異世界へ行ける廃墟の門

 「異世界に行ける」系のおまじないってあるじゃん?


 「飽きた」とか、エレベーターで特殊な操作をするとか。


 よくあるラノベファンタジーのほうじゃない異世界へ行ける方法。今だとバックルーム系が近いかな。


 おれが見つけたのは「とある廃墟の門を撮る」っていう方法だったんだよね。


 当時「飽きた」のほうはもうやってて、当たり前だけど効果なんてなくて。


 エレベーターのほうはやってなかったんだよね。手ごろなエレベーターを見つけたり、肝心の操作がめんどくさかったから。


 つまり、当時のおれの異世界に対する情熱みたいなものはそのていどだったってこと。


 「異世界に行ける」系のおまじないをしてはいたけど、別に自殺願望とかはなくて。


 当時は単純に暇で、思春期特有の厭世観(?)みたいなものでいっぱいだっただけで。


 それで「廃墟の門を撮る」っていう方法を知ったのは……ネットだったのはたしかだけど、どこのサイトだったかな。


 まあとにかくネットで見たんだよね。


 それで、ちょうどその「異世界に行ける」とかいう廃墟があるのが地元からそう離れてなかった。


 電車で二駅くらい離れた隣の市にあるって書いてあって。「ちょっくら行ってみるか」という気になったわけ。


 いや、場所はぼかして書かれてたけど、多少土地勘があるならわかる書きかただった。


 小学生のときに隣の市のスイミングスクールに通ってたから、その辺りのことはちょっと知ってたんだよ。


 同じスイミングスクールに通っていた当時の友達の家が、その廃墟がある場所に近い住宅街にあって。何度かその友達の家に遊びに行ったことがあったから、「あのあたりか」ってぴんときたわけ。


 さすがに行くまでその予想が合ってるかはわからなかった。けどまあそれはそれで暇つぶしになるしいいか、と思って。


 電車に乗ってバスに乗って、その廃墟がある住宅街の近くで降りた。


 住宅街は山が近くて、たぶん山を削って造成したのか坂が多くてのぼりはうんざりした。


 夏の終わりかけでうっすら汗をかいていると「なにやってるんだろうな」って気にはなった。


 でも電車賃バス賃がもったいないから廃墟くらいは拝んでから帰ろうと思った。


 けど探し当てるのにめちゃくちゃ時間がかかった。


 いわゆるニュータウンって呼ばれている地域の住宅街だもんで、どの家の雰囲気も似たり寄ったりだし。


 あとなんですぐに見つからなかったかって言うと、最大の原因はその家がどう見ても廃墟に見えなかったこと。


 くだんのサイトには背景にぼかしが入れられた廃墟の写真が掲載されていたんで、「あ、この位置から撮ったんだな」って場所は運がいいのか見つけられたんだけど。


 でもどう見ても廃墟じゃない。


 サイトに掲載されていた写真も、そもそもおれが想像するような「廃墟」からすると小綺麗ではあった。


 でもおれが見たのは廃墟には見えない一戸建て。ところどころ壁に雨だれの跡があったり、屋根の色がぼけてたりしてはいたけど、ガラスが割れてることもないし、ツタに覆われていることもないし。まあ廃墟には見えなかった。


 サイトの管理人に騙された、一杯食わされたと思った。「あれ、コラ写真だったのかよ」って思った。「でも現実に存在する普通の住宅の写真を加工して廃墟扱いするのってどうなんだ?」とか考えた。


 脱力したし、ムカついたし、モヤモヤした。


 でもここまできたんだから……って気持ちで、その一戸建ての黒っぽい門扉の前に立って、ガラケー(当時はガラケーユーザーだった)で写真を撮ろうとしたんだよ。


 そしたら、「アンタ、なにやってんの!」って関西のほうのイントネーションで叱られた。


 あわてて顔の前に掲げてたガラケーをどかして一戸建てのほうを見たら、閉じられた門扉の向こうにおばさんが立ってたんだよね。


 よく覚えてるんだけど、濃い赤茶色っぽいパンチパーマにアニマル柄のTシャツ着て、茶色の便所サンダルみたいなやつ履いてた。年齢は五〇代くらい? まあ、普通のおばさんって顔。


