った。
その瞳からは涙が零れ落ちる。
それから数時間後、屋根裏部屋に光が入り込み……。懐中電灯をもったミザリーが、浮遊系の霊道具を使って、ここを覗きに来たのだ。
そして――二人は手をつなぎながら眠っていた。
◈ ◈ ◈
俺はその独特な薬の匂いで目を覚ました。見たこともない白い天井と、久しぶりの日の光。まだ頭はぼんやりとしている。
すると、
『あ、起きた。よっ!』
その人影は窓に凭れ掛かり、こちらを見ている。
「……姉……ちゃん」
するとその人影はフっと鼻で笑い、
『残念でしたー。私は貴方の契約した悪魔、アスタロトちゃんですよぉー。あれれー、まちがえちゃったぁー? これチョー恥ずかしくない? フヒヒヒヒ。キャァアアー!!』
アスタロトが楽しそうに言い、俺はその言葉にハッとし完全に目を覚ました。そして恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じる。とてもコイツを殴りたいのと、逃げ出したかった。
俺は上半身を起こす。どこも痛くない。ただ左腕に点滴の針が刺さっており、少し痺れるぐらいだ。白いベッドに白い枕。前と左側には仕切りのカーテン。右側に窓。横には花瓶に花が添えられていた。
おそらくここはどこかの病院だろう。外の景色からして三階といったところだろうか?
にしても、目の前の悪魔だ。さっきから俺の失態をゲラゲラと笑っている。話をそらさねば……。
「お前、俺の記憶が見えるのか?」
するとアスタロトはビクっと身体を震わせ、くるりと後ろを向き、綺麗な青空を見上げて、
『……見えない』
(……コイツ、嘘つくの下手だなぁ)
別にそう言う事にしてやっても良かったのだが……。今日はその姿を見ていると、いつもより心が痛い。
「いや、お前が姉ちゃんの姿をしている時点で、決着はついているぞ。お前は姉ちゃんのその姿をどこで見つけた? 俺の記憶の中だろ。じゃあお前は俺の記憶を――」
するとアスタロトは顔をぷくっと膨らませ、更に面倒くさそな表情をする。そして『……チッ』と舌打ちして、
『フンっ、分かった。一部は認めるよ。でも飽くまで私は、その人の大切な記憶しか読めないよ。因みに悪魔は、そこに漬け込んで誘惑して堕落させる――って言う悪いイメージがあるけど、実際にはそう言う悪魔は一部だけなんだよね。……ん? じゃあ私はその一人? 私が悪魔に悪いイメージ付けてた? でも私そんな気なかったしなぁ~。うーむ』
と、謎に自問自答。
「じゃあ、お前は姉ちゃんの事を……?」
『ん、あぁ、知らないよ。だから私は記憶読むのに特化してないし、元の姿が恥ずかしいからコスプレしてるだけだし……』
どうやらアスタロトに悪意はないようだ。大切な記憶で……だから姉ちゃん。正直やって欲しくないが――しかしその姿を見ていると妙に落ち着く。
ふと、思い出した。
「アスタロト、そう言えば天使どもの痕跡はどうなった?」
するとアスタロトはボケェーとした顔をしながら、
『あぁ、クロムが寝てる間に探したけどなかったよ。上手くまけたみたいだね。そんな事よりも聞いてよっ。私、クロムのせいで地獄が盛り上がっちゃってるから帰れねぇんだよ。それにしばらくはクロムが危険だから、ここの見張りとか――』
(コイツ、よく喋るなぁ……)
俺は少し呆れる。同時に何でアスタロトを選んだのかを思い出そうとしたのだが――そんな時、誰かが病室に入ってくる足音が聞こえた。その足音は真っ直ぐこちらに……。
ガサッ。白いカーテンが開けられて、
「く、クロ……クロム君?」
いつもの学生服。長い黒髪。そこまでは見覚えがあったのだが、頬には大きな絆創膏は貼られていた。
「よ、よう。……結菜」
すると結菜は急に涙目なりこちらに、
「ちょ、まっ!?」
「クロムくーん!」
結菜が俺の腹目掛けてダイブする。俺はそれを受け止めようとするが、点滴が腕に刺さっていた事もあり上手く動けない。
その一瞬の迷いが――俺はそのダイブをダイレクトに受けてしまい、
「グほぁあっ」
痛いというより、思いという感覚。そのダイブの勢いで腕の点滴も取れてしまい……。彼女はハッとした顔になって、
「ご、ごめんッ。クロム君、大丈夫!?」
(大丈夫だけど……その、胸がですねぇ……)
『アハハハハ! クぅロムぅううひひいひひひいひひ!!』
後ろから気持ち悪いアスタロトの嗤い声。まるで悪魔だ。俺は結菜を色んな意味で苦しみながら睨む。対して結子は、
「エヘヘ。ごめん、ごめん」
めっちゃムカついた。……しかし
その
「え、クロム君!? そんなに痛かったっ!? ホントごめん!」
(彼女は今どういう気持ちなのだろう……?)
