第13話縞々パンツ
バレンティーナとラニーニは、レース中の愛華に対する行為を謝罪した。
「正直アイカの事、みくびっていたんだ。それだけならまだしも、アイカがあまりに熱いから、つい自分を見失ってしまっちゃいました。アイカは本当に凄いよ。ごめんなさい」
レース中、あれだけ頭にきていたが、素直に「ごめんなさい」されて、毒気を抜かれてしまう。それにバレンティーナから凄いと言われてちょっと照れる愛華だった。
それからバレンティーナは、エレーナに向かって頭を下げた。
「ボクたちは許されない行為をしました。ペナルティは受け入れるつもりです。ただ、こんなお願いをできる立場ではありませんが、ラニーニの事は責めないで下さい。彼女はボクの指示に従っただけです」
バレンティーナの言葉に、ラニーニが何か言おうとしたが、バレンティーナが制した。
「ラニーニのペナルティを軽くするように請願書でも書けと言うのか?」
エレーナが冷たく問う。
「いいえ、理由はどうあれ、二人ともルールを破ったのは事実です。ただ、怨恨はボクだけに向けて欲しいんです。この子は、レース中にボクの命令に逆らう事は出来ません。ボクの馬鹿につき合わされただけです。そっちからしたら収まらないかもしれないけど、責任はすべてボク一人にあります」
「恨むなら、そいつの分まで自分を恨めと言うのだな」
エレーナはバレンティーナの真意を探った。彼女は策士ではあるが、チームのエースとしてのプライドも持っている。少なくとも自分に従う者の責任を背負うだけの器量はあるようだ。ここでエレーナは少し悪戯心で愛華を試したくなった。
「どうする?アイカ。危険な目にあったのはアイカだ。おまえが許さないと言うなら、チームとしてオフィシャルに厳格な処罰を求めるし、許すと言うなら処罰が軽くなるよう要請してやってもいい」
エレーナとバレンティーナのやり取りに聞き入っていた愛華は、突然自分に振られて慌てた。
「えっ、わたしですか?わたしはその……、新品のつなぎ汚されたのは頭にきましたが、結果的に勝てたんで、正直どうでもいいです。勝てたって言っても、わたしは抜かれちゃったんですけどね……」
そこで愛華はバツ悪そうにテヘヘと笑った。
「わたしの実力じゃあ、バレンティーナさんに全然敵わないって思いました。でもそのバレンティーナさんを本気にさせたってのは、ちょっと自信持ったりして……あっ、本気で抜く気なら、簡単にパスできたのはわかってますから」
「ボクは本気だったよ。でもアイカの背中から、絶対抜かせないって殺気みたいなものが感じられて、きっと怖かったのかな。さすが女王の隠し玉だよ」
「私もアイカも玉など隠してないぞ」
……?
なかなかいいシーンだったのに、エレーナの一言で全員冷えきってしまった。エレーナとしては上手い事言ったつもりだったのだが……。
「エレーナの姉御なら玉、隠してるかも知れんよな」
「それじゃアイカちゃんは、姉御の玉から生まれたのか?」
「するとお母さんは……スターシアさん?」
メカニックたちがひそひそ話をしていた。
バレンティーナとラニーニは、知ってはならない秘密を知ってしまった気がして、身の危険を感じた。
苺騎士団の秘密を知ってしまった以上、口を封じられる。
スターシアが二人のカップにウォッカを注ぐ。優しそうな微笑みが、却って怖い。
「誰にも言いませんから……、絶対誰にも言いませんから!」
二人は思い切りびびった。先程ラニーニを庇った男気は微塵もなかった。
「やめんかい! 客人の前で下品だろ!」
エレーナが怒鳴ったのは、滑ったジョークの照れ隠しなのは明らかであった。
(自分で凍らせておいて……)
(玉に乗っかろうとしたの姉御だよなぁ?)
