第二章 魔眼 その2
闘気。それは戦士の適性を持つ者の中でも極一部の者にしか発現しない希少なスキルだ。このスキルを保有している者は魔力を闘気と呼ばれるエネルギーに変換し、肉体に纏うことで己の限界を超えて基礎能力値を向上させたり、時には放出することで攻撃に転用させたりすることができるようになる。第一線で活躍する超一流の武人達はほとんどこのスキルの持ち主であると言われている。
なお、スキルとは属人的な特殊能力のことである。
先天的に獲得しているものと、後天的に獲得するものがあり、魔法系の才能に偏っているシオンは魔力を闘気に変換して近接戦闘に生かすスキルを保有していない。
けど――、
「はっ、言ってろ」
モニカに認めてもらおうと思ったあの日から、シオンが剣術と体術の鍛錬を怠った日は一日たりともなかった。
だから、シオンは闘気を使えなくとも一端の戦士だ。それを証明するかのように、シオンはクリフォードに臆することなく剣で手合わせを挑む。
「シオンはすごいよ。魔道士でここまで剣を扱える奴を俺は他に知らない。また腕を上げたみたいだな」
クリフォードはシオンの攻撃をいなし続けながら、感嘆して言う。
「本職の剣士様であるクリフォードに勝てたためしはないけど、なっ!」
シオンが横薙ぎに思い切りのいい一撃を放つ。
「当たり前だ。俺はシオンが頑張り始めるよりもずっと前から、剣の鍛錬を続けてきたんだ。先天的なスキルも保有しているし、日常的に実戦経験も積んでいる。それでシオンに負けてたまるか」
クリフォードは軽くバックステップを踏んで、間合いスレスレの位置で攻撃を躱してしまう。
「くそ、涼しい顔をしやがって……」
恨めしそうにジト目になるシオン。
「そろそろ魔法を使ったらどうだ? 俺も闘気を使って戦ってみたい」
クリフォードはワクワクした面持ちで呼びかけた。
「……まあ、剣術でクリフォードには及ばないことはわかったしな」
わかったというよりは、もとよりわかっていたことだ。シオンは手隙の左手でぽりぽりと頭を掻くと、溜息をついて頷いた。魔法を使用して戦闘するために、後退してクリフォードと距離を置く。
すると、クリフォードは剣を握っていない左手で、ちょいちょいとシオンを挑発する。
直後、剣を握っていないシオンの左手に、魔法陣が浮かび上がり――、
「風弾」
シオンはクリフォードに左手を向けて、呪文を詠唱する。すると、魔法陣から複数の風の弾丸が放たれ、クリフォードへと迫った。が――、
「はあっ!」
剣を構えたクリフォードが一喝すると、光のオーラのようなものが肉体から噴出されて、シオンの風弾が弾き消されてしまう。
「げっ。一級とはいえ、闘気で攻撃魔法を防ぐとかアリかよ……」
顔を引きつらせるシオン。
「シオンの基礎パラメーターなら、三級までの攻撃魔法を使っても構わないよ。攻撃魔法じゃないならランクの制限もなしで大丈夫だ」
クリフォードが不敵に笑って告げる。
「いやいや流石にそれは……」
と、シオンはさらに顔を引きつらせる。魔法には一級から十級までの順に階級が存在し、階級が上がるにつれて魔法の難易度や威力や規模が上がっていく。
使用者のステータスによっても威力は大きく左右されるのだが、今のシオンでも最下級の一級の攻撃魔法を使えば人を吹き飛ばしたり殺傷しうるほどの威力があるし、二級の攻撃魔法だと数人まとめて攻撃することも可能な事象が発動する。
三級の攻撃魔法にもなるとさらに威力や規模が上がるので、とても個人に対し訓練で使用するようなものではない。
「実は前にシオンと会った時からさらにレベルが上がったんだ。ランクも2になった」
「なっ……、ラ、ランク2!?」