俺なんかよりみんなと関わってきたんだろ? それが一瞬でほぼ全滅して……。なんでそんなに笑顔なんだよ? 俺を悲しませないためか?
俺は聞きたくなかったが、覚悟を決めて、
「結菜……他の人は?」
すると彼女の笑顔が一瞬にして固まり、次第に……。
しかし俺にとって重要な事は、
「ミズチは?」
それを聞いた途端、彼女は下を向いてしまう。同時に俺の目から涙がポロポロと……どれだけこらえても止まらなかった。約一週間ほど、いやもっと短い……。それだけなのに、
「ふざ……けんなっ」
彼女は何か言おうと口をパクパクさせているが――何も言って欲しくない。
「なんで、逝っちまうんだよ……」
大粒の涙が頬を流れる。瞬きをせず両目を開けてボロボロと。とてつもない脱力感に包まれる。手が痺れる。身体が震える。……心がとても重い――。
「勝手に殺すな」
俺をその声にハッとなり顔を上げた。その声は左側、カーテンの向こう側。俺は結菜に目を向けて……何故だか凄くオドオドしてる……。
と、同時に、
『アハハハハッ! アヒッアヒッ。ヒヒヒィィイイ! へアハハハハハァァ!!』
窓側でアスタロトが腹を抱えて爆笑している。
俺は色々な感情に包まれながら顔を熱くして、結菜に目で「そのカーテン開けろ」と命令。対して結菜は少し笑顔を取り戻して、そのカーテンを開ける。
そこには本を片手にしている人物。いつものスーツではなく、そして眼鏡も掛けていない。しかしその人物はベッドに横たわり、いつものウッザイ声色で、
「よう。ガ・キ」
「……っ。ミズチ」
俺は思わず笑みが零れる。
「ブァァアカ! 心配させんじゃねぇよ!」
俺は泣いた。
◈ ◈ ◈
あれからアスタロトの事、そしてあの襲撃の事を簡単に話した。その時の皆の目はもう本気で、完全に信じたようだ。空想上の奴らは実在してる事を。
で、その日の夜。
『指スマ3、チッ』
「指スマ2、よし」
『はぁ? またクロムの勝ちぃ? 五連続だよ、五連続! 絶対不正、絶対不正、絶対――』
俺はずっと寝ていたからか分からないが、全く寝付けなかった。なのでずっと起きているのだが……。すると急にアスタロトが暇だとゴネ始めたので、指スマ? とかいうアスタロト考案のゲームで遊んでいた訳だが……。
『不っ正! 不っ正! 不っ正! もうクロムとやんねぇ!』
(分かって欲しい。この気持ち……)
アスタロトはそっぽを向いてしまった。まあ俺もこのまま更に面倒くさくなるもの嫌だったので、別の存在に――こちらも嫌な存在であるが、
「……ミズチぃ」
軽く呟く。取り敢えず呼んで見たって奴だ。
もちろん返事はない。
(……そりゃあ寝てるよなぁ)
「何だ?」
「ぅ!?」
思わず声にならない声が漏れる。まさか本当に起きているとは……。しかも恥ずかしい事に、アスタロトは他の奴らには見えないし、声も聞こえない。と言う事は今まででアスタロトとの会話は、全てミズチからすれば……。俺の独り言。
いや落ち着け、俺。取り敢えず今は話題を振らねば、
「……何してるんだ?」
「読書だ」
(読書ねぇ……)
「……どんな内容の本だ?」
「クロムワードパズル」
(え、それ……読書? まぁ……だけど……)
「…………」
「…………」
「……お前、眼鏡は?」
「直ぐに買い直すつもりだ」
「……そうか」
「……あぁ」
(コイツ、関わりずれぇええっ!)
