第3話 異品払いだし

「こっちは死ぬところだったんだぞ!」


 冒険者ギルド内に怒声が飛んだ。

 俺の相談窓口に来ている冒険者はかんかんに怒っていた。

 革鎧にバトルアックスという如何にもな大男が、俺に凄い剣幕で迫っている。

 いきなり怒られても訳がわからない。

 時刻は夕方であり、今日も仕事しないで終わりかと気が緩んでいた所にこれだ。


 さて、このままでは相談に乗ることもできない。

 まずはどうして怒っているのかを教えてもらわないと。


「どうしました?」

「どうしたもこうしたもあるか!今朝俺が買った高級ポーションの中身が中級ポーションだったんだよ。瀕死の傷を負った時に使用したのだけど、回復量が少なくて死ぬ所だったんだ。それを他のパーティーのヒーラーに助けてもらったって訳だ」


 ポーションは冒険者ギルドの売店で販売している回復アイテムである。

 高級、中級、低級と種類があって、効果はその種類によって違うらしい。

 自分で使ったことが無いから、聞いただけの知識だ。

 事情は今の会話で判ったが、本当に高級ポーションを買ったのか?

 それに、ポーションは冒険者ギルド以外でも販売している。

 言いがかりを付けて金をふんだくろうって輩だっていないとも限らないぞ。


「その顔はお前も俺の言う事を信じてないって顔だな」


 ああ、顔にでてましたか。

 ん、お前も?


「あの、お前もってどういう事でしょうか?」


「さっき、ここの売店に文句を言いに行ったら、『中級ポーションを買ったのでしょう』って言われたんだよ。話にならねえからこっちに来たってわけだ」


 異品納入を納入側が否定ですか。


「そのポーションは残っていますか?」


「いいや、全部飲んじまったよ」


 不具合現品がないとなると、本当に不具合があったのかは確認できないな。

 前世でも不具合だったけど、使えない事もないから使ったというのはあった。

 ありがたいことではあるが、原因究明ができないので、出来れば返却していただきたい。

 ポーションはそうもいかないだろうが。


「今度は私も一緒に行きますから、もう一度売店に行ってみましょう」


 俺は冒険者と一緒に売店に来た。

 ここの責任者はジュークという中年男性だ。


「また来やがって」


 こちらを見て嫌そうな顔をする。


「まあまあ、ちょっと話を聞かせてください」


 そう言ってジュークをなだめた。

 不具合の調査は感情的になってはだめだ。

 しかし、どうやって飲んでしまったポーションの中身を確認したらいいだろうか。

 透明なポーションの空き瓶は間違いなくここで販売したものだという。

 だが、中身がないので、等級はわからないとジュークは言う。

 俺は売店のポーションが並んだ棚を見ながら考える。

 そうすると、棚には隙間が多いことに気が付いた。

 商品の補充はしないのかな?