シオンは唖然となり目を丸くした。レベルやランクとは、この世界に生きる人類が天界から授かった聖なる加護のことだ。
過酷な修練を重ねたり、死線を越えたりすることでレベルは一つずつ上がり、レベルが10上がることでランクも一つ上がるとされている。
レベルの最大数は100で、ランクの最大数は10だと言われているが、人類でその領域にたどり着いた者はいないとされている。
レベルは数字が増えるにつれて上がりにくくなっていくからだ。歴史上、人類で確認された最高の数字がレベル80で、ランクが8だと言われている。
シオンの現在のレベルは9で、ランクは0である。そして、クリフォードのレベルは20で、ランクは2になったという。
レベルが上がることで強さの指標となる基礎パラメーター値が上昇して強くなるのだが、ランクが上がるとスキルを獲得したり基礎パラメーター値に補正がかかったりとさらに強くなる。
同ランク内であればレベル差はあっさりとひっくり返ることも多いが、ランクが変わってしまうと基礎パラメーター値に明確な補正の差が出てしまうので、レベルの差を覆すのは一気に難しくなる。
すなわち、ランク0のシオンとランク2のクリフォードの間にはランク二つ分の山が存在する。
「一級の攻撃魔法じゃもう闘気を纏った俺に傷一つつけることはできないぞ? 二級の攻撃魔法をまともに食らうと、闘気で防いでもかすり傷くらいは負うだろうけど」
「それでもかすり傷とか。前から思っていたけど、クリフォードって本当に人間か?」
「失敬だな。そういうシオンだってまだランク0なのに、魔力の基礎パラメーターはランク2相当の魔道士並みにはあるんだろ。だいぶ人間をやめていると思うぞ?」
クリフォードは呆れ気味に言い返す。
「まったく。じゃあ望み通りにやってやるよ。魔力疑似強化、魔力疑似鎧」
シオンは小さく嘆息すると、身体に魔法陣を展開させるのと同時に呪文を詠唱して、新たに魔法を発動させる。
前者は対象の肉体と身体能力を強化する魔法で、後者は対象の肉体を包み込むように光の障壁を張り鎧とする魔法だ。
いずれも三級の魔法で、闘気と比較すると欠点もいくつかあるのだが、二つ合わせれば闘気と同じような芸当が可能となる。
シオンが闘気を扱うクリフォードと渡り合うためにはこの魔法が必須だった。
「魔法は便利だよなあ」
クリフォードは魔法が発動するのを律儀に待ってやりながら、そんなことを言う。
「そっちだって闘気で肉体を強化して身体を守っているだろ。お互い様だ。というより、闘気の方がすぐに発動できるし、応用が利いて便利だろう、がっ!」
シオンはそう言うと、闘気を纏ったクリフォードに向かっていった。その速度は一般的なランク0の人間が出せる速さを軽々と超えている。
が、クリフォードは平然とその速度に反応していた。シオンが完全に距離を詰めてくる前に剣を構え、闘気を模擬剣に流し込んでいく。
かと思えば――。
一閃。前方一帯に向けて少し強めに闘気を放出して、接近してくるシオンごと吹き飛ばそうとした。それには数人程度ならまとめて吹き飛ばせる威力、魔法でいうと二級程度の威力が込められているが――、
「暴風」
シオンは咄嗟に二級の攻撃魔法を発動させて、クリフォードの闘気による攻撃を相殺した。演習場内には結界が張られていて内部の音が漏れにくくなっているので騒ぎにはならないが、かなりの衝撃音が演習場内に鳴り響く。
二人の視界を土埃が覆った。直後、土埃の中からクリフォードが突進してきた。しかし、シオンはそれを読んでいたように――、
「石壁」
すかさず防御と攪乱のための魔法を使用した。シオンの足下に魔法陣が浮かび上がったかと思うと、呪文の詠唱に応じて十メートルは前方の地面から壁が隆起して、クリフォードの進路を阻む。
「っと」
