第10話 工程確認していたら不良を発見しました
「ゴブリンが3体くるぞ」
先頭のカイエンから声が飛ぶ。
相手もこちらに気が付いているようだ。
「声をだしていいのか?こう云う時ってハンドサインなどで音を立てずに知らせるもんじゃないの?」
俺はスターレットに耳打ちした。
「それは相手がこちらに気づいてない場合よ。スカウトもいないから、不意打ちを食らう事はあっても、相手がこちらに気づかないなんてことは無いわね」
スターレットはそう教えてくれた。
つまり、スカウトがいるのであればハンドサインを使うという事か。
それだと標準作業はなんなのっていうことになるな。
標準作業とは決められた作業のことであり、それ以外は異常作業となる。
異常というと何やらよくないように聞こえるが、傷の手直しなどは全て異常作業だ。
手直しをして良品にするのは悪いことではない。
良いことでもないけどな。
彼我の距離が無くなり戦闘が開始された。
「あれ、遠隔攻撃できるシエナとナイトロが攻撃しなかったぞ」
俺はスターレットに疑問を投げた。
遠隔攻撃できるスキルがあるのだから、前衛が接敵する前に攻撃を叩き込めばいいのに、彼らはそうしなかった。
何故なのか?
「シエナは呪文を唱える時間が無かったのよね。ナイトロも弓を構えるのが間に合わなかったわ」
スターレットが解説してくれる。
折角の長所を活かしきれていないのか。
第六世代の液晶パネルの生産で使用する、ドラフトチャンバーを加工する門型MCで、■ボドリルでやるような小型の冷却フィンの切削の仕事をやるようなもんだな。
「常に弓に矢をつがえながら歩くと危ないでしょ」
スターレットがそう付け加える。
確かに誤射の可能性はあるよね。
でも、前世だと弓手が弓と矢を持って歩いていたような気もしたが。
「なにも戦闘になってから、矢を矢筒から取り出すこともないんじゃないかな。最初から手に持っていれば、今回は先制攻撃が出来たと思うよ」
見れば、カイエンとランディがゴブリンと戦っているが、シエナとナイトロは味方に攻撃が当たってしまうため、今は見ているだけだ。
効率が悪いったりゃありゃしない。
「駄目だな。戦闘が膠着状態になってて、下手したらカイエンかランディがやられるぞ」
カイエンもランディもゴブリンの攻撃によって、少しずつ体に傷を負っていく。
ダメージが蓄積すると危ないかな?
「助太刀してくる」
「気を付けてね」
スターレットに見送られて、俺はカイエンとランディが戦っている前線に出た。
迷宮の通路は広く、俺が二人に並んでも十分に戦える広さだ。
「助太刀するよ」
ショートソードを抜くと、作業標準書のスキルを使い、あっという間にゴブリン3体を屠った。
「すまない。てこずってしまって」
カイエンか礼を言ってくる。
俺はそれを手で制した。
「いいって。俺のわがままで護衛してもらってるんだから、少しは手伝わないとね」
さて、ここで反省会だな。
ナイトロのまずさを改善しなくては。
「今回は弓による先制攻撃が出来たと思うんだけど」
俺はカイエンに向かってそう言った。
「確かにその通りだ。ナイトロがもっと早く矢をつがえることが出来ていたなら、2対3っていう数的不利は無かったかもしれない。帰ったら反省会だな」
カイエンはナイトロに目線を投げる。
「帰ったらじゃなくて、今ここでやろう」
「え?ここでか」
俺は今やるべきだと主張すると、カイエンは驚いた顔をする。
「反省会っていうのは酒場で酒を飲みながらやるもんだろ」
気持ちはわかるのだが、すぐにやるべきだろう。
製造業にはQRQCというのがある。
クイックレスポンスクオリティーコントロールの頭文字だ。
ラインで不具合が出た場合、機械を止めてその場で対策を話し合うのだ。
そうしないと、ずっと不良を作り続けることになるからだ。
だいたい、酒を飲みながらの反省が、次の冒険にきちんと活かされるのかわかったものじゃない。
「いつやるの?」と訊かれたら、「今ですね」ってなるだろ。
俺は
「今ここで反省会をするぞ」
と、全員を集めた。
不満な口吻でもあるかと思ったが、全員が真剣に悪かったところを考えて話し合う光景に、俺の理想の職場がここにあったなと、ちょっとだけ感動した。
弓手が迷宮内でどうすればいいのか、戻ったらベテランに確認することにして、暫定対策として両の手に弓と矢を持って移動することになる。
恒久対策は次の冒険までにできればいい。