「ジューク、棚に隙間が多いけど、商品の補充はしないの?」


「一日の売り上げを確認するのに、補充はしないようにしている。販売記録と棚の商品の数を照らし合わせているんだよ」


 そうか、毎日棚卸しをしているのか。

 それなら今日のポーションの売り上げと、商品の数を照らし合わせてみれば、高級ポーションと中級ポーションを間違って手渡したのがわかるかもしれないな。


「ちょっと早いかもしれないけど、照らし合わせ作業を今できないかな?」


「今丁度暇な時間帯だからかまわんよ。ただし、手伝ってもらうがな」


 俺はそれを承諾して照らし合わせ作業を行った。

 その結果――


「すいません、私が間違って商品をお渡ししてしまいました」


 ジュークは自分の非を認めた。

 売上台帳と棚卸した在庫の数が不一致だったのだ。

 散々冒険者の男に対してキツイ言葉を投げていたので、ギルド長まで出てきて男に頭を下げる事態となってしまった。


「申し訳ございません」


 ギルド長が男に頭を下げて、高級ポーションを手渡した。

 男も冒険者としてこの街で活動していくので、これ以上は難癖を付けるのをマイナスだと判断したのか、次は気をつけろと言ってギルドを出ていった。

 残されたジュークはギルド長に頭を下げている。


「アルト、ちょっといいか」


 そこでギルド長が俺を呼んだ。

 これは所謂異品払い出しだな。

 よくある不具合だ。

 まあ、俺の出番だろうな。

 相談窓口から売店の方に歩いていく。


「なんでしょう」


「今のを見ていただろう。ジュークがポーションを間違って渡してしまったんだ。何か対策はあるか?」


「まずは現状を確認させて下さい」


 やはり、俺に対策を考えさせようというのか。

 これでまた経験値が入るので、俺としても仕事を振ってくれるのはありがたい。

 さて、どうして間違ってしまったのか確認させて貰いましょうか。


「最初は商品陳列棚ですね」


 売店のカウンターの後ろにポーションや魔石に毒消しといった商品が並んでいる。

 先程見たままだ。

 これらの消耗品の販売は、冒険者ギルドの貴重な収入源となっているのだ。

 独占販売という訳ではないが、やはり冒険者ギルドが売っているという安心感があるのだ。

 他の露天商から仕入れたポーションの効き目など、眉唾なものも沢山出回っているからだ。

 さて、問題のポーションを見てみると、一発でこれは駄目だと判る。


「ジューク、これは同じ瓶が並んでいる様にしか見えませんが、どれが高級ポーションでどれが中級ポーションなのですか?」


「中の色を見ればわかるだろう。一番濃いのが高級ポーションだ。それを薄めると中級ポーションになる。だから色も高級ポーションよりも薄い。低級ポーションになると更に薄くなるんだ。見ればわかる」


「それが大きな間違いですね。瓶が同じ形をしているのだから、その日の体調や光の当たり具合で色が変わって見えます。それに、高級ポーションの隣に中級ポーションが置いてあるのも良くないですね。同じ形の瓶が並んでいるのですから、取り間違う可能性が非常に高いです」


「そんな事はない。今回だって偶々間違っただけだ!」


 ジュークは今までしょんぼりしていたのだが、俺に指摘されたことで怒った表情を見せた。

 いるんだよね、こういう人種が。

 自分で不具合を出しておきながら、品質管理に指摘されると怒鳴って逃げる奴が。

 こういう奴に仕事させるくらいなら、ロボットにピッキングさせたほうがよっぽどいい。

 おっと、これは前世の愚痴だな。


「では、その偶々間違った作業者は誰ですか?」


「今日ポーションを販売したのは俺だけだ」


 そうか、人の変化点はないのか。

 売り場の棚の並びやポーションの瓶にも変化はない。

 つまり、ベテランの作業者でも間違う可能性が潜在していたというわけだな。

 新人だとしたら、対策も変わってくるのだが、ベテランでも間違うのであれば、元々異品を払い出す危険があったということだ。

 色の濃度での判断など、その日の体調でも変わるので、そんなやり方をしているほうが悪い。


「偶々間違ったといっても、先程の冒険者の人の命が無かったかも知れないのですよ。逆の立場で考えて下さい。自分が医者にかかって、間違った薬を処方されて死んだらどうしますか?」


 俺がそう指摘すると、ジュークは黙った。

 黙られては先に進まないので、俺はギルド長に話をする。


「今回の商品の取り間違いの原因は、ポーションの瓶が全て同じ形をしていることと、類似した商品が隣り合わせに陳列してあることですね。瓶は業者に依頼して、3種類作らせることはできますか?」