そもそも俺はこう言う雰囲気が嫌いなのだ。つまりコイツ嫌い。
そんな事を考えていると今度はミズチが、
「で、クロム。まだ簡単にしか聞いてねぇからな……。他にも色々詳しく教えろ」
俺はアスタロトに目線で、詳しく色々な事を話して良いのかを聞く。するとアスタロトは、
『別に良いよ――』
すると急にアスタロトは嬉しそうな顔になり、
『あ、
と言って、楽しそうに眼前からスッと消えてしまった。
するとミズチが、
「一つ言うが、俺はお前のせいだとは、これっぽっちも思ってねぇ。むしろ俺のせいだ。初めからもっとお前の話を信用して……対策を練れば……」
その言葉に責任感を感じる。ミズチは必死なのだ。そして全て自分のせいだと思い込もうとしている。……本当は
俺はそのミズチの言葉を否定しようとも思ったが……。
「ありがと……」
自然とその言葉が零れた。全ての意味を含めて。
そして自分に嫌悪した。こんな現状を生み出してしまった俺を嫌悪した。みんな、
するとミズチは急に話題の方向性を変えて、
「ジェミーは言ってたぞ。お前は……根が本当に優し過ぎるってな」
そして少し声のトーンを下げて、
「ジェミーは元々どっかの国の医者だったんだ。まぁ……俺も教えて貰えなかったが……。手先が器用って理由で医者に指名され、直ぐに戦争の前線に駆り出されたそうだ。……知識もないのに頑張っただろうよ」
ミズチは一拍おいて、
「そして次第に功績が認められ、ある場所に配属された。……それは主に人体実験。敵兵の捕虜を壊す仕事。ジェミーはそう言っていた」
そこでジェミーさんの言葉が甦る。
「私の手は汚れてるんです……。
(そう言う意味……か)
とても辛かった。重くてずっしりしていて、ただただ憂鬱な気持ちで「そうか」としか答えられなかった。しかしミズチは追い打ちをかけるように、
「あと……。今警察内で俺は犯罪者。いやテロリストになっているらしい」
「は?」
俺は天井に向けていた視線を、ミズチのカーテンの方に向ける。
「どういう事だよ?」
カーテンの向こう側で本が閉じる音して、
「身内の警察からの確かな情報だ……。お前なら少し考えれば分かるんじゃねぇか?」
「被害の場所がお前の……。いや地下施設?」
ミズチは「はぁ……」とため息を付いて、
「まあ、大体合ってるかな……。警察、それに自衛隊が地下施設の残骸を発見してしまったらしい。そしてその場所の真上は俺の事務所があったところ。その時点で俺が違法に建設したのがバレたんだが……。その中からも四肢と頭が切断された死体とか、俺の仲間たちが見つかったらしい」
ミズチはまた「はあぁあ」と今度は大きなため息を付いて、
「あの辺り一帯が、今や荒野になっているらしい。巨大火災旋風が起こって全部燃え尽きたとか……。それの仕業も全部俺になって……俺があの地下施設でテロの準備をしていたとか、辺りを無差別に破壊し回ったとか……。挙句の果てに核実験に失敗していたとか……」
そう言うとミズチの方から、カチッ、カチッ、カチッっとライターの付ける音。
「……病院は……禁煙だぞ」
俺がそう言うと、ミズチは立ち上がったような音して、目の前に足音。そして俺から見える右側の窓を開けて、そこから顔を突き出し、
「そうだ……。誰もお前を責めてないさ。俺もジェミーも結菜も他の皆も」
ミズチはタバコを吸う。
そして見えた。
その頬の……涙を……。
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