誰もが思っていたが誰も口にはしなかった。
「ゴッホン!で、アイカはどうしたい?厳しい処分を望むのか?」
気を取り直して、話を愛華に戻した。
「わたしはべつに、オフィシャルの判断に任せればいいと思います。バレンティーナさんは謝ってくれたし、ラニーニさんに恨みもありません。でもルールの適用には、個人的な感情を挟むのは間違いだと思ったりします。わたしが許すとか、許さないなんて生意気なマネは……すみません、偉そうなこと言いました」
愛華の答えに、エレーナはまあ満足する。
「と言うことだ。バレの謝意は受け取ったが、うちとしてはオフィシャルの公平な判断に任せるだけだ。どのような裁定になろうと貸し借りなしで今後のレースを戦いたい。最後は逆転させてもらうがな」
バレンティーナに向かって宣言する。
「ありがとうございます。ボクも次戦から恨みっこなしで、正々堂々と戦います」
バレンティーナは、エレーナ、愛華と握手を交わし、とりあえず話はついた。バレンティーナの謝罪を受け入れたストロベリーナイツの面々は、せっかく来たのだからと二人に更にウォッカを飲ませ始める。エレーナも以前からバレンティーナの勝ちにこだわる根性に一目おいている。負けを潔く認め、責任を背負う覚悟も好感を持った。彼女なりに思惑もあるのだろうが筋は通している。酔わせてボロを出さないか試したいのもあったが、本心から一緒に飲みたいと思ってた。
途中でラニーニが未成年なのが判明して(思い出して)、今さらではあるが隅の方で愛華とジュースを飲んでいた。未成年でもラニーニはアルコールに強かったが、偉大なるロシア最高の発明を、ロシア人たちと同じペースで飲ませれてかなり酔っている。このまま帰すのはいろいろ不味い。
愛華とラニーニは、はじめ気まずかったが徐々に打ち解けて、同世代の女の子同士、おしゃれや恋の話に華を咲かせる。
愛華よりちょっと背が高いくらいのソバカスの残る少女と、同じライダーとしてヘルメットを被るのに髪型がどうの、化粧はこうだと、あまりエレーナやスターシアには聞けない話ができて嬉しかった。エレーナにおしゃれは無縁そうだし、スターシアではレベルが違いすぎて訊くのも恥ずかしい。
レース中の印象では、乱暴で恐い子だと思っていたけど、話してみればいい子なんだと、GPに来てチーム以外で初めての友だちになれた。
実は愛華も、この時すでにウォッカの匂いだけで、かなり酔いが回っている事に気づく者はいなかった。
一方、バレンティーナはラニーニの分までエレーナに絡まれて、相当酔いが回っている。しかしさすがはディフェンディングチャンピオン、北の酒豪相手になかなか粘っていた。
大きな声でエレーナの口撃をかわしている。
「そういえば、なんでブルーストライプスなんですかぁ?バイクにも、つなぎにもブルーのストライプなんてどこにも入ってませんよねぇ?」
愛華が、突然大きな声でバレンティーナに尋ねた。どちらかと言うと絡んで来たと言った方が適切である。愛華としては、エレーナに絡まれたバレンティーナに助け船を出したつもりだ。
まわりにいた者は、ようやく愛華がウォッカの匂いだけで酔っているのに気づき、彼女もまた、エレーナ同様酔うと絡み癖があるのを知った。
しかしバレンティーナは絡まれたとは思っていない。
「よく気づいたな、アイカくん! 知りたいかい?」
上機嫌で立ち上がり、バランスを崩しながらも決めポーズのように愛華を指差す。
愛華はこくこくと頷いた。
「じゃーん!」
突然バレンティーナがクルリと回ってお尻を向け、穿いていたカーゴパンツを膝まで下げた。
「「「「おぉぉぉっ!」」」」
そこには小さめのお尻を隠す水色と白の縞々パンツが張りついていた。
「「可愛い……」」
スターシアと愛華が揃ってつぶやく。
「ボクたちは、ツナギの下にいつもこの縞々パンツとお揃いの縞々ブラ、そしてニーソを穿いているのだ。人はボクたちをブルーストラ痛っ!」
「やめんか!人のチーム来てなにパンツ見せとんじゃ!」
バレンティーナは、エレーナに頭を殴られてうずくまった。
一同唖然とする中、愛華が何か想いついて手を挙げる。
「はいっ、はいっ! エレーナさん、わたしたちも負けずに苺のパンツ穿いて対抗しましょう!」
「アイカちゃんの苺パンツ」
スターシアが嬉しそうにつぶやく。
「やべえ、俺たちを萌え殺す気か?」
「俺、アイカちゃんの専属になりてぇ」
「俺なんて一生ついていくぞ」
メカニックの男たちも想像してデレ顔になってしまう。エレーナは呆れるしかない。
「なんでそんな阿呆な対抗しないかんのだ?恥ずかしいわ!」
「もしかしてエレーナの姉御も穿くのか?苺のパンツ……」
「想像しただけで、笑えて作業出来んぞ」
「トラウマになるな」
「でもスターシアさんなら、なんか見てみたくねぇ?」
「色気と萌えの競演か?ミスマッチの妙だな」
「やべえって、それ。屈んだまま立てなくなるぞ」
「てめぇら、全員ぶっ殺す!」
とうとうエレーナがキレた。もうGSG-9(ドイツの特殊部隊)の出動要請するしかない。