 今回の不具合は隣の棚からの払い出しである。

 なぜなぜ分析では


 異品払い出し>隣の棚の中級ポーションを手に取ってしまった>見間違った>瓶の形が同じだった>色で判別できると思っていた


 若しくは


 異品払い出し>隣の棚の中級ポーションを手に取ってしまった>見間違った>類似品が並んでいた


 となるだろう。

 類似品を隣り合わせにして保管しておくと、払い出しの時に間違う可能性は高い。

 工場レイアウトを考える時に、極力そうならないようにする必要がある。

 そして払い出すときだけではなく、棚に並べる時に間違う可能性だってあるのだ。

 脳内FTAでそう判断した。

 やはりレイアウトと瓶の形は変えるべきだな。


「それは話してみよう。色の違いを判断するとなると、ジュークが休んだ時に臨時で売り子をする職員が混乱しそうだからな」


「そうしていただけると助かります。後は配置を変えましょう。隣同士ではなく、高級ポーションと中級ポーションの間に毒消しを置いて、中級ポーションと低級ポーションの間には魔石を置くレイアウトにすれば、取り間違いのリスクも軽減できます」


「そうだな。早速配置換えをしよう」


 異品の払い出しについては、どこの企業でも何度も繰りかえしている事だ。

 とある車両メーカーでは、俺のいた会社の部品に類似した部品を他社から購入していたのだが、ピッキングの担当者が間違って払い出し、俺の所に異品だという連絡があったのだ。

 調べてみたら作っていない部品であり、自社での混入の可能性が無いので、冤罪だと判った事もあった。

 つまりは、大手企業ですら異品払い出しは発生しているということだ。

 どこのメーカーの工程保証度評価においても、異品払い出しの可能性が無い事を確認させられるくらいにメジャーな不具合だったな。

 それに、先程ジュークを納得させるために例に出した薬の話だが、点滴薬と洗浄液を間違って、患者を殺してしまった事故がニュースになったこともある。

 殺虫剤をペットボトルに入れておいたことで、子供が飲んで死んだこともニュースになっていたな。

 入れ物が同じというのは間違いの元だ。

 21世紀ですらその状況なので、品質管理の概念が無いこの世界にそれを判っていろと云う方が無理だろう。

 まあ、今回のことで商品の間違いがなくなればいいな。


――品質管理の経験値+250

――品質管理のレベルが2に上がりました


 また頭の中に声が聞こえた。

 ついにレベルが上がったぞ。


――品質管理固有スキル【作業標準書】が開放されました


 固有スキル【作業標準書】?

 こういう時に、ヘルプ機能があってというのが異世界転生のお約束なのだが、どこを探してもヘルプ機能が見つからない。

 まあいいか、作業標準書という単語は判っている。

 誰もが同じ作業ができるようにというお題目の元、工程ごとの作業とそのポイントを記した説明書の事だ。

 誰もが同じ作業を同じ時間で同じ品質でできる訳がないのだが、そんな事を言っても客は聞き入れてくれないし、人手不足から外国人労働者を雇っていたので、そいつらの母国語で書かされたという苦い思い出がある。

 なにせ、外国人が出した不具合だと、客先から必ず作業者の母国語で作業標準書を整備しろと言われる。

 英語が世界共通語だなんて嘘だ。

 英語、タガログ語、ベトナム語、インドネシア語、スペイン語、ポルトガル語、中国語、ヒンドゥー語、フランス語、ヘブライ語で作業標準書を作らさせた時は泣きそうだった。

 日本の学校教育の限界を垣間見たな。

 社会に出て英語だけでは役に立たない。

 そもそも、日本語すら通じない日本人もいるのに、外国語なんて無理だ。

 バベルの塔を作ったやつを、タイムマシンで殺しに行こうと本気で考えたりもしたんだぞ。

 いかんいかん、どうしても愚痴になってしまったな。

 このスキルは後で試してみよう。


 俺は配置の変わった陳列棚を見ながらコーヒーを飲んで、その並びに満足した。

 後日、ギルド長の交渉の結果、ポーションの瓶が種類毎に違ったものになり、さらに見分けがつきやすくなったのだった。

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