つかの間の…
1
ドーリッヒ・ホフマンは三年前に他界していたらしい。
クロードからそう聞かされたのは、わずか数分と言う短い間だが、遥香が元の世界に戻れて二日が経ったときのことだった。
その時の状況をクロードに詳しく説明すると、クロードは神妙な顔をして「やはり十二時が一つのきっかけだったな」と告げた。
ホフマンの著書を探して読み漁っていたクロードは、夢の世界とつながるきっかけの中に、深夜と正午のそれぞれ十二時という時間を割り出していた。
しかし、どうやらそれだけではないらしく、ほかの条件を探しているときに、ホフマンが他界していたという情報が入ったという。
本人に聞くのが一番手っ取り早いと思っていたクロードは、その一言に気落ちした。
それでも、一部の条件だけでもわかっただけよしとしようと、前向きにとらえるのが彼のいいところだ。
遥香も、クロードから十二時の条件を聞き出してから、いろいろ試してみたものの、あれから一度も元の世界に戻れていない。
だが、一度見なくなっていた夢を、二日前から再び見るようになった。
きっとそれは、自分がリリーのかわりだという不安を弘貴自らの言葉で否定してくれたことが大きいだろう。
遥香は今、クロードとの結婚式のドレスの採寸を行っていた。
先ほどまで部屋の中にいたクロードも、採寸がはじまると部屋の外へと追い出されてしまった。
(……結婚式、か)
このまま戻れなければ、クロードと結婚式を挙げることとなる。
日程はすでに決まっていて、あとへずらすことなどできない。
結婚式の一か月前にはグロディール国へ移ることになっていた。
今はうまくクロードが助けてくれており、遥香も夢で見ていたリリーの行動や所作をまねて生活しているが、メッキは長くはもたないだろう。
ましてや、遥香に王太子妃の務めが務まるとは思わない。
せめて、結婚式までにはなんとかしなくては――と思うのに、結局クロードにすべて任せきりで、何もできない自分が歯がゆかった。
夢の世界へ飛ばされてきたときのことを思い出そうにも、そのとき遥香は事故で気を失っていて、何も覚えていない。
(弘貴さん……)
現金なもので、弘貴の心がきちんと自分に向いているのだとわかれば、あれほど会うのが怖かったのに、無性に会いたくて仕方がなくなる。
そんな弘貴に迷惑がをかけられなくて、派遣の契約はこのまま更新しないでほしいと伝えたのは、昨日だった。
言葉が伝えられなくとも、紙に書いておいておけばリリーが読み、伝えてくれるはずだと思ったのだが、その読みは正しかった。
昨夜、夢を見たときに弘貴が紙に「わかった」と書いてくれて、意思疎通がはかれてうれしくなった。
会うことはできなくても、こうして気持ちを伝えることができるのは、弘貴とつながっているようでとても幸せだ。
遥香はあとで、クロードが調べているホフマンの情報を紙に書こうと思っている。
クロードにも、リリーに伝えたいことがあれば紙に書いたら伝わるとあとで教えてあげるつもりだ。
(大丈夫……、きっと、帰れる)
遥香は指輪をいじりながら、そう自分に言い聞かせた。
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