5

 呼吸する音すら鮮明に響く、シンと静まり返った病室で、弘貴はずっと遥香の手を握りしめていた。


 目の前のベッドの上で、遥香は眠り続けている。


 遥香が事故にあったと聞いて慌てて駆けつけたのが八時前。頭を強く打ったようだが、命に別状はないと医師に説明された。しかし、心配で仕方のなかった弘貴は、医師に無理を言って病室に泊まらせてもらうことにした。


 二人部屋の病室だが、誰も使っていなかったので、今は遥香と弘貴しかいない。


「遥香……」


 頭と腕に巻かれた包帯が痛々しい。


 遥香の意識はまだ一度も戻っていない。


 間接照明だけの病室の中、腕時計を確認すると、もうじき深夜十二時になるところだった。


 遥香の眠る枕元には、弘貴があげた指輪がチェーンと一緒においてある。


 遥香が事故にあったと聞いた時は、心臓が止まるかと思った。


 弘貴は遥香の手を離し、指輪をチェーンから抜き取ると、遥香の左手を取る。


「遥香、早く目を覚まして」


 左手の薬指に指輪を通して、弘貴は身をかがめて遥香の唇にキスを落とした。その一瞬、視界の端で指輪がきらりと光った気がするが、弘貴は小さく首を振ると、遥香の髪をかき上げるように頭を撫で、頬を撫で、もう一度キスを落とす。


 唇を少し離して、間近で遥香の顔を覗き込むと、微かにまつ毛が揺れたような気がした。けれども、遥香の目が開くことはなく、弘貴は落胆してため息を落とした。


「遥香」


 もし、このまま意識が戻らなかったらどうしようと、強い不安に駆られながら、弘貴は何度も遥香の名を呼んだ。

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