親の業
実家の裏手に迫る山の中に「A」という池があった。
「A」はその名がつく前から心霊スポットとして知られていて、以前は別の名前で呼ばれていた。
もともと、事故や自殺の多い場所だったという。
子供が遊んでいて……とか。
生活苦から一家が……とか。
まあそんな不思議とひと死にの多い、いわくつきの場所だった。
そんな池が「A」と呼ばれるようになったのにはきっかけがある。
ある老夫婦が夜にその池を訪れ、「A」という名前を呼び続ける、ということがあった。
なぜ老夫婦がそのようなことをしたのかについては諸説ある。
「A」というのは老夫婦の亡くなった子供だか孫だかの名前で、その池で亡くなったとか。
昔亡くなった子供だかの名前を呼び続けるのは、どこかで知った「死者と会えるおまじない」だとか。
とにかく、その池に夜、老夫婦が訪れ「A」という名前を呼び続けたのだけはどの話にも共通している。
その後、声が聞こえたらしい。
どんな声だったかとか、どのような言葉だったかも、また話によってバラつきがある。
しかし老夫婦はにわかに恐怖に取りつかれて、逃げるように池を去ったそうだ。
だが老夫婦はその恐怖を忘れることができなかった。
次第に正気を失い、恐怖に耐え切れず、共に命を断ってしまったという。
以来、その池は「A」と呼ばれるようになった。
しかし「A」という名を口にすると、その人物の前に老夫婦の霊が現れるようになった。
なので、今では地元の人間は「A」という言葉を口にするのを避けているという。
池も今では埋め立てられてしまったのだが、変わらず「A」という言葉を口に出すと老夫婦の霊がやってくるという。
これは俺が子供のころに聞いた実話だ。
***
友人がそんな作り話を披露したのは一〇年近く前の話。
友人と私はいわゆる作家仲間というやつ。といってもアマチュアのね。素人小説を書いて投稿サイトに投稿している同士という関係。
プロの作家になる夢は……あるんだかないんだか。
ただ評価されようとされまいと、自分が書いた小説を世界のだれか他人に読んでもらえるのがうれしいというのは共通してあった。
まあもちろん評価されたほうが嬉しいのは当然なんだけど。
知り合ったきっかけはハッキリとは思い出せない。たぶんSNSでささいなやり取りをしたことがきっかけなのかな。
ウマが合ったというか、創作とかに対するスタンスが合ったから、細々とネット上でやり取りを続けていた。
小説を投稿するたびに感想を書き合う……というような情熱的な間柄ではなかったけれど、それくらいのつかず離れずの距離感がちょうどよかった。
友人も私も、メインで書いていたジャンルはホラーだった。よく実話怪談風の短編を書き上げては、サイトに投稿していた。
そのサイトの中での立ち位置は、私も友人も有名人どころか中堅ですらないけど、底辺ではない……みたいな感じ。
友人も私も、小説を書いていることをリアルの友人知人はおろか、家族にも言っていないことも共通していた。「やっぱり顔を知っているひとに知られるのは気恥ずかしさがあるよね」というのはふたりとも同じだった。
ちょっと話が逸れたけど、まあ友人と私は共通点が多かったという話。
そんな友人から久しぶりに連絡がきた。SNSのDM経由で。
『ちょっとリアルのことで相談があるんだけど』……そんな書き出しで。
先述した通りに、友人と私はベタベタした関係ではなく、裏を返せば胸の内を打ち明けあうような関係でもなかった。だから、そういう深刻そうな、しかもリアル……つまり現実生活の相談ごとをされるのはそれが初めてだったんだ。
それが一〇年近く前の話。
友人の相談ごとは、簡潔に述べると
「創作怪談を話したらそれが現実になった」
という話だった。
正直に言うと、「ウソくさい」と思った。ただ、先に書いた通りに友人と私は軽口を叩き合って、くだらない嘘を言い合うような関係ではなかった。……でもやっぱり、「一杯食わせようとしているのかな?」とは思うよね。
「ホラー作家のつくった怪談が現実になる」……あまりによくできすぎているし、それに手あかがつきすぎていると思う。それでドッキリを仕掛けようとしているのなら、ちょっとセンスがないと思った。
……一〇年近く経った今でも、友人の話が本当だったのかはわからない、とだけは先に言っておく。
