7

 どうやら泣いているうちに眠りについてしまったらしい。


 ふと気づけば、あたりは見知った夢の世界で、リリー――遥香は、グロディール国をもっとよく知ってほしいと言うクロードに誘われて、城下町に向かっていた。


「少しはこの国にもなれたか?」


 馬車の中、向かい合って座っているクロードが訊ねてくる。


 遥香がグロディール国に来て半月がすぎていた。


 来たばかりのころと違い、クロードが気を遣って侍女につけてくれたセリーヌのおかげもあって、遥香は少しずつ城の人たちとも打ち解けつつある。


 そういった意味では慣れてきたので、遥香が頷いて見せると、クロードはホッとしたように笑った。


「それならいい。住みにくいと思われると困るからな」


「住みにくいと思ったりしませんよ。エリーゼ王女も王妃様も、セリーヌもすごく優しくしてくれて、とても居心地がいいです」


 そう、セリーヌは優しいし、エリーゼは暇さえあれば遥香の部屋に訪れる。そして、そのエリーゼを迎えに来る王妃も、遥香の顔を見るたびに困ったことはないかと気にかけてくれていた。


「エリーゼの場合は、遊び相手ができてはしゃいでいるだけだろうがな」


 クロードが苦笑して、半分開いているとばりの間から窓の外を見やった。


「そろそろ馬車を降りるか。何か見たいものやほしいものはあるか?」


 遥香が首を横に振ると、クロードは「とりあえず、歩くか」と、御者に言って馬車を止めさせる。


 先に馬車を降りたクロードに手を差し出されて、遥香は彼の手を取って馬車を降りた。けれど、馬車を降りてもクロードは手を放そうとせず、遥香はクロードと手をつないだまま石畳の道を中央広場に向けて歩き出す。


 初夏の昼下がり。空気は乾燥しているが気温が高く、少しでも涼を求めて建物の影になっているところを選んで進んだ。


「あの角を曲がったところにある店のマカロンが人気だそうだ。あと、この道をまっすぐ行くと見えてくるマダム・ローラの店のドレスが社交界で注目されているそうだが、どうだ、どこか行きたいところはあるか?」


「えっと……、じゃあ、マカロンのお店に行きたいです」


 アンヌとセリーヌのお土産用に購入したい。


 クロードとともに店に入ると、カラフルなマカロンがショーケースの中に宝石のように並んでいた。ざっと見るだけでも三十種類以上はありそうなマカロンに、どれを購入しようかと悩んでしまう。


「ピスタチオ……、ラズベリーも美味しそう。オレンジに、チョコレート、アンヌは紅茶味が好きかしら?」


 ショーケースを覗き込んで悩んでいると、真剣な遥香の様子がおかしかったのか、クロードが笑いだした。


「食べてみて決めればいいだろう。ピスタチオとラズベリー、オレンジとチョコレートに紅茶か?」


 クロードは店主を捕まえてその五種類を購入すると、すぐ食べると言って、店内に設けられているテーブル席へ運ばせた。


「好きなだけ味見をして決めるといい」


 紅茶と一緒に出されたマカロンのうち、ラズベリーのピンクのマカロンを一つ手に取って、クロードが遥香の口元に近づける。


「ほら、口を開けろ」


「えっ」


 まさかクロードの手から食べさせられるとは思っていなかったので、遥香は声を裏返してしまった。


 その口元にマカロンが押し当てられて、おずおずと口を開けると、一口サイズのマカロンが口の中に押し込められる。


 口に入れたときは少し大きかったが、すぐに口の中で溶けるようになくなっていって、遥香は甘酸っぱいその味に頬を緩めた。


「美味しい……」


 人気だと言うのもうなずける。甘いけれど甘すぎず、舌触りがよくて、とにかく美味しい。


 嬉しそうな遥香の様子に、クロードはすぐに二つ目のマカロンを手に取った。今度はチョコレート味のマカロンだ。


 先ほどと同じようにクロードにマカロンを口に運ばれて、遥香は恥ずかしくなってうつむいた。少しビターなチョコレートのマカロンが、口の中で崩れていく。


「美味いか?」


 恥ずかしがる遥香を見つめながら、少し意地悪そうな笑みを浮かべたクロードが訊ねた。


 遥香は三個目のマカロンを口に運ばれる前に、ティーカップに口をつけて防御しつつ、上目遣いにクロードを見上げる。


 皿にのったマカロンを指先で弄んでいるクロードは、間違いなく残りの三個も手ずから食べさせるつもりのようだ。


(どうしてこうなっちゃったの……?)


 お土産を買うだけのつもりだったのに。


 遥香は頬を赤く染めて、クロードが差し出す三個目のマカロンを口の中に入れた。

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