第7話予選
レース前日、土曜日。
Motoミニモクラスの予選は、土曜のスケジュールの最後に行われる。他のクラスが、時間内に自由にアタックして、ベストタイムによってスターティンググリッドが決められるのに対して、Motoミニモでは一人ずつが一発勝負のタイムアタックをしていく、いわゆるスーパーポールと言われる方式で行われる。これは速いライダーが、チーム内の遅いライダーを引っ張って、特定のチームが上位のスターティンググリッドに片寄るのを防ぐ為だ。
決勝では、チーム総力戦で争われるが、スーパーポール方式の予選では、ライダー個人のスピードを競う場でもある。これにはオフィシャル計測時計メーカーから、年間の予選タイムのみを争うタイトルが懸けられており、実力はあってもチーム力に恵まれないライダーや決勝ではチームの勝利のためにアシストに徹しなくてはならないライダーなどは、気合いの入り方が半端でない。個人の速さを証明する絶好の機会でもある。
チームの人数は多い方が優利であるが、スターティンググリッド(スタート位置)がかけ離れていては、効果に使えない。1チーム五人というのが理想的と言われているが、ストロベリーナイツのように、三人の息の合ったライダーで組むチームも少なくない。
ストロベリーナイツの場合、エレーナの少数精鋭主義もあるが、スミホーイsu-31の生産性の悪さが大きな理由でもあった。ライダー一人につきメインと予備の最低二台、それに平行して新型の開発テストも進めるので、安定してマシン供給するには三人ぐらいが妥当なところだった。
三人体制のチームでは、一人でも遅れると致命的になるが、レベルの違うライダーをいくら集めても同じだ。全員がエースクラスのライダーで、監督自らがコース上で柔軟に作戦を展開出来るのがストロベリーナイツの強みと言える。
とはいえ、エレーナがいくら愛華の才能を高く評価してはいても、海千山千のGPライダーたち相手に、デビュー戦で作戦の一翼を期待するのは酷だろう。それに今のストロベリーナイツはエース不在である。
ツェツィーリアのテストコースで、エレーナとスターシアがつきっきりで走り込んだ愛華なら、予選ではそれなりのタイムは出せるだろうが、いきなり無理をして潰したくない。今回は愛華にGPの雰囲気に慣れさせるのが目的と考えていた。今後に期待するという前提の戦い方は、エレーナの好まざるところであったが、現状はそれ以外望めない。
それは他のチームからも同様にみられており、愛華の走りには注目していたが、ストロベリーナイツに対するマークは今回に限ってはさほどされていなかった。ライバルチームであっても、愛華に割と友好的な姿勢で接してくれた理由でもある。
予選タイムアタックは、ランキング下位のライダーから順にスタートしていく。ランキング外のライダーは過去の成績で決められる。通常盛り上がって来るのは、ランキング上位15位あたりからで、実況中継などもこのあたりから熱を帯びてくる。
ランキングも過去の実績もない愛華は、当然一番最初に出走する。
タイムアタックラップを走り、計測ラインを越えた時点で電光掲示板に表示された愛華のタイムは、そのまま暫定トップの位置に表示された。その時点で昨年のポールタイムを1秒近く上回っていたのだが、それほど驚きはなかった。今シーズンのマシンの進化は、どのチームもこれまでのレースで昨シーズンよりコンマ5秒ほどラップタイムを短縮していた。
このザクセンリンクは、シリーズの中でも特徴的なコースで、前半部の下りの深く回り込んだコーナーが続く区間はフレーム性能が、後半部のスロットル全開でかけ上る高速区間ではエンジンパワーが大きくモノを言う。
愛華のタイムがその後のライダーの一つの基準となる。どのライダーも昨年のタイムを1秒以上は確実に短縮して来ると予想された。
しかし、予選が進むにつれ、サーキットにざわめきが起こり始めた。
ランキング15位以内の実力のあるライダーたちのアタックが始まっても、暫定ポールのところに表示された名前は『アイカ・カワイ』のままだった。
各チームのエースライダーやスプリントの速さに定評のあるアシストライダーたちがタイムアタックを終える度に、電光掲示板を注目し、それでも暫定トップの座が更新されない事への落胆は、やがてニューヒロイン誕生への期待となって高まっていった。
ラップタイムは、フリー走行である程度は予想出来る。しかし気温や気圧、路面のコンディションなどによってシビアに変わる。絶対的パワーの小さい小排気量マシンほど気温や気圧の影響は大きい。
これから走るライダーたちは、愛華とチームメイトのタイムを比べ、自分たちのセッティングが間違っているのでは?と疑い始めた。
