護衛人〜ボディガードと学生の両立は難しいようです

岡島冬馬

第1話

俺の視界に異質な存在が見えた。

 夕暮れに染まる街の中、真っ黒のスーツで身を覆う二人組とその二人に押さえつけられている制服の少女。


「離せ!私に触れるな!」

「黙れ」

「あぁっ!」


 悲鳴とともに少女の頬は赤く染まった。


「大人しくしろ。黙ればこれ以上は傷つけない」


 少女は黙りはしたものの鋭い眼光で男たちを睨んでいる。

 すごいな。この状況で怯えずにいるとは、よっぽど肝が座っているんだろう。


「おい、急ぐぞ!誰かが駆けつけてくるかもしれん」

「了解」


 少女の口を塞ぎ、車に押し込む男たち。


 今は夕方だというのに大胆な犯行。少女にとって運の悪いことに周囲にはだれもいないからこそできるものだ。


 こんな誘拐現場一生で一度も見られるものではないな。

 冷静に観察しているが何もしないのはまずいよな。


「おい、お前らそこで何してる!」



 こいつら以外に誰もいないと思っていたが人がいた。

 格好からして学生だろう。

 この状況を見て、素早く行動に移す。正義感に溢れている男なんだろう。

 俺なんて、何もせず陰から見てるだけだぞ。


「見られた!やるぞ」


 一方の男が懐から黒光りの物体をだした。

 そしてパシュっと小さな音が響く。


「ぐっっ!」


 学生が胸を抑えて倒れる。まさか撃たれたのか?

 おいおいまじかよ。黒ずくめの男が握っていたのは銃だった。こんなところで発砲しやがった。

 ただ銃声は大きくなかった。銃の先端に長く細いものが付いている。おそらくサプッレッサーだろう。

 

 俺はとりあえず携帯で救急車を呼ぶ。

 遠くからではあるが出血はしていない。銃はおそらく本物だろうから運良く胸元にあった何かに当たったのか?

 確認のため、男の服を脱がそうとすると胸ポケットに手帳が入っていて、そこに銃弾が当たっている。 


手帳を手に取ろうとすると、数枚の写真が落ちた。

慌てて拾い取ると、その写真には今、誘拐されている少女の写真があった。

どの写真も視線がカメラに向いていない。つまり盗撮だろう。

こいつ、まさかストーカーか!

誘拐に、ストーカー、よっぽどついていないんだな。少女に同情する。

 