言い回しが品質管理っぽくなってしまったなと、俺は一人で笑ってしまった。
「どうしたの?」
スターレットが不思議そうに俺の顔を覗き込む。
「いやなに、自分は
改めて訊かれると恥ずかしいな。
「なんかアルトの顔が赤くなってるよ。恥ずかしいの?」
ニヒヒとスターレットがからかうように笑う。
そうか、顔が赤いか。
赤はいかん。
思想的ななにかではなく、製造業では不良の色だからな。
「そろそろ進んでもいいかな?」
どうやら俺とスターレットが話しているうちに、カイエン達は隊列の再確認が終わっていたようだ。
工程監査の時に、気になった事を確認していたら、別の監査員が次の工程を確認し終えたようなバツの悪さだな。
少し進むと前から土煙をあげて走ってくるパーティーが見えた。
なんだろう、とても焦っているように見えるな。
「お前ら逃げてくれ!トレインになっちまった!」
先頭の男が叫んだ。
トレインって、モンスターの大名行列みたいな奴か。
「トレインだって!?俺達も逃げるぞ!!」
カイエンの指示で俺以外は回れ右して、迷宮の出口の方を向く。
「アルト、ボサッとしてないで逃げるわよ!」
スターレットに促されるが、俺は横に首を振った。
「トレインを実際に見てみたいし、不良とわかっているなら、それを後工程に流さないようにするのも品質管理の仕事だよ」
俺は彼女にそう言った。
「じゃあ、私も残る。アルトと一緒に戦う」
スターレットは自分も残ると言ってきた。
「駄目だ。スターレットを守りきれる自信がない。みんなと一緒に逃げてくれ」
「嫌!ここでアルトを置いていったら一生後悔する。私も残る!」
気付けばスターレットは目を真っ赤にしていた。
彼女の頬に一筋の涙が流れたのを見て、俺は決意した。
「早くしろ!!」
カイエンが怒鳴ってくる。
「先に行ってくれ。スターレットと一緒にここでトレインを食い止めて時間を稼ぐ」
俺がそう言うと、カイエンは首肯した。
「入り口の兵士に伝えてくる。戻ってくるまで死ぬなよ」
「ああ」
そう言うとカイエンは入り口に向かって走り出した。
彼らの足音が遠退いていくのとは逆に、多数の跫音が迫ってくる。
「スターレットは少し後ろにいて。思いっきり剣を振るうから、巻き込みたくないんだ」
スターレットは俺の言うことを聞いて、少し後ろに下がってくれた。
これで心置き無く戦える。
頼むぞ、作業標準書。
8時間同じ作業を続けられるはずだよな。
心の中でそう言い聞かせ、自分を奮い立たせる。
見えてきたトレインの先頭は迷宮蝗の大群だった。
蝗と言ってもかなりでかい。
平均で500ミリの体長で、大きいものでは800ミリに達する個体も出るのだ。
俺はそれを標準作業のスキルを使って斬っていく。
スターレットには荷が重いモンスターなので、一匹も通すわけにはいかない。
幸いなことに、迷宮蝗は銀等級以上の冒険者なら群れでも怖くないので、あっという間に死骸の山を築くことが出来た。
「終わりが見えてきたかな?」
迷宮蝗に混じった迷宮蟻の死骸もちらほらと出てきた。
蝗と蟻だと速度も違うから、迷宮蟻はトレインの後ろの方になるんだろうか?
断定はよくないな。
迷宮蟻が迷宮蝗の後ろになるFTAを実施しないと。
などと考えるくらいには余裕があった。
トレインの最後尾が来るまでは。
「でかい蟻?」
「迷宮女王蟻よ」
俺がでかい迷宮蟻に驚くと、それが女王種であることをスターレットが教えてくれる。
普通の迷宮蟻が1000ミリ程度なのだが、こいつは2000ミリを越えている。
大きさは感覚的なものでしかないがな。
早く測定スキルが欲しい。
「でかいだけで、所詮は蟻!」
そう言って俺はショートソードで斬りつけた。
パキィィィィン――
乾いた金属音がして、ショートソードが折れる。
「やはり刃物の寿命管理は必要か」
思わず前世の癖で、刃物が折れた時の対策を考えてしまう。
ショートソードにはカウンターがついていないので、どれくらいの数の敵を斬ったのかわからないが、相当疲労が溜まっていたのだろう。
前世なら破断面の確認をしているところだ。
「アルトっ!」
スターレットの叫び声で我に返る。
いかん、つい刃物が折れると考え事をしてしまう。
もう、門型MCで夜間にプログラムを走らせて削った試作型の、粗削りの刃物が折れて、仕上げの刃物が削れているはずのところにぶつかって更に折れる事故なんてここにはないのに!
