7

 人払いがしてある、クロードが使っているセザーヌ城の客室。


 遥香の指に指輪をはめて、キスをしたクロードは、そのまま彼女を抱きしめて目を閉じた。


 日記の内容が正しければ、これでリリーが戻ってくる。


 ひたすら願いを込めて瞑目していれば、やがて腕の中で彼女が微かに身じろぎをした。


 クロードは恐る恐る腕の力を緩めて、彼女の顔を覗き込む。


「クロード王子……」


 不安そうな、泣きそうなか細い声が聞こえた瞬間、クロードは再び彼女をきつく抱きしめた。




 リリーはゆっくりと目を開けた。


 まず視界に飛び込んできたのは、クロードの見事な金髪。


 次いで、抱きしめられていることに気がついて戸惑って身じろぎすると、リリーを抱きしめていたクロードが顔をあげた。


 不安と期待がないまぜになった、青い瞳。


 夢の中ではない、現実で見るクロードに、リリーは目が潤んでいくのを感じた。


「クロード王子……」


 そっと呼びかけると、クロードが再び抱きしめてくる。


 強すぎる抱擁を受けながら、リリーは戻って来たのだと心から安堵する。


 入れ替わって、夢でしか知らなかった世界に行って――、心細かった。


 弘貴は優しかったし、クロードとよく似ていたけれど、クロードではない。そのことに絶望して、そして気がついた。


(クロード王子が……、好き)


 かもしれない、じゃない。


 クロードが好きだ。


 もう会えないかもしれないと思ったとき絶望し、夢の中で遥香と仲良くしている姿を見て、胸が苦しかった。


 このまま入れ替わったままだとしたら、クロードは国のためにリリーの姿をした遥香と結婚するだろう。


 クロードの隣に立つのは自分なのだと、悔しくて悲しくて――そして、気がついたのだ。


 好きかもしれないじゃない。いずれ好きになれるだろう、でもない。もうとっくに好きで、どうしようもなく苦しい。


 クロードの腕の中にいることに安心して、うっとりと目を閉じていると、彼が髪を撫でてくれる。梳くように、丁寧に。まるで壊れ物を扱うかのように。


 リリーはクロードの背に手を回して、ぎゅっと抱きついた。


「好き……」


 唇から自然と零れ落ちた一言に、クロードがびくりと手を止める。


 体が離されるのを名残惜しく感じながら、クロードの驚いたような目を見たリリーは、驚いているクロードがなんだかおかしくて笑ってしまった。


「リリー……、今なんと?」


 これほどまでに驚いているクロードも珍しい。


 リリーはクロードの腕にそっと手を伸ばすと、きゅっと袖口を掴んだ。


 頬を染めながら、くり返そうと、口を開きかけて――


「リリー!?」


 クロードの切羽詰まったような声にハッとする。


 見れば、左手の薬指の指輪が、また光っていた。


 嫌な予感がして、リリーはクロードにしがみつく。


「いや! クロード王子、わたし、わたし――」


 あなたが好きなの――と口にした瞬間、ひときわ大きな光が部屋を満たして。


 クロードの目の前には、茫然とした表情を浮かべる「遥香」がいた。

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