10

 昼食後、アンヌが夕食のメニューのことで料理長と相談があると部屋から出て行くのと入れ違いで、アリスが部屋にやってきた。


 朝からずっと機嫌の悪かった妹だが、ようやく機嫌をなおしたらしい。にこにこしながら部屋に入ってきたアリスは、お菓子の入ったバスケットを片手に持ち、つばの長い帽子をかぶっていた。


「お姉様、湖に行きましょう!」


「湖? でも、午後から雨が降るかもしれないってアンヌが言っていたわよ」


「雨なんて降らないわよ! アンヌの読み間違いじゃないかしら? リリックに聞いたら大丈夫だって言ってらもの!」


 自信満々にアリスは言うが、この手の勘でアンヌが外したことはほとんどない。


 大丈夫かしらと不安になる遥香の手を引いて無理やり立たせると、アリスは遥香の部屋の中を勝手にあさって帽子を探し出し、無理やり頭にかぶせた。


「さ、行きましょう。リリックとクロード王子は先に行って待ってるわ!」


 クロードたちが待っていると言われてはどうしようもない。


 遥香はアリスに手を引かれるままに別荘を出ると、歩いて十分ほどのところにある湖に向かった。


 確かに、アリスの言う通り、からりと晴れた空に雨雲の気配はどこにもない。


 太陽の光を反射してキラキラ輝く湖に見とれていると、アリスが近くの小屋の中に入って行ったのを見て、遥香は慌てて追いかけた。


「アリス、何をしているの?」


「お茶の準備よ。お姉様も手伝ってくれる? テーブルの上にお菓子とお茶を準備していてほしいの。リリックたちがお湯を沸かすための小枝を拾いに行っているはずだから、わたしはリリックたちを呼んでくるわ」


「そうなの、わかったわ」


 遥香は頷くと、アリスに言われた通りにバスケットに入っていたお菓子をテーブルの上に並べて、あとはお湯を用意するだけでいいように、ティーセットの準備を整えていく。


 物置がわりにも使われている小屋だから、散らかっている荷物も端に寄せ、狭い小屋の中に快適な空間を整えて満足すると、遥香は木の椅子に座ってアリスがリリックたちを連れて戻ってくるのを待つことにした。


 しかし、どれだけ待ってもアリスが戻ってこない。


 窓のない小さな小屋のため、閉鎖された空間では時間の感覚も曖昧あいまいで、急に不安になった遥香は小屋の戸に手をかけた。――だが。


「開かない……?」


 押しても引いても、戸が開かない。ガタガタと扉が揺れるだけだ。


 遥香の顔から血の気が引いた。


「アリス? アリス、そこにいないの!?」


 ドンドンと拳で戸を叩いてみるが、外からの返事はない。


 しばらく開かない木戸と格闘していた遥香だが、どんなにがんばってもピクリとも動かないとわかると、へなへなとその場に膝をついた。


 木戸を引っ張った際に棘が刺さったのか、手のひらがズキズキと痛む。


 遥香は痛む手をそっと握りしめて、茫然ぼうぜんと膝を抱えたのだった。

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