「やばい!人が集まってきた!逃げるぞ」

「了解!」


 男たちは少女を強引に車に乗せ、急発進でその場を去る。



 俺は決して面倒なことには関わりたくはない。

 平穏な日常こそが幸せなんだから。

 けっして愚かな正義感に走ろうとはしない。


 だからこれからすることは正義感でもなんでもない。




 ちょっとした人生のスパイスってやつだ。




 俺は停めていたバイクにまたがり、男たちの車を追う。

 車種とナンバーは覚えているので、最悪、見失ってもなんとかなる。


 俺はばれないように一定の距離を保って追う。

 いまここで追い付くこともできるが、相手は銃を所持している。

 銃を撃ってくる場合、俺だけでなく銃の跳弾で他の人を巻き込みかねない。


 車は人気のない道を選んで走行する。

 このままでは俺が追ってるのがバレてしまう。


 仕方がない、俺は一旦バイクを止める。

 スマホを取り出し、数回コールすると気だるげな声が届くが無視して用件だけ済ませるか。


「ちょっと、手を貸せ」



 @@@@@@@@@@@@



 俺は先ほどまでいたところから20km離れた山にある倉庫にやってきた。

 俺が追っていた車がそこに停まっていた。

 携帯で警察に事情を伝える。山奥だから警察の到着は遅れるだろうな。


 警察に電話を切らないで、近づかずじっとしていろと言われたが無視して電話を切る。

 俺は中に入ったであろう男たちと少女を探す。


 倉庫の中は薄暗く、身を潜めるにはうってつけの場所。

 大きな声が聞こえた。そちらの方を見ると倉庫の片隅に男たちと少女がいた。

 少女は片手首が柱と手錠で繋がれており、口元はガムテープで塞がれている。


 拳銃や手錠といい、一体どこで手に入れたのか。


 俺は少し場所を移動して彼女たちに近づく。

 ひっそりと物陰に隠れて、様子を伺う。


「やってやったぞ!これで1億ゲットだ」

「おい、まだ油断するな。取引が終わって初めて成功なんだよ」

「でもやっぱり俺たちすごいぜ。堂本グループの一人娘、堂本梨奈を誘拐できるなんてな」


男たちが少女を見下ろす。


「んっっ、ん!」


 少女はどうにか手錠を外せないかと踠いているが、外せないようで、男たちをにらんだ。


「この状況にびびるどころか俺たちを睨んでくる。生意気なお嬢様だな」

「くそ犯したい」

「やめろ、何も傷をつけないことが条件だ。傷をつけたら報酬が十分の一になるんだぞ。それにもうすぐ取引相手がくる」

「わかってる。だが傷をつけなければいいんだろう。汁をかけるのは問題ないだろ。強気な女が俺の汁で汚されるとか至高だろ」

「どんな変態なんだお前は」


 それは俺も同意見だ。

 


