第88話 わくらば 7

 ティーノの店でステラ初の今川焼きに挑戦した。

 ティーノに作ってもらった生地を一先ずフライパンで焼いてみた。

 そして挟むあんこもティーノに作ってもらったやつだ。

 結果、とても美味しかった。

 外観は金型が出来ないので平らになっているが、このまま売りだしても売れると思う。


「これなら売れるよね」


「僕が作ってますからね」


 素直な感想を述べたらティーノが得意満面になった。


「問題は、これをデイズルークスが再現できるかなんだよなあ。火加減を覚えてもらわないとだし、デボネアのつくる金型の熱の伝わり方は、今日使ったフライパンとは別物だしなあ」


 作業者が変わった時に同じ味を再現できるのかは心配だ。

 4M変化点の中でも特に人が変わった事による不具合は多いため、どうしても気になってしまう。

 4Mとは人(MAN)・材料(MATERIAL)・機械(MACHINE)・方法(METHOD)のよっつの頭文字がMであることからそう呼ばれている。

 これらに変化があったときに不良が出やすいとされており、実際にその通りなのだ。

 なお、これに測定(MEASURE)を加えて5Mとしているところもある。


 今回の今川焼で例えるなら、調理した人がティーノ、材料は小麦粉やあんこに使用した豆や砂糖、機械はフライパンやかまど、方法は焼く条件となる。

 人の変化は調理するのがティーノから変わる事だ。

 細かいことを言えば、ティーノが調理をするにしても毎回同じ体調と心理状態であるかというのも変化点となる。

 風邪をひいて鼻が詰まっていれば、当然味見するときの味覚に変化が起きる。

 使用する材料が変われば味も変わるし、フライパンで焼いたものを金型に変更すれば火の通りも変わる。

 焼くのを煮るや生食に変えるのは出来ないから、変化が有るとすれば火力だったり焼く時間となるだろうか。

 測定は味を確認する人。

 これは味覚は個人によって異なるので、変化が大きいのはわかるだろうか。


 そんなことを考えていたらティーノの不満顔が目に入った。


「あんこや生地だって作るのは難しいよ。簡単じゃないからね」


「ああ、それもあるんだったね」


 ティーノの本業を圧迫してまでお願いは出来ない。

 今回の協力だって店で新しいデザートとして使ってもいいという条件で取り付けたのだ。

 本来ならライバルが増えるのでレシピは秘密にしておきたかったが、自分達だけではどうにもできないので泣く泣くそうしたのである。


 だが、既に生地とあんこの作り方は作業標準書が出来ている。

 これからはティーノの力をかりなくても、材料を作る事は出来るのだ。

 まあ、デイズルークスが覚えてくれないと俺がいつまでもつくるはめになるんだけど……


「さて、これを一個持ち帰ってデボネアに食べさせるかな。火の通り具合なんかも実際に食べてみればわかりやすいと思うし」


 俺が帰ろうとするとティーノが


「今から持って行くならわかるけど、明日になったら味は落ちるかもしれないけど」


 と心配してくれた。


「大丈夫だよ、収納のスキルを使えば収納したものの時間は止まるから。食べ物なら美味しさそのまま。なんなら取り出すときに湯気もでるよ」


 そう返事をした。

 ティーノには羨ましそうに見られる。


「それって運搬のジョブを持っている人のスキルだよね」


「そうだよ。でも、教えてもらえれば俺だって使えるようになるんだ」


 作業標準書スキルのお陰だけどねと心のなかで付け加えた。

 作業標準書とは未経験の人間でも、それさえ読めばその日から作業が出来るというのを目的に作られるものだ。

 そうはいってもなかなか難しいのだが、この世界ではそれが出来るスキルとなっている。

 だから、スキルの使い方を教えてもらうか、俺が見ることによってそのスキルが使えるようになる。

 品質管理のジョブであれば、作業標準書のスキルを取得することは出来ると思うのだが、俺以外にも品質管理のジョブを持っている人に出会ったことが無いので、これは想像の域を出ない。


「アルトが羨ましいよ。普通はジョブが違えばスキルなんて使えないんだから。俺も収納が使えれば料理の出前が出来るんだけどね」


「それなら収納のスキルを持った人間を雇えばいいじゃないか」


 つまるところ、デリバリーだな。

 が、俺の提案にティーノは首を横に振る。


「雇う賃金を考えたら料理の値段が何倍にもなるよ。高級取りな収納持ちなんて商人とか有名な冒険者が雇うもんだからね」


「言われてみればそうかもね。海でとれた魚を内陸まで運ぶなんて贅沢をするために雇われたりするんだろうなあ」


「お店に来られない人にも出来たての味を味わってもらいたいんだけどねえ」


 ティーノの悩みはおそらく何百年か後には解決すると思う。

 ティーノが生きているかはわからないけど。

 地球では無理だけど、ここでならアンデッドになって何百年も存在するなんてことも可能だからなあ。

 それは生きているとは言わないか。


「そうだ、アルトうちでバイトしない?」


「いや、遠慮しておくよ。ギグワーカーってがらでもないしね」


 ティーノのスカウトは断った。

 昼間に冒険者ギルドで仕事をして、夜は出前のギグワーカーをするほどお金を貯めようとも思ってない。

 流行りのFIREを目指してもいないし。


「ギグワーカー?」


 ギグワーカーという言葉はステラには無いので、ティーノに説明をする。


「単発の仕事をする人っていう意味かな。注文が入った時にだけ運搬の仕事をするっていう事だよ」


 そう言った時にふと気が付く。

 そもそも店に来ないで注文はどうするんだろうか。

 電話やネットでの注文は無いけど。


「家でお祝いをしたい時に料理を作って欲しいっていう話はあるんだよ。店を閉めるわけにはいかないので断ってきたけど。それで、この店で作っても運んでいるうちに冷めちゃうじゃないか」


「そういうことか」


 納得の理由だった。

 夜も遅くなってきたので今度こそ本当にティーノの店を後にした。

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