クリフォードは壁の向こうにシオンが罠を設置していることを警戒して、咄嗟に足を止める。
「水球」
シオンは左手を右側にかざし、直径一メートルほどの水球を射出した。
と、同時に、自身は左側へと打って出る。クリフォードの視界には石壁の裏側から左右へと躍り出る影が映ったはずだ。加えて――、
「石壁」
シオンは水球を放った方向に石壁をさらにいくつか隆起させた。
それらは目くらましとなり、クリフォードの意識と判断力を幾ばくか奪って、咄嗟の対応をわずかに遅らせる。
「本当に多彩だな、シオンの戦い方は」
クリフォードはワクワクしてたまらない子供みたいに、ふふんと笑う。一方で、その余裕ある笑みを見て――、
(本当、嫌になるな。自分の才能のなさが……)
シオンは内心で歯噛みする。仮にこのまま接近して近接戦闘を挑んだとして、勝てるビジョンが思い浮かんでこないのだ。
善戦はできるが、決定打に欠ける。自分には本当に剣の才能がないのだということがよくわかる。
というより、魔道士として戦うべき人間が、戦士タイプの相手と真っ向から接近戦を挑もうとしていることが異常なのだ。本来、徹底して距離を置いた上で遠距離から火力で一方的に相手を封殺するのが魔道士の正しい戦闘スタイルなのだから。
しかし、だからといってクリフォードを相手に普通の魔道士として戦いを挑んだとすれば、善戦すら敵わないはずだ。
クリフォード級の戦士となると、相手が魔法陣を構築して呪文を詠唱し、狙いを定め魔法を発動させるまでの間に対策を講じることが可能だ。
高速で動き回って距離を置きながら攻撃魔法を撃ち続けても、三級の攻撃魔法を用いて
もクリフォードに対する決定打にはならない。
やがてじり貧になって負けてしまうだろう。
持たざる者が持つ者に勝利するためには、工夫して戦うしかない。曲がりなりにも善戦できているのは、シオンが魔法と一緒に剣を扱う道を選択したからだ。
ゆえに、シオンは今の自分ではまだ勝ち目がないと思っていても、あえて近接戦闘をクリフォードに挑む。
そこに勝機があると信じて……。
「衝撃爆波」
シオンは突進しながら、強力な衝撃波を射出する三級の攻撃魔法を発動させた。先ほどよりもだいぶクリフォードとの間合いを詰めた状態で、だ。
「はあっ!」
クリフォードはすかさず闘気を込めた斬撃を放ち、魔法を相殺した。が――、
「相変わらずすごい速度で魔法を発動させるな」
クリフォードはすぐそこまで迫ってきているシオンが、さらに別の魔法を発動させている姿を捉えた。驚きと喜び、半分半分の表情でシオンを賞賛する。
「衝撃爆波」
シオンは疾駆する速度を微塵も緩めず、さらに同じ魔法を放った。
両者の距離はわずか数メートル。
ここまで接近して魔法を発動させることは実戦だとまずない。
魔道士が戦士を相手に自らここまで肉薄することがありえないし、魔法を発動させた本人にも被害が出かねないからだ。
「おっと……」
衝撃の風圧に押されて、クリフォードの身体がわずかに後退した。シオンはその隙を見逃さずに、クリフォードに向けて模擬剣を振るう。
だが、クリフォードは咄嗟に反応して剣を構えた。両者の模擬剣がぶつかり、甲高い音が演習場に鳴り響く。
しかし――、
「はああっ!」
シオンは突進の勢いを乗せて、受け止めたクリフォードごと剣を振り抜いた。
「っ……」
クリフォードの背中にドンと、衝撃が走る。
先ほどシオンが隆起させた石壁の一つに衝突したのだ。
不意の反動に、クリフォードに一瞬の隙ができる。シオンはそれを見越していたように、躊躇なく接近して追撃を試みた。
――これを狙っていたのか!?
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