鬼面の忍者

 自室で二人きりになると、半蔵の父・初代服部半蔵保長やすながは、二代目服部半蔵正成まさなりに確認する。


「この時期に、月乃を家から出せなくなるのは、キツいな。他の三人では、京での上流階級向けの情報収集で、上手く立ち回れない」


 月乃を扱き使う事を前提で語るので、半蔵は父が非情の発言をしつつあるのを察する。


「今すぐに堕ろせば、一緒に仕事に掛かれる。早い程、良い。これからの京は、忙しいぞ」

「月乃を傷付けさせは、しない」

「仕事に合わせて堕胎するのも、くノ一の原則だ。月乃は理解してくれよう」

「死んだ事にして引退した人が、口を挟むな。当主は、俺だ」

「復帰して取り上げようか? 今は京での諜報活動こそ、最優先事項だ」

「俺の最優先事項は、月乃だ」

「…殿に直接、頼まれたのであろう? 妊婦一人を理由に後回しにするのか?」

「………」


 半蔵の鬼面が、今までの生涯で最も鬼そのものになる。


 父と半蔵の間合いが、座したまま、双方一尺詰まる。


「仕事を最優先に出来んのか、ガキ?」

「孫を片方潰せとか抜かすな、クズ野郎」


 至近距離で、お互いが必殺の手刀を繰り出そうとシャドーゲームを始める。

 武器を取る手間は、お互い費やさない。

 素手でも人を瞬殺出来るように鍛えあげた者同士である。


 半蔵は、父と殺し合いとなれば、どう転ぶか予想できなかった。

 父は、半蔵との相討ちを覚悟する。


 座って対峙したまま、緊張が続く。

 家の中から、ネズミと猫が逃げ出す。

 家の上空を通りかかった烏や鷹が、危険を感じて急激に方向を変えて飛ぶ。


 洗濯物を置きに来た母が、親子喧嘩に気付いて間に入る。


「妊婦がいるから、家の中では喧嘩しないの」


 二人の頭を平手でペシペシ叩くと、洗濯物を渡す。


「あなた。前のシミが尋常ではありません。もう少しチンチンを振ってから、仕舞いなさい」

「…すみません」


 父が、戦闘体勢を解いてイジケル。


「半蔵。尻の拭き方が甘いからね。もっとちゃんと拭きなさい。汚いわよ」

「…はい」


 半蔵は、戦闘体勢を解いて半泣きになる。


 父と息子は、温順しく日常に戻る。



 今までの戦国時代が凪に思える程の戦乱が始まるのは、三ヶ月後。

 三好長慶が死去し、大怪人・松永弾正が京の支配者となってからである。



                        鬼面の忍者 第一部 完





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