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 おそらくクロードが手を打っている、という王妃の読みは正しかった。


 王妃が部屋を訪れた二日後、遥香はクロードに一人の女性を引き合わされた。


 クロードの亡き母の遠縁にあたるという伯爵令嬢で、セリーヌという遥香と同じ年の十八歳の令嬢だった。


「セリーヌを侍女にすることにした」


 セリーヌを紹介されたあと、あっけらかんというクロードに遥香はびっくりした。


 セリーヌは赤みがかったブラウンの髪に、うっすらとそばかすの浮かぶ愛らしい女性だった。部屋の中でおとなしくしているより、領地で馬にまたがって駆け回る方が好きらしい。父親である伯爵がおてんばすぎて頭を抱えているらしく、クロードが未来の王太子妃の侍女によこせと言ったところ、二つ返事で了承したそうだ。これで少しはおとなしくなるかもしれないと思ったらしいと、セリーヌは自分のことなのに他人事のように笑って言った。


 このあと仕事のあるクロードは、セリーヌを紹介すると足早に部屋から出て行ってしまい、遥香はセリーヌとアンヌと三人でティータイムをすごすことにした。


「クロード王子ったら、もともといた侍女たちを全員解雇したらしいですわ。事情も聞きましたけど、まったく、リリー様はお優しくていらしゃいますね。わたしだったら、こっぴどく仕返しをするんですけど」


 セリーヌがそう言えば、アンヌが勢いよく頷いた。


「そうなんです! リリー様はいつも、『仕方ないわね』で許してしまう癖があるんです。もしここがセザーヌ国だったら、わたしがかわりに仕返しするんですが、ここではそうもいかなくて、悔しくて悔しくて……!」


「あら、じゃあ、今度同じようなことがあったら、わたしと一緒に仕返しに行けばいいわね。アンヌさんは気が合いそうで嬉しいわ」


「わたしもエリーゼさんとは仲良くなれそうです」


 目の前で繰り広げられる侍女たちの物騒な会話に、遥香は苦笑いを浮かべる。


 口を挟まずに黙って紅茶を飲んでいると、セリーヌがきらりと楽しそうに目を光らせた。


「リリー様、知ってます? クロード王子ったら、侍女たちを解雇するときにすごい剣幕だったらしいですわ」


「え……?」


 遥香はティーカップを口元から離して、目を丸くした。


「俺の妃になる女にどういうつもりだって、怒鳴ったらしいです。わたしは直接見ていませんけど、王妃様が見ていたらしくて。普段、あんまり怒鳴ることがない方だから、驚いたそうですわ。わたしも、その話を聞いて驚きました」


 セリーヌは笑いながら、少し遠い目をした。


「先ほど、リリー様に接するときのクロード王子の態度を見て気づきましたけど、クロード王子はリリー様には素の自分を見せているのでしょう?」


「おそらくは……」


 はっきりとはわからないが、おそらく、クロードの態度を見ていると、遥香に対して猫はかぶっていないようだから、セリーヌが言うところの「素」なのだろうと思う。


 セリーヌは茶請けのクッキーを口に運びながら、言った。


「前王妃様がなくなって、少ししたころだったかしら。クロード王子が一時期笑わなくなったことがあったんです。たぶん、国王陛下が今の王妃様を王妃様にしたときだったと思います。前王妃様が亡くなって、すぐに今の王妃様を据えたことで、反発があったのかもしれませんが……。あ、もちろん、今の王妃様とクロード王子が不仲だってことじゃないんですよ。ただ、しばらく暗い顔をしていて……、そのあと気づいたときは、今みたいに、表面上だけ笑うようになっていました」


 まるで心を殺しているように見えたと言うセリーヌに、遥香は言葉を失う。


 セリーヌは一転して暗い表情を浮かべた遥香の口に、クッキーを押し当てた。


「そんな顔をなさらないで。わたし、嬉しかったんですよ?」


 口を開けてクッキーを頬張った遥香は、咀嚼しながら首を傾げる。


「クロード王子は、ちゃんと、自分を見せることのできる人と結婚できるんだって、安心しましたの。クロード王子が誰かのためにあんなに怒るのははじめて見ました。それだけリリー様のことが大切なんでしょう。だから、嬉しかったんですよ」


 遥香はクッキーを噛み砕きながら、同じようにセリーヌの言葉を噛み砕いて考えた。


 クロードとはじめて会ったとき、意地悪で怖い人だと思った。でもあれは、遥香を結婚相手として、素を見せてくれていたからなのだろう。遥香は怖くて逃げてばかりいたが、今ならわかる。クロードはクロードなりに、嘘の自分ではなく、本当の自分を見せることで、誠実に接しようとしてくれていたのだ。


(わたしはちゃんと、向き合えているかしら……?)


 クロードのことはもう怖くない。けれど、遥香はクロードにきちんと向き合えているだろうか。


 今、この国にいる間に、もっとクロードのことを知りたいと、遥香は思った。

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