クリスタルの封印
大林 朔也
第1話 英雄譚
かつて人間の世界は、魔物により蹂躙され滅ぼされようとしていた。
どこからともなく現れた魔物が、村を襲い町を焼き払い、逃げ惑う人々を追いかけた。魔物は老若男女関係なく喰い殺し、世界は深い闇に覆われようとしていた。
しかし、どれほど闇が迫ろうとも人々は希望の光を信じ、立ち向かい続けた。
3つの国の国王は、世界を救う為に3人の勇者を選んだ。
剣の勇者と槍の勇者は勇ましい騎士であり、弓の勇者は小さな村の勇敢なる心優しくも美しい碧眼の青年であった。
勇者は3つの国がほこる剣と槍と弓をそれぞれ掲げながら勇敢に魔物に立ち向かい、さらに勇者である彼等は魔法を使うことが出来た。
剣の勇者は攻撃魔法に優れ、槍の勇者は回復魔法に優れ、弓の勇者は防御魔法に優れていた。
勇者は魔物を倒す為に、お互いに協力して立ち向かうことを誓い合い、固い絆で結ばれた友となった。
さらに世界一の魔法使いであるユリウスも勇者の仲間に加わり、4人は魔物の頂点に君臨し人間の世界を滅ぼそうと企む魔王を探し出し討伐する旅に出たのだった。
旅は、困難を極めた。
魔物は言葉を理解せず、魔物をとらえても、魔王が何者で何処に潜んでいるのかを聞き出すことは出来なかった。
しかし魔物を率いる魔王を倒さねば、この先も魔物は世界に蔓延り続け、戦いは終わらない。
魔王討伐の旅は、長きにわたることが予想された。
しかし、ユリウスの働きにより魔王はついに姿を現した。
ドラゴンだった。
ドラゴンの体色は漆黒の闇、瞳は輝く金色、牙と爪は鋭く研ぎ澄まされ、紅蓮の炎で多くを焼き尽くした。
魔王は、絶大な力を持っていた。
ユリウスと勇者によって、魔物は3つの国の大陸の南に位置するもう1つの大陸である「最果ての森」に追いやられた。
ついにユリウスが魔法を使って魔物を追い詰め、ユリウスが最果ての森に作ったダンジョンに魔物を閉じ込めたのだった。
ダンジョンが、ドラゴンと勇者の最後の戦いの場となった。
槍の勇者は死に、剣の勇者も死闘の末に死に、弓の勇者とユリウスに世界の行く末が託されたが、2人の勇者が死んだことで戦いは絶望的にも思われた。
だがユリウスの炎の魔法により、ドラゴンもまた半身に癒えることのない火傷を負っていたのだった。
弓の勇者は世界を守る為に残された力を振り絞り、力の全てを注ぎ込んだ光の矢で、その片目を射抜いたのだった。
その美しい瞳が、希望の力を見、力を信じたからだろう。
しかし弓の勇者は止めを刺すことが出来なかった。
だがユリウスが放った魔法により、魔王はクリスタルに封印されたのだった。
最後に残ったのは、弓の勇者とクリスタルであった。
そのクリスタルは本来は美しいものであるにもかかわらず、邪気が渦巻き禍々しい7色の光を発していた。弓の勇者はクリスタルを拾うと一筋の涙を流し、他の勇者の遺体と共に、それを最下層に葬った。
弓の勇者がダンジョンを出ると、残された全ての魔力を使い強力な封印の魔法を施した。
このダンジョンを外の世界と切り離し、誰も出ることも入ることも出来なくしてしまったのだった。
こうして人々と魔物の世界は切り離され、世界に平和が戻ったのだった。
*
弓の勇者が自国に帰還すると、その国「オラリオン」では弓の勇者の功績をたたえ、弓の勇者に勲章と金貨が与えられた。
そして世界を救う為に戦死した、勇敢なる者達の為に祈りが捧げられた。祈りの儀は3日間続き、その間に弓の勇者は3つの国の国王に戦いの仔細を話した。
3つの国の国王は魔王を封印したクリスタルを確認したがったが、弓の勇者はクリスタルは非常に危険であり、二度と人の手が届かぬダンジョンの奥深くに葬ったと答えた。
