5
結婚式の準備に追われながら、気がつけば二週間がすぎていた。
「クロード、話って?」
クロードに呼ばれて彼が使っている客室に足を運んだ遥香は、机の上に積まれた本の数に唖然としてしまう。
ホフマンの日記を譲り受けてから二週間、クロードは暇さえあれば、日記や図書室にある本を読み漁っているようだった。
遥香も手伝うと言ったのだが、結婚式の準備が思いのほか忙しく、クロードに結婚式の準備を優先するように言われていたのだ。
結婚式のひと月前にはグロディール国に居を移すことになっているのだが、そのための準備もまだ残っている。
クロードは苦笑して「結婚の準備に関しては、俺は逆にほとんどすることがないからな。申し訳ないくらいだ」と言っていた。
本当ならば、この忙しい結婚式の準備も、忙しさの中に幸せをかみしめながらリリーが行っていたのだと考えると、申し訳ない気にもなる。もし弘貴との結婚式の準備が自分で行えなかったらと想像すると、悲しい気持ちになるからだ。
クロードは遥香にソファをすすめて、ホフマンの日記を差し出した。
「ホフマンの魂が入れ替わったときの状況がわかった。時間と、それから行動だ」
「行動?」
「ああ。夢で弘貴のメモを読んでそれをもとに調べてみた。まず、入れ替わる時間は、やはり午前と午後の正午。それから、入れ替わるためには、夢と現実、それぞれの世界にいる同じ魂を持った人間が同じ行動を取ることだ。お前とリリー、俺と弘貴がそうだな」
「同じ、行動……?」
遥香は夢で見た弘貴のメモを思い出し、ハッとする。
「指輪をはめて、キスをした……?」
「そうだ。俺もあの時、リリーの指に指輪をはめて、眠っている彼女にキスをした」
遥香は薬指に光る指輪に視線を落とす。体が入れ替わっても、これだけは遥香が現実の世界で持っていたものだ。
「ホフマンは、入れ替わったときと元に戻ったとき、同じ行動ととったという。つまり」
「同じように、指輪をはめてキスをすれば、戻れる……?」
「試してみる価値はある」
遥香は思わず自分の唇に指を当てた。
(キスをするって……、クロードと?)
弘貴にそっくりな顔をしているクロード。しかし、彼は弘貴ではない。戻るために必要だと言うのならもちろん拒否をするつもりはないが、さすがに考えてしまう。
「俺が夜中の十二時にお前の部屋に行くわけにもいかないから、こちらは昼の十二時だ。もちろん、今すぐにとは言わない。弘貴とリリーのこともあるだろう。……そうか、リリーもキスをするんだな」
クロードは最後はぽつりとつぶやいて、「俺もまだ数回しかしていないのに」と少し悔しそうな表情を浮かべた。いつも大人びて見えるクロードが、年相応に見えた気がして、遥香は笑ってしまう。
「……戻れるといいね」
遥香は指輪の石を撫でながら、戻りたいのに、少しだけ寂しいのは、きっとクロードが優しかったせいだろうなと思った。
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