瀬名姫、激おこ?(9)

 服部半蔵の屋敷で酒を飲まされながら、内藤正成は半蔵から三河一向一揆対策を聞かされて落ち着いた。


「八百長というのも生温い程の、何というか、狸の化かし合いみたいな戦だな」


 酒を注ぐ月乃が、苦笑する。

 正式に妻に成った途端に、色気が爆発的に増えてしまい、内藤ですら目を疑った。

 半蔵も、苦笑している。


「ええ。一向宗に加担する三河武士の大半は、途中で殿に帰参する算段です。内藤殿の舅のように、本気で悩んだ末の頓智とんちです」

「殿は、一切を不問に伏すのだな?」


 安堵しながらも、正成は念を押す。

 家康が部下を騙し討ちにするとは思えないが、裏で台本を書く本多正信なら、やる。


「悪いのは、忠義か信仰かを選択させようとする連中だ。この戦で、三河から悪徳宗教団体を根絶やしにする」


 キメ顔の半蔵を、酒を集りに来ている米津常春が茶化す。


「あれ〜? 子作りに専念しようって男が、坊主殺していいのか〜? 俺や内藤は、もう作ってあるから問題ないけど〜」


 酌をしていた更紗が、米津の酒と肴を取り上げる。

 一飛びで天井付近に張り付くと、その場で器用に酒と肴を空にする。更紗の方は、正式に人妻と成っても、何の変化もない。

 米津が悲しみに沈むダンディな男の顔で半蔵に目線を送るが、無視される。


「種無しカボチャだって俺が言い触らした事を、根に持っているのか?」

「…今、初めて知った」


 半蔵の顔が、鬼面に変わる。

 逃げ損じた常春が、伊賀流関節技を掛けられて六秒でギブアップを叫ぶ。


「良い正月に成りそうだ」


 長男を初陣させようかなと、内藤正成は心に余裕を取り戻す。



「行かなくてはいけませんか、兄さん?」

「行かなくてはいけません、弟よ」


 鳥居元忠・忠弘兄弟は、炬燵で向かい合いながら、不毛な会話を続ける。

 不毛の原因は、主に兄のガチムチな忠義心にある。


「敵陣に潜入して情報を流すのであれば、服部半蔵殿が適任では?」

「あの方は、既に忍びを何人も一向宗側に放っています。本人が行く意味がありません」


 弟を危険なミッションに送り込もうというのに、取りつく島がない。

 鳥居元忠にとって、忠義とは打算抜きの自己犠牲の上に成り立っている。ちなみに弟の身の上は、元忠の自己犠牲の内である。

 忠弘のミカンを剥く手は、震えている。


「僕に密偵なんて、務まるのでしょうか?」

「やってみれば、分かります」


 兄の態度には、微塵も動揺がない。

 弟の人生を、平然と自分の道の舗装に使っている。


(ちょっとだけ本気で裏切ってやろうか?)


 少々私怨含みで、鳥居忠弘は大晦日に本證寺へと向かった。



 除夜の鐘が鳴る頃に。

 瀬名姫は城外から、年を越す岡崎城を睥睨する。


「無様な城」


 侍女達は、その程度の小言を誰かに言上したりはしなかった。

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