【メイ:大学編】幸せのために選ぶ道③
ヒマワリちゃんは「最後まで」と僕にねだった。つまりセックスをしたがったけど、さすがにそんな用意はない。避妊もせず軽率に突っ込むほど、僕は無責任になれなかった。
満足するまで互いの身体を触り合い、明け方に部屋へ戻っても、まだ誰かが起きている気配はなかったので、僕たちも元通りに転がって眠った。
その後の僕たちは、何もなかったような顔で過ごした。そのつもり、だった。
だけどリコちゃんもハヤトも、僕たちへの態度が微妙に違う。何かを勘付かれてしまったのか、それとも話を聞かれていたのか……もしかして、見られていたのか。
ハヤトの視線に冷たいものを感じて、さすがの僕も平常心を保てる自信がない。この集まりを早々に離脱してしまおうと、それとなく解散のタイミングを提案した。
大学前駅のロータリーで車を停めると、笑顔のみんながまたねと手を振り合い、三々五々に散って行く。みんなで遊べて楽しかったね、準備も含めていい思い出になったね――そう、顔に書いてある。
僕だって、楽しかった。その気持ちは嘘じゃないけれど、今はひどい緊張感を抱えていた。これから僕は、ひとつの儀式をしなければならない。
ハヤトと一緒に帰ろうとしていたリコちゃんへ、僕は手招きをした。
「ハヤトごめん、リコちゃんを貸してくれる? 話したいことがあるんだ」
ハヤトは一瞬だけ眉間に皺を寄せたけれど、すぐに「了解」と短く答え、リコちゃんを残して大学の方へと歩いて行く。その背中をヒマワリちゃんが追いかけて行った。きっと彼女も、僕と同じ儀式をするのだろう。
助手席へ乗り込んだリコちゃんのシートベルトを確認してから、ハイエースのエンジンをかける。伝えたいことはたくさんあるのに、その順番が決められない。僕がようやく言葉を出せたのは、しばらく走って国道に出た頃だった。
「僕、ヒマワリちゃんと、付き合ってみることにしたよ」
「あっ……そうなんだ。おめでとう!」
リコちゃんがやけにあっさりと、祝福の言葉を口にする。大きく驚くようなこともなかった。やっぱり見られていたのだろうか……気にはなるけど、確認などできるはずもない。見られていない方へ賭けるしかなかった。
「ありがと……祝われると複雑だね、なーんてね。あははっ」
自分の声が空々しく響く。リコちゃんは目尻を下げて、とても嬉しそうに微笑んでいた。ずっと大好きだった人が、僕の新たな恋を祝っている――本当に、複雑だ。
「僕とヒマワリちゃんって、ちょっと似てるでしょ。諦めが悪いところとかさ。だから似たもの同士、一緒に仲良くやっていこうって……昨日、二人で決めたんだ」
僕は、自分の決意を述べた。恋心を手放すための宣誓だ。
それでも未だくすぶる想いを、表に出してしまわないように。誰より愛しい彼女に向けて、うっかり手を伸ばしてしまわないように……リコちゃんには少しだけ、僕を警戒して貰うことにした。人畜無害で従順な「サツキタケル」は、今日を限りにお
「まぁ、あそこまで好き好き言われるとさ、さすがの僕も嬉しくなるわけですよ。無邪気な美人が毎日のように抱き付いてくるとか、これなんてエロゲー? みたいな」
「メイくんでも、そういうこと言うんだね」
「そりゃ僕だって男ですしね、顔好みだなーとかおっぱいでけーとか普通に思いますよ。あ、リコちゃんのおっぱいは、大きさより形で勝負って感じだよね」
まるで壊れた噴水みたいに、僕の唇は言葉を紡ぐ。極めて下品なセリフを口にしながら、自分に
その抵抗が嬉しくて、つい声をあげて笑ってしまう。
少し前までのリコちゃんは、下品な言葉を投げられても、ネタとして受け入れてしまっていた。僕が放った今のセリフなら、おそらくは「形は褒めてくれるの? リコ嬉しーい!」みたいなバカっぽい返事だっただろう。そのおかげで妙な誤解を生むこともあったし、頭の弱い女だと見られることもあった。
だけど今のリコちゃんは、こうしてきちんと文句を言える。これは多分、ハヤトのおかげだ。アイツと付き合い始めてからのリコちゃんは、自分自身を大事に扱えるようになった。
よかった、と安堵する。僕はもう、今までのようには守ってあげられないから。
「ごめんごめん。ハヤトに殺されるかな」
「いちいち言わないけどっ」
拗ねた口調で呟く彼女が、ひたすらに愛おしくてたまらない。この想いを完全に打ち消すなんて、今の僕にはできそうもない。
目の前の信号が赤に変わり、僕は隣の愛しいひとを見つめた。
「ねぇ……僕らは、死ぬまで親友でいようよ。ハヤトの隣で、幸せだって笑ってるとこ、ずっと僕に見せ続けて欲しいな」
この願いを伝えるまでが、僕にとってはひとつの儀式だ。これからも君の親友でいたい、君の幸せを見届けたい、死ぬまでそばにいさせて欲しい。僕の本当の心など、欠片も伝わらなくていいから……遠くに、行ってしまわないで。ただそれだけを願った。
「幸せに、なるよ! メイくんも、幸せにならなきゃダメだからね?」
リコちゃんは、撮影の時とは全く違う、素直な笑顔で頷いた。
僕の願いを受け入れてくれただけでなく、幸せまでも願ってくれる。その奇跡のような事実が、僕の心を満たしてくれた。
たくさんの人に愛されるリコちゃんには、この奇跡の凄さはきっと理解できないだろう。それでも彼女は世界で唯一、サツキタケルの幸せを願ってくれる存在だから……これからも、リコちゃんは、僕の希望の光なんだ。
「もちろんだよ。だってそうじゃないと、リコちゃん泣いちゃうでしょ?」
泣きそうなのをごまかしたくて、からかうように言ったけど、そもそも僕は不幸になんてなりようがない。リコちゃんが幸せになってくれたら、それだけで僕も幸せだから。
だけど万が一、ハヤトが彼女を幸せにできないというのなら――その時は、どんな手段を使っても、この僕が奪い取ってやる。家族を捨ててしまってもいい。世界を敵に回したって構わない。ハヤト以外にリコちゃんの手を取れるのは、この僕しかいないはずなんだ。本当にそんな日が来たなら……もう二度と、誰にも渡したりはしない。
この感情を、恋などと名付けなくていい。
あえて言うのなら、これは、愛だ。
同じ道を歩めなくても、どこにいても、誰といても……この命が尽きるまで、オノミチリコを想い続けていたい。
何だかたまらなくなって、リコちゃんの髪をぐちゃぐちゃに掻き乱した。本当は思いっきり抱きしめて、愛してると言ってしまいたかった。
「ちょっとー!」
「うん、可愛い可愛い」
「ありえないしー!」
リコちゃんが笑いながら叫び、そして信号は青になり、僕は再びハンドルを握る。地元へ向かう見慣れた景色が、僕たちに「変わらないよ」と告げている気がした。
「……大好きだったよ、リコちゃん」
こっそりと、小さな声で呟いた。きっと彼女には届いていない。
儀式を終えた後の僕は、妙に晴れやかな気分だった。
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