姉が見たもの
俺は三人家族の母子家庭育ちで姉がいる。
この姉は高校在学中にうつ病になって中退して以来、大学行ってないし就職したこともない。
当時母親はフリーランスの在宅仕事をしていて、姉はその手伝いとか家事の一部とかはしてた。
貧乏だと思ったこともないけど、裕福とも言えないみたいな家庭だったから、俺は大学は実家から通ってて、就職してもそのまま実家暮らしを続けてた。
数年前の夏の終わりごろに母親が車ごと失踪した。
その日は姉の通院に付き合って、車で外出する予定があった。運転はいつも母親。姉は免許持ってないから。
予約時間の関係でいつも昼正午過ぎに出発していたのは知ってる。
姉は、その日は10時15分ごろに散歩に出かけた。
俺はよく知らんのだが、メンタルクリニックの医者に散歩に行けって言われるのは定番らしい。姉はサボりがちだったらしいが。
さっきも書いた通り、通院のために出発するのは昼正午過ぎと決まっていた。
だから姉も10時台に普通に散歩に行った。12時までに帰ってこればいいわけだから。
母親には特に何も言わなかったそうだ。リビングにいたのはわかったが、直接姿は見ていなかったと。
それで散歩に出て、適当な場所で折り返して家に帰るための道を進んでいた。
そうしたら家まであと少しというところで、家の目の前の通りから車がT字路に出てくるのが見えた。
左折して、そこからまた右折して、姉がいる歩道の前の道路を横切って行った。
間違いなくうちの車だった、と姉は言ってた。
運転席には母親が座ってハンドルを握っているのも見えたと。
隣の助手席にはだれかがいた。
弟(俺)じゃないし(そもそも俺はそのときとっくに出社してた)、もちろん姉自身であるはずもない。
車はスピードを出していたわけじゃなかったけれど、すぐに姉の前を過ぎ去って行ったから、助手席にいただれか?なにか?はよく見えなかったらしい。
ただなんとなく、女性っぽい印象だったと姉は言っていた。
姉は一瞬、今が正午過ぎなのかと思って(昼過ぎに外出する予定があったから)、スマホを見たら10時47分だったそうだ。
そのまま姉は家に帰って母親の帰りを待った。当然だが、車庫には車がなかった。
買い物にでも行ったんだろうと思ったらしいが、一方で通院の帰りにはいつも地元にはないスーパーに立ち寄って買い込むのがお決まりだったから不自然だと思ったそうだ。
そのまま正午になっても母親は帰ってこなかった。
姉は電車でメンタルクリニックに行って、15時前に帰宅したけど母親はまだ帰ってなかった。
もちろんスマホに連絡は入れたんだけど、電話には出ないしメッセも既読にならない。
そのうちに俺が帰宅したから、母親の件について話した。
姉のこの話がどこまで本当なのかはわからない。
精神病って言っても姉は幻覚とか見るわけじゃない。統合失調症とかとは診断されてないし。
俺から見た姉は、これまでに支離滅裂な言動をしたことはなかった。ただ俺は医者じゃないからたしかなことは言えないけれど……。
上にも書いた通り姉は免許持ってないから車の運転はできない。
もし母親だけ失踪してたら、さすがの俺もちょっとくらいは姉を疑ったかもしれないけど、母親は車ごといなくなってるから、姉が犯人だったとして「じゃあ車はどうしたのよ」という話になる。
まあ母親に車を運転させた先で……というのもなくはないかもしれないが。
けど数年経っても母親はおろか、そのときに持っていったはずのスマホとか家の鍵とかも、車すら見つかっていない。
警察に相談して、詳細は省くけど尋ね人の張り紙をしたんだけど、それらしい目撃証言は集まらなかった。
母親が失踪してから俺たちは引っ越した。だいぶ悩んだけど。
母親が失踪して、姉の病状がかなり悪化して精神病院に入院したのもあるが、姉が退院したときにあの家に残しておくのは怖いなと思って。これは心霊的な意味だけではなく。
姉の見舞いにはちょくちょく行くけど、俺から母親の話は一度もしてない。また病状が悪化したりしたら怖いし、特に進展もないし。
入院している姉は普通に受け答えできるし、幻覚を見ている様子もない。ただ俺と同じく母親の話はしてこない。今、母親の失踪についてどう思っているのかは知らない。
あれから数年経ったこともあってか、失踪した母親のことを四六時中考えるなんてことはないんだけど、たまに姉が最後に見た母親の、その隣にいたのはなんなんだろうとは思う。
姉の幻覚か見間違いかであって欲しいと思う一方、母親の失踪に対してなにかしらの明確な理由が欲しいとも思ってしまう。
いずれにせよ、姉が見たものがなんだったのかは今もって俺にはわからない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。