友人は、宅飲みをした際に流れで怖い話を披露することになったと言っていた。……言っていたというか、書いていた、なんだけどまあそこは。
もちろん友人の友人たち……と書くとややこしいので、相談ごとをしてきた友人を以降Bと書く。
Bがホラー小説を書いて、それを投稿サイトに投稿していることはその友人たちは知らなかったはず。少なくとも、Bの視点だとそう。
Bは、プロット(小説の骨組みみたいなもの)をまとめている最中の実話怪談風の話を披露したらしい。
それが私が冒頭に書いたやつ。ただ、Bが話してくれた内容からは結構省略したりしているとは言っておく。
で、Bがその話を披露したときはなにも起こらなかったらしい。作り話なんだから、当たり前だけど。
Bの友人たちの反応は良くも悪くもなく、という感じだったらしい。Bからするとちょっと拍子抜け、くらいだったそうだ。
飲み会がお開きになるころには、みんな怖い話をしたことなんて忘れているくらいだった。少なくとも、空気感としてはそうだった。
その数日後、飲みをした友人の家に老夫婦の幽霊が現れるようになった。
Bはその話を聞いて、すぐには自分が披露した創作怪談とは結びつけて考えられなかったそうだが、「もしかして」と思うようになったという。
幸いと言うべきか、Bの創作怪談を聞いたBの友人たちは、だれひとりとしてBのせいだとか、そのように結びつけて考えてはいないらしい。たぶん、当時は酔っぱらっていたから忘れているのかもしれない。
Bの友人の家に出る老夫婦の幽霊は、Bも見たと言う。他の友人たちと共に泊まり込んだ際に見たと。夜中、尿意を催してもそもそと雑魚寝していた布団から出てトイレに向かった際、廊下の先にたたずんでいたと。
ただ、Bがぼんやりと想像していた老夫婦の姿とは違ったらしい。
Bは老夫婦の妻のほうは白髪をボブくらいの長さにしたピシッとした上品そうな女性で、夫のほうは定年退職したばかりでまだカッチリとした雰囲気が残っている男性……みたいな想像をしていたらしい。
実際に見たのは、背が低くてひどい猫背の女性と、頭部がさみしいちょっと不潔そうな男性、だったそうだ。
『でもあれって俺の子供ってことになるんかな』
『ほら、自分の作品は子供みたいって言うじゃん?』
『つまりあの老夫婦の霊って俺の子供ってことになるんかな』
……たしかに「自分の作品を我が子みたいに思う」という感覚を持つ創作者は珍しくない。
けどBはそういうタイプじゃなかった。
たしかにBも自分の作品には一定の愛着は持ってはいるけれど、「自分の子供」みたいに言うことはなかったし、そのあたりは結構ドライというか……とにかくまあそんな感じで。
そんなBが「自分の作品は俺の子供みたいなもの」とかいうようなことを言い出したのもびっくりしたし、そこから飛躍して「老夫婦の霊は俺の子供?」みたいなことを言い出したのもびっくりした。
冗談で言っているのかなと思ったよ、私も。ぜんぜんおもしろくない冗談だし、Bらしくないとも思ったけど。
でもさ、本気で言ってるんだよね。
DMでやり取りしていると書いたけど、なんか……最初のほうは冗談とも取れるような書き方だったのに、段々と本気で言っているのかなって思うようなメッセージが多くなってきて。
それで一〇年近くBはそんな感じなわけ。
ずっと言っているんだよね。
「あの老夫婦の幽霊は俺の子供みたいなもの」
だったのが、今では
「あの老夫婦の幽霊は俺の子供」
って言ってる。
それでここから私の相談なんだけれど、Bとは縁を切ったほうがいいかな? っていうかどうやったら縁切れるかな? って最近はずっとそんなことを考えてる。
作家名の名義でSNSやってるからアカウントを消して関係を断つとかはさすがにできないんだよね。これは最終手段。
かと言ってブロックするのも怖いというか……。Bの動向が見えないのも怖くてミュートもしてないんだけど……。正直今すぐスマートに縁を切る方法があるなら飛びつきたいくらいかもしれない。
以上が私の怖い話でした。
お目汚しすまん。でも、リアルで小説書いていることをだれにも言ってないからこういう愚痴も言えなくて……。
最後まで見てくれてありがとうございました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。