第76話 びびり
目的地に到着する。
場所は監禁場所として使用されている住宅の斜め向かいだ。
ここは犯罪ギルドの協力者の家で、監視要員が長くいることが出来る。
なにせ、人通りの少ない場所なので、路地で一日中対象を監視するのは難しい。
これが一般街ならば、屋台を出してそこの店主に扮する方法もあるが、ここでの屋台は場違いにも程があるので目立ってしまう。
協力者の家にいた犯罪ギルドの監視要員は、小柄な痩せた中年の男だった。
この体型なら目立たないだろうな。
「どうだ、変わったことはあったか?」
ガゼールは監視要員に訊ねた。
「昨日までと変わって、今日はやたらと人が来てました。たぶん連絡要員でしょうが、何か動きがあったんですかねえ?」
監視要員はそう返事をする。
「ここにいる三人が原因だろうな。オーランドが動いたが、暗殺に失敗した。狙われたけど、返り討ちにしたのがこいつらだよ」
「へえ、あのオーランドを返り討ちとは相当腕が立ちますねえ」
連絡要員の男は値踏みするように見てくる。
体は小さいが、その視線には危険なものを感じる。
おそらくはかなり強い。
何度も修羅場を潜り抜けているはずだ。
「返り討ちっていっても殺してないですよ。ちゃんと生きてて、安全な場所で保護してますから」
慌てて殺してないと弁明する。
すると、男は目を丸くした。
「あのオーランドを生け捕りとは、よっぽどですね。引退したとはいえ、オーランドがしくじるなんてのは想像出来なかった」
あの時、わずかな殺気に気づかなければ、俺は今ここにはいなかった。
紙一重の生存でしかないんだけどね。
「で、お人好しにも、その殺そうとしてやってきたオーランドの願いをきいて、娘を救出しようってんだ。神殿で手を合わせて拝んでる神様よりもご利益があってもんだろ?」
ガゼールの言葉に男は再び目を丸くする。
「お人好しか、好奇心か。いずれにしても長生きは出来ねえタイプだな」
「死ぬつもりは全くないですけど」
「みんなそう言って死んでったぜ」
ガゼールの言葉に監視要員の男も頷く。
あれ、俺って結構死にやすいというか、死地に向かうタイプなのかな。
自覚は無かったけど、そういえば最近命を狙われることが多いな。
スローライフを心掛けたいところだけど、品質管理というジョブが中々それを許してくれないだろう。
トラブルが勝手に向こうからやってくるのが品質管理という仕事だしな。
命の危険は中々ないと思うけど。
「アルトはトラブルに自分から首を突っ込みすぎなのよ。もう少し他人の事には無関心になったほうがいいと思うの」
スターレットも俺を心配してか、今までの事を諫めてくる。
「でも、冒険者ギルドで相談窓口やっているから、そうも言ってられないんじゃないかな」
「それはそうなんだけど……」
シルビアは違う意見のようで
「降りかかる火の粉を振り払えない男に価値は無いわ」
と俺の背中を叩いた。
これは認められているってことでいいのかな?
「アルトのおかげで助かった人もいるんだから自信を持ちなさい。あたしもアルトがいなければ何度も死んでいたしね」
またばんばんと背中を叩かれた。
今度はさっきよりも勢いが強い。
「痛いんですけど」
「細かい事はいいのよ」
細かくはないと思ったけど、反論してもいい事はなさそうなのでやめておいた。
ガゼールは一通りのやり取りを笑いながら見ていたが、突然真面目な顔に戻る。
「で、今夜突入する。俺達はあそこの家から逃げたした奴の監視と追跡だ。力仕事はこの三人に任せるからな」
連絡要員の男はその指示に黙ってうなずく。
「で、どうやって救出するつもりだ?」
ガゼールに訊かれたので、今考えていたプランを話す。
「【サイレンス】の魔法で音を消して近寄り、扉を開けて中に侵入します。そこで【スリープ】の魔法を使って動けなくしたことろでジャーニーを救出しようかと」
「鍵開けは出来るのか?」
「そこは問題なくできます」
金等級の盗賊から解錠を教えてもらったので、余程の難易度でもない限りは問題なく解錠出来る。
「無音で忍び寄り、解錠も出来て、制圧も楽にできるとは、俺達が仕事を依頼したいくらいだぜ」
「そういうのは冒険者ギルドを通してもらえれば検討しますよ」
「そんな表沙汰に出来るような仕事は頼まねえよ」
ガゼールは顔の前で手をひらひらと振って否定の意思を示した。
詳しい間取りを教えてもらうと、二階建ての住宅で一階は客室と厨房に浴室。
二階は寝室と書斎という間取りだった。
オーランドの娘のジャーニーがどこに監禁されているかはわかっていない。
まあ、中に侵入して気配察知をすれば大体の配置はわかるので、そこは行ってみてだな。
その後は万が一の場合に使う逃走経路を確認して、夜が深くなるのを待った。
そして深夜。
いよいよ人通りが無くなり、窓からこぼれる明かりも消え、月明かりのみが照らす時間になると俺達は行動を開始した。
【照度管理】のスキルを使って、自分達の前方に漆黒の闇を作り出す。
これで前方からこちらを視認するのは不可能となった。
窓から外を警戒していても、発見されることは無いだろう。
そこに【サイレント】で音も出ないようにする。
これで仲間内での会話も聞こえなくなってしまったので、ハンドサインで出発の合図を出す。
スターレットとシルビアも手で了解の合図をして、目的の屋敷へと侵入を開始した。
先頭は俺、シルビアがそれに続き、スターレットが最後尾となる。
この並びで監禁場所である住宅のドアまで近づいた。
ドアの向こうの気配を確認するが、待ち伏せされているような様子はない。
