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 週が明けて月曜日。弘貴は会社を休んでリリーについていることにした。


 遥香の欠勤についても、事故のあと安静にしておく必要があると、派遣会社に身内を装って電話をかけた。ついでに、頭を打っているからしばらく休ませると告げておいたので、少なくとも数日間は遥香不在でもなんとかなる。


 しかし、もしもこの奇妙な入れ替わり現象が続くのならば、遥香には可哀そうだが、一度退職をせざるを得ないだろう。


 さすがにリリーと同じベッドで眠るわけにはいかないので、遥香に明け渡した部屋にある、彼女が一人暮らしの時に使っていたベッドを使っているが、不安からか、リリーはよく眠れていないようだった。


(それにしても……、本当に不思議だな)


 目の前にリリーがいる。


 もちろん外見は遥香だが、夢で見続けていた彼女がすぐそばにいるという現実が、いまだに受け止めきれない。


 リリーはリビングのソファに座って、左手の薬指に光る指輪をいじっていた。クロードのことを考えているのか、その表情は暗い。


「リリー、オレンジジュースでいいかな?」


 弘貴はまともに料理ができないし、もちろんリリーもできないため、スーパーの総菜やケータリング――、朝は菓子パンやサンドイッチばかりを食べている。遥香の作った料理が恋しくて、弘貴はこっそりとため息をつく。


 遥香には意外と言われたのだが、弘貴は朝は和食がいい。一人暮らしのときは作る人がいなかったため、パンを食べてみたり、会社近くのカフェのモーニングをとったりしていたが、遥香と暮らしはじめてから、彼女が時間のある時は和食を用意してくれるようになった。


(あー……、みそ汁が恋しい。卵焼きも食べたい)


 弘貴は手に持ったサンドイッチのパックを見下ろして、もう一度ため息をつくと、オレンジジュースの入ったグラスを持ってリリーの隣に座った。


「はい。フルーツサンドの方が好きだよね?」


「ありがとうございます」


 リリーが小さく微笑んでサンドイッチのパックを受け取った。はじめて見てときは戸惑っていたが、今では違和感のない動作でそのパックをあけていく。


 もともと夢でこちらの世界を見ていたこともあり、リリーの順応は早かった。


 テレビにも電子レンジにも驚かない。


 むしろ、慣れないのは生活環境よりも「弘貴」だった。


 彼女は弘貴の顔を見るたびに、そこにクロードの影を探して、クロードでないとわかって落胆する。


 彼女が遥香ではないとわかっていても、弘貴は自分が違う男と比べられているのだと思うと少し面白くなかった。


 上品な仕草でサンドイッチを口に運ぶリリーを見やる。


(……もし、このまま遥香が戻らなければ、どうすればいいんだろう……)


 リリーから、遥香とリリーが入れ替わっているという話は聞いている。


 弘貴は、最近はほどんど夢を見なくなって、せいぜい一週間に一度見る程度だったので、まだ、夢の世界に遥香がいるのは確認していない。


 けれども、リリーはこちらの世界に来ても遥香の目を通して、夢の世界を見るという。そのリリーが言うのだから、遥香が夢の世界のリリーになっていることも間違いないだろう。


「リリー、もしも……、もしもだよ? このまま元に戻れなかったら、どうする?」


 リリーがはじかれたように顔をあげた。


 弘貴は不安だった。これほど不安になったのは、もしかしたら人生で初めてではないかと思うほどに。


 だから、――どうしても思考が弱気な方へと傾いてしまう。


「もしも、ずっと遥香とリリーが入れ替わったままで、元に戻ることができなければ……」


 リリーの瞳に涙の膜が張った。


 手を伸ばして、リリーの目尻に溜まった涙を優しくぬぐいながら、弘貴は言う。


「このまま俺と、ずっと一緒に暮らさない?」


「……え?」


「君のことはずっと知っていた。君が幼いころから、ずっと夢で見ていたよ。夢を見るたびに、守ってあげたいと思っていた。だから……、もしもこのまま、君がずっとここにいるのならば、クロードのかわりに俺が守りたい」


 リリーが大きく目を見開く。


「遥香に会う前から、俺は君を見ていた。――だから、クロードと同じくらい……、いや、それ以上に、君を愛することができると思うよ」


 俺に君を守らせてほしい――、弘貴はそう言って、切なそうに微笑んだ。

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