「もうこれは使い物にならないか」
折れたショートソードを迷宮女王蟻に投げつけるが、当然ダメージは入らない。
「私のショートソードを使って」
駆け寄ってきたスターレットから、ショートソードを受けとる。
「ありがとう」
お礼を言ってすぐに迷宮女王蟻に斬りかかった。
相手も二本の前足で攻撃してくるが、俺はそれを斬り落とす。
「――ッッア!!――」
よくわからない叫び声を出す迷宮女王蟻。
俺はその頭と胴を繋ぐ箇所にショートソードを突き立てた。
返り血が臭い。
暫くは足をバタバタと動かしていた迷宮女王蟻も、次第に力が無くなっていき、終いには息絶えた。
「ふぅ、これで全部か」
やりきったと思ったら、一気に疲労がこみあげてきた。
周りは虫の死骸だらけである。
「終わったわね」
微笑むスターレットに俺はショートソードを返そうとした。
だが、彼女はそれを受け取らない。
「まだ、ここから入り口までモンスターに遭遇しないとも限らないから、それはアルトが使って」
そう言われた。
「そうだね。じゃあ、使わせてもらうよ。それにしても、二人じゃ持ちきれないほど素材が落ちてるよね」
虫のモンスターでも使える部位はある。
決して高価ではないが、これだけの数ならそこそこの金額になるはずだ。
「持てるだけでいいじゃない。生きて帰れるならそれでいいよ」
それもそうかと、袋に入るだけ詰めていると、カイエンが入り口の兵士を連れて戻ってきた。
「生きていたか!」
「なんとかね」
虫の死骸の山を見て驚くカイエンに俺は軽く頭を下げた。
まさか戻ってきてくれるとは。
その後はみんなで素材を拾って、かなりの数を回収することが出来た。
「今日はここまでかな」
先ほどからの疲労感と相談した結果、俺はそう結論を下した。
工程確認をしていたら、とんでもない不具合を発見して、選別からのQRQC突入みたいな感じだな。
暫定対策まで出来たら、達成感からもう工程確認はやる気になれない。
今回も迷宮探索という工程確認の最中に、トレインという不具合にぶち当たったので一緒だよね。
自分にそう言い訳をして、冒険者ギルドに戻ることにした。
迷宮を出たところで、スターレットが俺の袖を軽く引っ張った。
「ねえ、アルト」
「どうした?」
かしこまったスターレットを見て、俺は何だろうと思った。
彼女の次の言葉が想像できなかったからだ。
「私も残るってわがままを言ってごめんなさい。迷惑だったよね?」
「なんだ、その事か。迷惑じゃないよ」
「本当にそう思ってる?」
「ああ、本当だよ。スターレットがいなければ、俺は素手で迷宮女王蟻と戦わなきゃならなかったんだから」
「それなら良かった。あの時アルトを残して逃げたら、もう会えないかもしれないって思ったら、どうしても一緒に戦わなきゃって。でも、実際のトレイン見たら足が振るえて何も出来なかったの」
俺は暗い顔のスターレットの頭を優しく撫でてあげる。
「その気持ちはとても嬉しいよ。でも、無理は良くないね」
と言って、俺はまた前世を思い出した。
作業者は不具合を見つけたら「止める・呼ぶ・待つ」だったなと。
作業を止めて、上司を呼んで、その指示を待つのだ。
作業者は自分の判断で不具合に対処してはだめだ。
正しく判断が出来る力量を持った者の指示に従わないとね。
今回俺は上司ではないが、逃げろという指示には従って欲しかった。
俺が対処できないモンスターが居たら、スターレットはここにはいなかっただろうから。
ただ、作業者はみんな良かれと思って行動しているのも事実。
その善意をいい方向に向かわせてあげるのも、品質管理の役目だな。
「スターレット」
俺は立ち止まって、真っ直ぐにスターレットの顔見据えた。
「はいっ……」
スターレットは俺の行動に驚く。
「二人で一緒に成長していこうね」
俺がそう言うと、スターレットは顔を真っ赤にして下を向いた。
そして小声で
「はい」
と返事をした。
そして俺に腕を絡ませてくる。
俺はスターレットと腕を組んで、街路樹の木の下闇を冒険者ギルドへと向かって歩いた。
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