三河戦線、異常なし(2)
槍と縄を器用に迅速に使い、堀を越え、塀を越え、服部隊五十名が上ノ郷城へと入るのを見届けてから、常春は本隊を動かす。
数の上では、敵味方同じ千名。
織田方は傭兵中心なので、不利になると積極的に逃げ出すパターンが多い。
城門が破られた段階で、かなり高い確率で、全軍逃げ出す。
死地に入っても、三河衆みたいに無理して戦わない。
(まあ、こっちは防衛戦だから、逃げる場所なんてないけどね)
腹の中でニヒルに笑いながら、常春は城門近くまで進軍する。
ここまで接近しても、城からは矢の一つも飛んで来ない。
夜襲をかけた服部隊は、物見櫓の無効化にも成功している。
(いい腕しているなあ、服部隊)
城内からは、断末魔の悲鳴が立て続けに起きている。
どうやら服部隊は、城内で相当派手に立ち回っている。
「こら、急がねば」
どれだけ果敢に立ち回っても、五十名だけでは限界も早い。
常春の心配より早く、城門が開いた。
「よし! …いや、まずい」
一瞬だけ喜び勇んだ常春の視界が、城門で群れを成す織田軍で塞がる。
城門から織田の兵達が、血相を変えて逃げ出している。
敗走、というか、暴走に近い。
味方であろうと押し除けながら、無闇に夜闇に駆けていく。
常春は部隊に槍衾を作らせて暴走に巻き込まれるのを避けようとし、織田軍は素直に槍衾のない方向へ逃走していく。
「何て逃げ慣れた奴等なんだ」
織田の兵は、変なスキルが高く成長しつつある。
武具も付けずに逃げる兵も少なくないので、三河衆は戦利品への期待に頬が緩む。今川に命じられての戦は自己負担なので、基本赤字なのだ。
「思った以上に、逃げ腰で助かった」
「いいや、足りない」
同年輩の武将・内藤
「逃げた兵の数は、九百人に足りない。城内に、百名は残っている」
「ありがとうね」
常春は、城内に進軍する。
織田軍は鉄砲の装備が多くなりつつあるが、内藤正成の弓が側にいれば、問題ない。
「半蔵! 無事か!?」
城内には、断末魔を発し終えた織田兵の骸が、流血山河を形成していた。
血の河がまだ止まらない状態で、服部半蔵が一人の武者と槍を合わせている。
織田の兵で戦っているのは、その一名だけ。
全身返り血で真っ赤の半蔵は、肩で息をしながらも、顔が笑っている。槍で戦って短時間で此処まで返り血を浴びた武者を、常春は知らない。
こんなのに夜襲をかけられたら、そら逃げる。
「鬼だ」
常春は、思わず呟いてしまう。
服部隊の他の者達は、半蔵が名のある武将と一騎討ちする様を見物している。
下半身褌一丁の女兵士も無事だったので、常春は安堵というより呆れる。
取り込み中の半蔵に代わり、先刻も常春に声をかけた少女兵士が、状況を報告する。
「城内に残る織田の兵は、あの一名のみです。高木鷹の羽を重ねた家紋を身に付けておりますので、高木清秀と思われます」
「当たりだ。何度か戦場で顔を合わせた」
常春は、複雑な顔で『織田方に付いた三河侍』の防戦を見守る。
高木清秀。
織田に与した三河衆の中では、最も槍働きの多い勇将である。
逃げ足の速い織田勢の殿を守り、手傷を負いながらも生き延びて三河に再侵攻(再征服?)するタフな戦いぶりは、なかなか憎めない。
敵味方から一目置かれる高木清秀を、服部半蔵が一方的に追い詰めている。
半蔵の怪力で豪風と化した槍が、高木清秀を何度も地面に叩きつける。
並の武者ならそこでお終いだが、高木清秀は受け身を取り、止めの突きを致命傷にならないように凌ぐ。
討ち取られるのは時間の問題のように見えるが、常春は待ったをかける。
「やめろ。三河侍同士の戦いだぞ。引き分けでいいだろ」
半蔵が不満げな顔をしたので、常春は肩をど突く。
半蔵は、たったそれだけの接触で、片膝を付いた。
戦闘に酔って自覚し切れなかった疲労を、常春は見抜いていた。
「限界を超えて戦ってしまうと、そうなる。どんな強者も疲労に屈して、あっさり首を取られる。戦果を欲張るな」
半蔵は得心し、闘気を納める。
水入りで助けられた高木清秀は、頭を少し下げてから逃げにかかる。ほぼ満身創痍に見える男が、全力疾走。なんで死なないのか、筆者も知らない。
「丈夫な奴…」
羨ましがる常春を置いて、内藤正成は物見櫓に登って己の目で周囲を警戒する。
城の周囲を見渡せる高さで三度見回してから、内藤正成は断言する。
「敵兵が附近で再集結する様子はない」
「よ〜し。城内を改めるか」
部屋の隅や蔵に避難している非戦闘員に手出しをしないように念を押し、負傷者の有無も確認。
上ノ郷城奪還を果たした常春は、
というか、今回は服部隊しか槍働きをしていない。
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