昨日までとはコンディションが大きく変わってしまっているかも知れない。エレーナのチームはベストのセッティングを出している。ルーキーでこのタイムなら、エレーナとスターシアは更に短縮して来るはず。と焦り始めた。
しかし、事実は愛華が皆が予想したより速かっただけだった。練習走行では必ずどこかのコーナーで失敗していたが、一発勝負の予選をノーミスで決めた。(失敗しながら中堅ライダーと同程度のタイムで走っていたのも驚きだが)
愛華より実力のあるライダーたちまでもが、本来の力を発揮出来ずに終わると、これから出走するランキング上位のライダーたちは更に混乱した。そしてそれは本格的な焦りへと拡大し、急遽セッティングの変更をするチームまで出始めた。
さらにはスターシアの前に出走したライダーが転倒し、コース上に破片やオイル、ガソリンなどを撒き散らした。
それを処理する為にかなりの時間予選は中断され、スターシアを含め、あとに控えたトップライダーたちさえ集中力が途切れる事となった。
再開された時には、本当にコースコンディションも変わっており、結局最後のバレンティーナが走り終えても、一番最初に表示された愛華の暫定トップの座は一度も更新される事もなく予選は終了した。
「運がよかっただけです」
愛華はインタビューに謙遜して応えていた。エレーナが連れてきた
愛華のGPデビューは、一般のファンからは驚きをもって祝福されたが、他のライダーにとっては面白いはずがない。トップクラスのスピードがある事は認めても、予選結果については、ストロベリーナイツの策略にまんまとやられた感が拭えない。エレーナにしろ愛華にしろ、そこまで考えていた訳などない。愛華はただストロベリーナイツの名に恥じぬように、精一杯走っただけだ。
「わたしは体重が軽いから、コース後半の上りセクションで車速が他のライダーより伸びたんだと思います。それからフリー走行でエレーナさんとスターシアさんにこのコースの走り方を教えて頂いたおかげです。決勝ではチームの足を引っ張らないように一生懸命走ります」
記者たちは、決勝での作戦を探ろうとしたが、愛華からは何も訊き出せなかった。当然である。愛華は作戦など聞いてないし、チーム監督のエレーナすらこの予選結果に驚いていた。
そのエレーナの予選順位は、転倒者による中断と体重のハンディが影響して6位、スターシアは8位で二人とも二列目スタートという結果だった。バレンティーナも同じ二列目スタートの5位であった事からも、このコースでは体重差がラップタイムに大きく影響しているのがわかる。2、3、4位はバレンティーナと同じブルーストライプスの小柄なライダーで、フロントローは愛華を除いてブルーストライプスに占められていた。
エレーナとスターシアの間にもブルーストライプスのライダーが割り込んでいる。
愛華の控えめな自己評価は、正しいものであったが、その
エレーナから見れば、自分たちで勝手に自爆しただけだが、ストロベリーナイツとその新人の愛華に脅威を抱いたと同時に、屈辱を味わっているだろう。決勝では、まず愛華を徹底的にマークしてくるのは間違いない。特にブルーストライプスのバレンティーナは、そのあたりは抜かりない。一人ずつ走る予選はともかく、レースでは場馴れしていない愛華を潰しに来る。自分に敵わないという意識を徹底的に刷り込むのが彼女のやり方だ。ファンには人気者だが、スターはえげつない。一度刷り込まれた意識はなかなか打ち消せない。
エレーナとスターシアで愛華をガードすべきなのだが、必ずブルーストライプスも合流させないように手を打ってくる。ライバルチームの数的優位とその層の厚みは、エレーナとスターシアをもってしても突破するのは困難な相手だった。
後方グリッドスタートのエレーナとスターシアが、ブロックライダーに手こずっている間に、バレンティーナと彼女のアシストライダーが愛華を追い込み、下手をすれば、今度は逆に愛華が自滅させられるかも知れない。GPの厳しさと言えばそれまでだが、愛華の真面目な性格が、マイナスの方向で学習される可能性が高い。バレンティーナは過去に何人も有望な新人を潰している。
スタートしてすぐ愛華を下がらせ、自分たちと合流させるか、或いは愛華単独で逃げられるだけ逃げさせ、早い段階で自分たちが追いつくか。そのためには、自分たちがせめて同じ二列目スタートのバレンティーナよりスタートを上手く決めなくてはならない。後者の作戦が上手くいく可能性は高いとは言い難かった。仮にバレンティーナをスタートで抑えたとしても、愛華と合流するには、まだ三人の壁を突破しなくてはならない。
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