「でもエレーナさんも、かつてブルーストライプスにいたんですよね?」
スターシアのさも自然な質問に、エレーナの動きが停まった。やはりスターシアさん、さすがである。
「ええっ!エレーナさんも縞々パンツ穿いていたんですかぁ?」
愛華の驚きの声に、エレーナは固まったまま眉をピクリとさせる。
「私がかつてブルーストライプスにいたのは事実だが、断じて縞パンなど履いておらん」
エレーナは複雑な表情で否定した。
ブルーストライプスの元を辿れば、他でもないエレーナが初めてGPにデビューしたレッドオクトーバーである。
ブルーストライプとは、海軍の水兵が着用していた紺と白の横縞シャツに由来する。
本来、水兵がセーラー服の下に身につけていた縞シャツを、海軍の艦船に乗り込んでいる陸戦要員の海兵も着ていた。やがて同じような作戦任務を空から行う空挺部隊も、同じ縞シャツを身につけた。以来、海兵や空挺だけでなく、特殊部隊などの精鋭部隊は、戦闘服の下に青と白の縞シャツを着用するのが標準装備になった。
それは勇敢な戦士の証であり、彼らの誇りだった。現在もロシア軍の精鋭部隊に縞シャツは受け継がれている。
軍所属で特殊な任務に就くエリート部隊であるレッドオクトーバーも、縞シャツをツナギの下に着てレースを走った。
ソ連崩壊後、外国企業のスポンサードを受け、チーム自体身売りのように西側へ移ったが、ライダーたちは精鋭部隊の証である縞シャツを着用し続けた。
スポンサーやバイクメーカーが変わる度に、宣伝色の強い新たな愛称が発表されたが、どれも定着しなかった。かっと言ってレッドオクトーバーの名は相応しくない。
いつしかファンは、バイクから降りた時に、彼女たちの襟元から覗く青と白のストライプシャツを見て、ブルーストライプスと呼ぶようになっていた。
現在のブルーストライプスは、アレクセイ監督以外、ライダーもバイクもロシアとは無縁のものになっている。機能性に優れた最新生地を使用したアンダーウェアには、縞模様は入っていない。しかし、ブルーストライプスの名前だけは使われ続けている。
エレーナにすれば、誇り高き青白のストライプを、おそらくはその意味すら知らないであろうバレンティーナが、下着にして見せびらかす事に怒りを覚えつつも、どのような形であれ、ストライプを身につけていた事を感慨深く思ったのも事実である。
暗い過去の歴史は、華やかなバレンティーナに似つかわしくない。彼女らしい形で、若い世代に引き継いでくれるなら、それもいいだろう。何より今は、エレーナは部外者であり、最大のライバルなのだ。
その後、ストロベリーナイツとブルーストライプスは、これまで通りレースでは激しく火花を散らしても、バイクを降りれば同じライダー仲間であることを約束した。
一部には、謝罪に来たバレンティーナを、エレーナがどついて失神させたとの噂が流れ、聴取までされたが、どちらも笑い飛ばしている。その噂が真実だったとしても、関係が険悪なものになる事はなかった。
GP初出場初入賞で、何も知らなかった愛華が、レーススケジュールの締め括りであるゴルナ(GP主催団体)のパーティーに着ていくドレスを持っていない事に気づいた時、体格の似たラニーニが綺麗なパーティードレスを快く貸してくれた。
体操をやっていた頃、大きな大会に出場する時に壮行会などのパーティーに出席させられたが、当時は学校の制服でよかった。パーティー用のドレスなど持っていなかったし、そもそも突然GP参戦が決まった経緯で、ドレスはおろかちゃんとした服すら持ってきていない。
パーティーも愛華の想像を超えていた。二輪関係の会社だけでなく、大会や各チームのスポンサーである世界的企業のお偉い様、地元の政治家、俳優、モデル、プロスポーツ選手などのセレブが、着飾って出席していた。まるで少女漫画に出てくる社交界のようだ。
イヤリングやネックレスなどのアクセサリーはスターシアが貸してくれた。普段からあまりアクセサリーをつけない愛華は、素人目に視ても相当高価そうなそれらを遠慮したが、「どうせ貰い物だから」と言って無理やり愛華につけた。そのネックレスひとつで、イタリア製高級スポ―ツカーが買えるとは知るはずもない。
当のスターシアは、高価な宝石より子供向けアニメのオモチャのペンダントの方が気に入っているのだから、贈った方はさぞや泣いてる事だろう。さすがにパーティーに美少女戦士のペンダントはなかったが。
愛華は自分が凄い世界にいる事を実感した。そして素敵な人たちに巡り会えた事に感謝した。
まだまだ自分は未熟だ。今日は頑張れたけど、運もよかった。エレーナさんとスターシアさんにも助けられた。実力ならバレンティーナさんに到底敵わない。ラニーニちゃんだって、テクニックは自分よりずっと上だ。自分は代役で、少し幸運に恵まれただけなのだから、もっと成長しなくちゃずっと此処には居られない。
愛華は華やかさに惑わされる事なく、少しでもこの場に相応しくなれるよう気を引き締めていた。
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