なまえがない喫茶店
あかがね雅
第1話 御通し
神楽坂探偵事務所事件奇譚録
短編 なまえがない喫茶店
目を覚ますと其処は見覚えの無い喫茶店だった。
『赤穂 鷹彦の証言より』
頬に何か硬い感触を感じた赤穂鷹彦は身を起こすと、見覚えの無い喫茶店のカウンター席に座っていた。
状況から考えると、どうやら自分はカウンター席に突っ伏して眠っていたようだ。
だがここは一体どこなんだ?
意識がまだ少し朦朧としたまま辺りを見回そうとすると視界の端に人影が見え、其方に視界を移すと鷹彦はギョッとした。
其処には店主らしき人物がいたが、その顔には翁の能面が付けられていた。
そして鷹彦の視線に気がつくと、丁度拭き終わったカップを棚に仕舞うと厨房へと消えていった。
様々な疑問が頭をよぎるが、一先ず深呼吸を終え改めて辺りを見回してみるとテーブル席が二つ、カウンター席が4つほどのこじんまりとした店内のようだ。
そしてテーブル席には2名机に突っ伏している人物らがいた。
どうやら女性のようだ。
「大丈夫ですか?お二人共」
鷹彦は二人の肩を揺すり起こすと目を覚まし、今の状況に狼狽していた。
「なんなん?一体この状況どないなっとるん?!」
「あ、あの……これってイタズラとかじゃないんですか……?」
「待ってください!僕自身も分からないんです!」
状況に狼狽した三人は口々に騒ぎ始めた。
その時だった。
店員用の入口から様々な能面を着けた数人の女給が現れ、三人を無理矢理テーブル席から引き離しては立たせると竹刀のようなもので尻を叩いた。
バシンという竹刀特有の破裂音が店内に三つ響くと、取り押さえていた女給達はそそくさと店員用の入口へと去っていった。
三人は叩かれた尻を抑え、羞恥の入り混じった苦悶の表情を浮かべた。
「…恐らくですが、僕達が騒いだことで叩かれたと思います……」
鷹彦が指差した方向には数枚の貼り紙があった。
『店内デハ静カニ』
『一人参品マデ』
『御残シ厳禁』
「…そないなことでウチらシバかれたんかいな……アタタ……」
「イタタ……でも……貼り紙があるということは、そういう規則のようなものがあることでしょうか……」
阿呆らしいと尻を抑えながら関西訛りの女性は、店の外へ出ようと扉に手をかけた。
だが、扉は一向に開く気配は無い。
それどころかドアノブは回れども、ドア自体がまるで壁のように不動のままでいくら揺すっても動く気配すらない。
窓も景色は見えるが、開く気配が無い。
それどころか、外に向かっていくら叫んでもこちらに意を介せず通り過ぎていくばかりだ。
まるでこちらの事が見えないような錯覚に三人は恐怖した。
そして店員用の入口が再び開かれると、三人の三猿の面を着けた女給が関西訛りの女性を取り押さえ、言わ猿に当たる猿面の女給が竹刀を振り落とし尻を強打させた。
関西訛りの女性が再び苦悶の表情を浮かべると、三人はそそくさと店員用の入口へと去っていった。
どうやら店内で大声で叫んだり、扉を叩いたりしたら罰が入るようだ。
「……とりあえず、まずは冷静になりましょう。また傷が増えますし……」
「そうですね……無策のまま進んだらまた叩かれますし」
「せやな……そや、自己紹介まだとちゃう?ウチは堀葉みどりってもんや」
「僕は赤穂鷹彦です」
「あ、わ、私は……黄瀬とらです……」
自己紹介を終え、三人は一先ずこの奇妙な店から逃げ出す方法を探すべくテーブル席に着いた。
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