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ピザはところどころ焦げたが大満足の仕上がりで、バーベキューと摘みたてのイチゴで大満足の昼食を終えた遥香たちは、目的地のフラワーパークを訪れた。
薔薇が見ごろだそうだが、そのほかにも
小高い丘のような園内を弘貴と手をつないで歩く。
昼すぎになって、空は少し曇り気味になってきたが、それでも雲の合間から日差しが差し込んで、日差しを浴びた色とりどりの花々が宝石のように見えた。
「すごい、きれい! わたしこんなにたくさんの薔薇を見たの、はじめてです」
「俺もはじめてかな。薔薇ってこんなに種類があるんだね、知らなかったよ」
「薔薇って二万種以上もあるらしいですよ」
「そんなにあるの? よく知ってるね」
「勉強したんです! ……なぁんて、実は看板に書いてありました」
えへ、と笑いながら種明かしをすると、弘貴に軽く額を小突かれる。
「嘘をつくなんてひどいな」
そのままわき腹をくすぐろうとするので、遥香は慌てて弘貴の手から逃げ出した。
「わ、くすぐるなんてひどいです!」
「嘘をついた君が悪い」
「すぐに種明かししたじゃないですか」
逃げ出したのにあっさりと捕まってしまい、弘貴の腕に捕らわれたまま、遥香は目の前の薔薇に視線を向けた。
「あ、プリンセス・ド・モナコ! わたし、この薔薇好きなんです」
すぐ目の前に白い花びらの先だけピンクに染まった花が咲き誇っている。
「へえ、モナコ大公妃グレース・ケリーにささげられた品種なんだ」
薔薇の根元に立てられている説明書きの看板を読み上げて、弘貴は感心したように頷いた。
「確かに品のいい薔薇だね。比較的育てやすいみたいだよ。うちのバルコニーでも育つかな」
「薔薇って結構大変だからだめですって!」
弘貴が、明らかに買おうとしているようなので、遥香は慌てた。つきあってまだ日が浅いが、弘貴は遥香が好きだと言ったらすぐにそれを買おうとするのだ。ここ数日で、すでに遥香は嫌と言うほど思い知らされている。
例えば弘貴の部屋で映画を見ていた時。何気なく「ホームシアターとかがあったら、迫力が違うんですかね」とつぶやいたがために、弘貴は本気でホームシアターを買おうとしたし――遥香が慌てて止めた――、カフェで飲んだ紅茶――希少価値の高い品種とかいうグラム何千円の高価茶葉――が美味しいと言えば、こっそり買ってプレゼントされた。そういえば、つきあう前に行った水族館でも、口には出さなかったが、遥香がいいなぁと思ってみていたペンギンの絵柄のハンカチもこっそり買ってプレゼントしてくれた。
(すぐに何でも買おうとするんだもん。危ない危ない……)
プレゼントは嬉しいけれど、度がすぎるのも考えものだ。
「でも、家にあったらいつでも見れるよ」
「……いくら四季咲きでも、一年中咲いているわけじゃないと思いますよ?」
「そうなの?」
弘貴はまだあきらめていない様子だったが、遥香が手を引くと次のコーナーに向けて足を動かしてくれる。
ひとしきり薔薇を堪能して、胡蝶蘭を見るために温室に入ると、むわっと高い室温の温室の中には、胡蝶蘭のほかにも多湿な環境を好む植物がたくさん並んでいた。
中には見たことある観葉植物の姿もある。
「あ、パキラ! 実家のリビングにあるんですよ」
「そうなの? 俺のじーさんの家には、ほら、あそこにあるようなコーヒーの木があったよ。あんなに大きくはなかったけどね。高校のころ、コーヒー豆を自家焙煎してやろうと思って実がなるのを待ってたんだけど、結局ならなかったなぁ。たぶん育て方なんだろうけと」
二年くらい待ったけど一向になる気配がないから、諦めて
「二年も待ったんですか?」
「そうなんだよね。もっと早くに気がつけばよかったんだけど、じーさんが、『来年くらいには実がなるだろう。待つことも大事だ』っていうから待ってたんだけどさ。ほんと騙されたよ。生豆買って帰ったってばれたら『辛抱がたらん!』って怒ってたけど、年寄りの一年と高校生の一年じゃ、時間の流れ方が違うんだってわかってほしいね」
「おもしろいおじいさんですね」
「頑固で偏屈なだけだよ。―――しばらくじーさんの家には行ってないけど、今、あの木はどうなってるのかな」
「まだあるといいですね」
「そうだね。もし実がつきはじめていたら、今度こそあの木の実で自家焙煎しよう」
他愛ない話をしながら進んでいくと、目当ての胡蝶蘭のコーナーが見えてきた。
色とりどりの胡蝶蘭が豪華さを競うように咲いている。
「胡蝶蘭って、なんかこう……、圧倒されちゃいますよね」
「確かにね。それに、これだけ並んでいると圧巻だ」
遥香は胡蝶蘭のそばに立てられている説明書きの看板を読みながら、あ、とうっすらと頬を染めた。
(ピンクの胡蝶蘭の花言葉……、あなたを愛しています、って言うんだ……)
何となくだが、弘貴と一緒に見ていることが少し恥ずかしい。
そっと弘貴の顔を見上げると、胡蝶蘭に見入っていた彼の視線が遥香に向いた。
「楽しい?」
微笑まれて、そう訊ねられる。
「はい……」
胡蝶蘭の花言葉ではないが、この人の本当に好きだという気持ちが、つないだ手から伝わればいいのにと遥香は思った。
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