 どうやら、俺の存在には気づいていないようだな。

 バイクは離れたところに停めたのでエンジン音は聞こえなかっただろう。


 話の内容をまとめるともうすぐこの場所で彼女に関する取引が始まる。それまでに少女を救わなければ。

取引が終わってしまうと彼女の足取りを追うことは困難を要する。


「俺は外で一服する。まぁ俺が見てないところでするのはかまわん。早く済ませろよ」

「やったぜ!楽しもうなお嬢様」


 変態男は少女を舐めるように見る。

 それでも少女に怯えた様子はなく、男を睨んでいる。


「これは1本で収まりそうにないな」


 一人男は外へ出て行った。

 ようやく別れてくれた。

 今残っている男が銃を所持していることはさっきのことで確認済みだ。おそらくもう一人も持っているだろう。

銃を持っている二人組とはやりたくない、面倒だ。

確実に一人づつ。


「あいつもいなくたったことだし、やるか。しっかり見てくれよなお嬢様。その方が興奮する」


 男はズボンのファスナーに手をかける。油断している今がチャンス。

 俺はその場から加速して男の背後を取る。気づかれるような下手はしない。


 男の首を後ろから腕で締める。


「ぐっっっ!」


 男は突然のことに体が硬直するがすぐにもがく。が俺の腕は振りほどけない。

 長い時間締めてようやく、男の体が伸びた。

 多分死んではいない。...多分


「おい大丈夫だったか?」


 俺は少女の口元のガムテープを剥がす。


「もっとやさしく取りなさいよ!」

「威勢がいいな、助けられたやつが言うセリフじゃないぜ」

「あ、あんた何者?」


少女は助けられたことに安堵するより、俺を訝しむことの方が勝っているようだ。

学生服着たやつがこんな怪しい現場にいるってのはおかしいもんな。


「放課後の寄り道が大好きな高校生だ」

「寄り道で誘拐現場に飛び込む高校生がいるわけないでしょ!」


 確かにそのとおりだ。


「そんなことよりはやく逃げるぞ」

「この手錠を見てよくそんなことが言えるわね」


 少女は繋がれていない方の手で手錠を指差す。


「そういえばそうだった。こいつが鍵持ってないのか」


 俺は倒れた男の服のポケットを探す。鍵は簡単に見つかった。


「お、あった」


 もう一人の男が手錠の鍵をもっていたとしても解除する方法はあったんだが、手間が省けた。

 俺は鍵で少女の手錠を外す。


「ほら、外れたぞ。少し離れたところにバイクを停めてる、もう一人が帰って来るまでに逃げるぞ。警察もすでに呼んでいる」

「待って」

「いや、待てないだろ。状況わかってんのか?」


 俺の言葉を無視して、少女はポケットからハンカチを取り出し倒れた男から銃を取りあげた。


「そんな物騒なものどうすんだよ」

「もしあいつらが逃げたときのためにこの銃の指紋から犯人特定してやるのよ」

「なるほど」


 こんな状況なのに冷静な判断ができるやつだな。


「でもお前が所持していい物ではないから預かっておく」


俺は少女の手から銃を抜き取る。


「何すんのよ!」

「これは俺から警察に渡しといてやる。それよりさっさと逃げるぞ」



 俺は少女の手を掴む。緊急時だし、早く逃げたいからな。


「私に触るな!」

「いいから黙ってついて来い!てか大声で叫ぶな、ばれるだろ」


 倉庫を抜け出し駆け抜けた。

 おそらく少ししたらもう一人の男が戻ってきて異常に気づくだろう。

 それまでにできるだけ離れなければ。


少女の手を引き、俺たちはバイクを停めた場所についた。


「ほれ、これをかぶってしっかり捕まれよ」


 俺はヘルメットを少女に投げる。


「よかったな、俺がヘルメット二つ持ってて。じゃなきゃ違反で捕まるぞ」

「そんなこと言ってないでいいからはやく行きなさい!」



 それもそうだ。

 少女が俺の腰を掴んでいることを確認して俺は急いでその場から逃げた。


 途中、数台のパトカーとすれ違った。

 しっかりと犯人を捕まえてくれることを願う。




 それから程なくして少女が誘拐された辺りに戻ってきた。

 近くのコンビニにバイクを停める。


「この辺でいいか」


 俺は少女をバイクから降ろす。


「じゃあな。もう誘拐には気をつけろよ」

「ちょっと待ちなさい!」

「ぐっっ、」


 俺は腹部を殴られた。

可憐な見た目からは想像もできないほどの威力が襲ってきた。


「いきなり殴りやがって、何すんだよ」

「逃げるな。助けてもらったお礼がまだだから」

「そんなのいらねーよ」

「いいから止まりなさい」


 聞かないで逃げてもいいのだが、ここで逃げたらもっとろくでもないことになる予感がしたので言われるがままにバイクを止めた。


「別に礼なんていらないから、帰らせろ」

「あんたどこの生徒」

「なんだよ、藪から棒に」

「いいから答えなさい」


 なんでこんなに態度がでかいんだよ。誘拐されるってことはこいつそれなりのお嬢様だろ。お嬢様ってやつはみんなこうなのか。


「西条高校だ」


俺は少女の質問に素直に答える。


「あら、それは幸運ね」


 少女は懐からスマホを取り出すと、どこかへかけ始めた。


「臼井、ちょっと聞きたいんだけど。ちょっと待って、あんた名前は」

「名前は森林伐採だ」

「森林伐採って名前なんているわけないじゃない!ええっと何・・・、あんた、真嶋空って名前よね」

「なんで俺の名前がわかんだよ」

「あんた臼井の前でもそのおかしな名前使ったでしょ」

「臼井って西条の理事長のことか!」


 俺の声を無視して少女は電話を続ける。


「そいつを転入手続きしなさい。私の学校に転校させるから」

「は?何わけわからないこと言ってんだよ」

「それでお願い。それじゃあ」


 少女は通話を切った。


「そういうわけだから。来週から秀麗の生徒よ」

「おい、ふざけたこと言ってんじゃねぇよ」

「私なりのお礼よ」

「それのどこがお礼になんだよ。俺が嫌がってる時点で礼にはならねぇ」


 何が嬉しくて転校せにゃならん。俺は今の高校は結構気に入ってんだよ。


「あんたがどれだけ言おうがもう決まったことよ。来週西条に行っても席はないわよ」

「まじかよ」


 電話一本で一生徒を転校させるとか、この少女は何者だ?臼井とも知り合いのようだが。


「色々と説明したいから私の屋敷に連れて行きなさい」

「俺が連れて行くのかよ。拒否権は?」

「あるわけないでしょ」

「はあぁ」


 目の前の少女は邪悪な笑みを浮かべている。

 しかし、すぐに笑みを消し、真剣な眼差しを俺に向ける。


「まだ、言葉で礼を言っていなかったわ。空、助けてくれて本当にありがとう」

「その礼だけで十分なんだが、はやく家に帰らせて」



 そしてこれから俺の人生を大いに変える一言を梨奈は笑顔で言った。


「私の名前は堂本梨奈、これから私のボディガードとしてよろしくね」


 俺の人生、今ほど間抜けな顔をしたことはなかったと思う。











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