二度と立ち入ることが出来ぬと答えたことで、3つの国の国王は諦め、そして安堵したようであった。
弓の勇者は、3つの国を救った英雄として生涯約束された人生を送るはずだった。
しかし祈りの儀が終わる頃、友を失った悲しみと、この戦いにより疲れ切った体を癒す為に「静かな暮らしがしたい」と書いた手紙だけを残して、忽然と姿を消したのだった。
国王は弓の勇者の行方を手を尽くして探させたが、足取りすらつかめなかった。
だが、オラリオンの国王は心の奥底では知っていた。
弓の勇者は魔王討伐の褒章を全て受け取らずに、彼が望んだ名誉だけを手にして、愛馬と共に今も何処かで世界の平和を守る為に駆け続けることを望んでいるのだろうと。
弓の勇者は、どこまでも誇り高く、美しい英雄なのだから。
オラリオンの国民が勇者がいなくなったことを悲しむと、国王は弓の勇者を「英雄として」人々の記憶に永遠に語り継がせる為に、彼に相応しい「美しい英雄譚」を作らせ、弓の勇者は伝説の英雄となったのであった。
*
それから、何百年の月日が流れた。
人間の世界は平和の光に照らされていたが、その光にもいつしか翳りが見え始めた。澄み渡っていた空が淀み始め、世界にまた深い闇が迫る兆候が現れた。
かつて魔物が出現した時と同じように、オラリオン王国とゲベート王国に位置する聖なる泉の色が一夜にして紅く染まり、荒れ狂う風が吹いたのだった。
さらにオラリオン王国とゲベート王国には疫病が蔓延した。治療薬も見つからないまま、多くの人間が死んでいった。
すると、このような歌が広まっていった。
「聖なる泉の色が紅く染まる時、クリスタルから魔王の爪が這い出した。
封印が破かれ、ダンジョンの魔物が地の底からやって来る。
世界に、深い闇が迫りくる。
大地には血の雨が降り、世界の全てはかえるだろう。
人間の世界は終わり、魔王と魔物の世界がやって来る」
誰が作り歌い始めたのか分からなかったが、人々は次第に恐怖を抱くようになり、夜の闇と知らぬ音と知らぬ人を恐れた。いつの日か、本当に魔物が襲ってくるのではないかと怯え出した。
人々は次第に冷静さを失い、お互いに猜疑心を抱くようになった。不安と恐怖の感情によって、愚かにも憎しみ合い、少しでもオカシナ行動をする者を捕えては、魔物の使いとして拷問し暴力的になっていった。
「獰猛な魔物を見た」「魔物に襲われそうになった」
と、いう噂が広まっていった。
国王から命令を受けた側近達がその場所に行くと、大きな足跡と動物を食い荒らしたような跡を発見した。
森の中へと入っていくと、見るも悍しい魔物が現れて、命からがら逃げ出したと証言した。
3つの国の国王はこの非常事態に対処するため、再びそれぞれの国から最も優れた騎士の隊長を、剣の勇者、槍の勇者、弓の勇者として選出した。
ユリウスに子がなかった為、それぞれの国から最も優れた魔法使いも選出し、旅に同行させることにした。
「ドラゴンがクリスタルから這い出す前に、クリスタルを破壊し、ダンジョンに潜む魔物達を全滅させよ!」
と、国王は命令したのだった。
すると人々は安堵し、混乱はようやく収まっていった。
再び勇者が活躍することによって、迫りくる闇が消え去り、疫病もなくなり、以前のような平和な日々が戻ってくると信じたのだった。
そして聖なる泉が再びアクアマリンのように透明で、月の光を浴びて輝く清らかな水面に戻るだろうと思った。
人々は願い、神に祈った。
こうして勇者と魔法使いは3つの国の人々の期待を背負い、大勢の国民に見送られながら、最果ての森のダンジョン目指して出発したのだった。
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