ドアに仕掛けられているであろう罠を確認するが、罠が仕掛けられている様子もなかった。
だが、当然ながら施錠はされていた。
なので解錠してドアを開ける。
室内に入り改めて気配を確認すると、人の気配は一階に五人。
二階はゼロ。
全て客室に集まっている。
侵入者を全く警戒してないような配置に思えた。
人の気配を感じた場所をスターレットとシルビアにハンドサインで伝え、そのまま客室へと向かう。
室内では照度調整は行わない。
こちらの視線も遮られるから相手を確認出来ない弊害があるからだ。
客室はこの住宅で一番大きな部屋で、広さでいえば大会議室くらいだろうか。
クオリティミーティングで、役員や各部署の部長課長クラスが全員出席しても、座りきれるくらいの広さのあの部屋程度の広さだ。
ドアを調べると鍵はかかっていなかった。
スターレットとシルビアに突入の合図を送り、スターレットにドアをあけてもらう。
ガチャっ
ドアがあいて室内が視認出来たところで魔法を撃ち込む。
「【スリープ】」
ジャーニーも巻き込んでしまうが、スリープの魔法は寝る以外には影響はない。
その部屋にいるのはやはりジャーニーを含めて五人。
ジャーニー以外は全員男だった。
「何だ貴様ら?」
と口が動いたように見えた。
サイレントの魔法の効果で、相手の喋った言葉は伝わってこない。
四人は魔法で眠りについたが、一人だけレジストして眠らなかった奴がいた。
髪の毛一本ない剃った頭に、鍛え抜かれた筋肉の塊みたいな肉体。
身長は2000ミリを超えているのは間違いなく、体重もパッと見で100キロはありそうだ。
そして、そこには贅肉が見当たらない。
全てが筋肉と思えるような体の作りだ。
俺の魔法にレジストしたところから判断すると、かなりの高レベルで間違いない。
事前の打ち合わせで、寝ている連中はスターレットに捕縛してもらい、シルビアにはジャーニーの身柄を確保して貰う。
そして、俺が不測の事態への備え役なのだが、早速不測の事態が起こった。
まずはジャーニーの身柄を確保出来るように、シルビアの邪魔にならない方向から筋肉達磨に攻撃を仕掛ける。
手にはいつものように大きめのピンゲージを持ち、それを筋肉達磨へと振り下ろした。
「ふんっ!」
筋肉達磨は気合いとともに、振り下ろされたピンゲージを左手で掴むと、右の拳で殴ってきた。
が、その一撃は高いレベルの格闘家並みで、俺は難なく躱せる。
そう思っていたら、手元で拳が一気に加速して俺の腹に当たった。
俺は握っていたピンゲージを離して後ろに飛ぶ。
「アルト!」
集中が途切れた事でサイレントの魔法が解けて、スターレットの声が耳に届いた。
「大丈夫だよ」
「自ら後ろに飛んでダメージを消すとはな。拳に当たった感触がほとんど無かったのは初めてだ。実戦でこんなものを見せられるとは実に面白い」
筋肉達磨が白い歯を見せて笑う。
戦闘狂か、脳筋か。
こちらは全く笑う気にならない。
立場が逆でもそうだ。
そして、相手の攻撃を受ける瞬間に自分で後ろに飛んでダメージを逃がす技は、確かにひとがやるには難しいのかもしれないが、金属はいとも簡単にやってくれる。
切断バリが何故発生するのかといえば、切断開始時は素材に剛性があるので刃具が当たった時に逃げないが、最後になると繋がっている面積が小さくなるので、刃具の勢いに負けて素材が逃げてしまうからという理由がある。
そして、切削加工においても特に鋳造品などは剛性がなくて、刃具が当たった際に素材が振動して切削面が波打ち状態になってしまう。
剛性を補うためにクランプ治具を使用するのだが、クランプ治具で押さえてもうまくいかない場合は押さえている箇所に問題がある。
治具の出来を評価するためにクランプした状態で素材を軽く叩くという方法があり、押さえが悪い場合には素材が振動して甲高い音がなるので、それで出来の良しあしが評価できるのだ。
振動しなければ音はせず、刃具が当たっても素材が逃げないということになるわけだ。
格闘技でいえば後ろに飛んでダメージを逃がすことが出来ないように、組み付いた状態から打撃を加える感じだな。
さて、俺がダメージを逃がすスキルを持っている事がわかって嬉しそうな筋肉達磨に向かて、シルビアがギリっと歯ぎしりをする。
「神殿に格闘技を主体とした戦い方をするウォリアーモンクがいるって聞いた事があるわ。神聖魔法による肉体強化で、普通の格闘家とは違った動きをするっていうのを一度だけ見たことがあるわ。今のはその動きみたいだわ。だとしたら今回の誘拐と暗殺を後ろで動かしていたのは神殿ってことになるわね」
「御名答。まあばれてしまったからには生きて返す訳にはいかなくなったがな。オーランドは失敗したが、俺はわざわざ外部の人間を使うのには反対だった。最初から俺に任せておけばいいものを」
筋肉達磨は俺達を逃がすつもりがないのか、あっさりと自分達が神殿所属であることを認めた。
「まったくもって同意です。俺を狙うのにわざわざ他人を巻き込む必要なんてどこにもないですからね。で、他にも仲間がいるんですか?」
「今回は俺達だけだ。なに、この俺がいれば万に一つの間違いもない。後詰めなんて不要だ」
「万に一つの間違いもない。工程能力としてはまずまずですが、果たして、万に一つ程度で満足でしょうか?」
筋肉達磨から聞き出した情報が本当なら、今回の事件はこいつらを捕まえればひとまず暫定対策は終わるな。
そして恒久対策か。
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