 叱られたんで、当然「うわ、やべえ」って思って。「すいません!」ってすぐ謝った。一戸建ての住人が出てきたんだと思ったから。


 おばさんは目を吊り上げてデカい声で「ここの門を撮ったらアカンよ!」って言った。おれはもう一度「すいません」って謝った。


 おばさんは「撮ってへんよね?」とおれが持ってたガラケーを見て言ったんで、おれは画面を見せて「撮ってないです」って言った。


 おばさんはそれを確認したからか、フーッってデカいため息をついた。


「ほんま、こういうの困るんよ」

「すいません……」

「この門撮ったひとら、みーんな行方不明になって」


 「え?」とも言えなかった。「え?」って思ったけど、口に出せなかった。


「ほんま、こういうの困るんよ」

「……門、替えたりは」


 よせばいいのにそんなことを言ってしまった。


「できるんやったらしとるわ!」


 おばさんにまたデカい声で一喝されて、おれはまた「すいません」って言った。


「ほんま、困るんよ。……もう遅い時間やから、アンタも帰り」


 おれは会釈するようにおばさんに向かって軽く頭を下げて、できるかぎり早足でその場を去った。


 そのまままたバス乗って電車乗って家に帰ってパソコン(デスクトップのやつ)で、くだんの写真と噂話が掲載されていたサイトを見たのは覚えてる。


 そのサイトの管理人に苦情というか……「そこ廃墟じゃなかったですよ」的なメッセージをメールフォームから送るかどうか悩んで、結局送らなかったはず。


 なんで送らなかったのかまでは昔のことすぎて思い出せないんだけど……。まあ、子供なりに送っても詮無いかなと思ったんだと思う。


 でもしばらくモヤモヤしてたな。普通にひとの住んでいる家を廃墟呼ばわりするなんて……って感じで。


 それがきっかけで足しげく通っていたそのサイトは見なくなった。他の写真や噂話も、「廃墟の門を撮ると異世界に行ける」っていう話同様、好き勝手脚色したり、膨らませたり、挙句写真を加工したりしたものなのかなって思って。


 そのサイトは大学生になってからブックマークの整理をした際にアクセスしてみたら、サイト丸ごと消えてた。たしかレンタルスペースを提供していたところがサービス終了したからだったと思う。



 それで後日談なんだけど、おれが見つけた一戸建て、おれが行った時点でだれも住んでなかったらしい。


 廃墟になっていたかまではわからないんだけど、大学でそこの住宅街に住んでいたやつから聞いた。「だれも住まなくなって一〇年以上経つ家」って。飲み会の場で聞いたから、酔っ払いの嘘かもしれないけれども。


 おれがあの一戸建てに行ったのは高校三年生のときだから、どう考えても辻褄が合わない。


 「じゃあ、あのおばさんだれだよ?」ってなるよな。


 この話をした友人たちは「守護霊」とか「ガチ心霊現象じゃん」とか「時空のおっさんならぬ時空のおばさん」とか好き勝手言ってたけど。ちなみにおれの両親は北海道と青森の出身で、関西と縁はない。はず。少なくともこの時点ではおれは関西に行ったことはなかった。


 まあとにかく、おれが体験した人生で唯一の心霊体験かもしれないよくわからん話でした。


 ちなみに「だれも住まなくなって一〇年以上経つ家」って語ったやついわく、「最後の住人が出て行ってからなぜか門が盗まれたからあの家に門はない」らしい。


 たしか、くだんのサイトでも家の外観の写真はあったけど、門扉は写ってなかったような気がする。だいぶ昔の記憶だから、たしかなことは言えないけど。まあ、「撮ったら異世界に行ける」っていう話だったから、違和感はなかった。


 じゃあおれが見た門扉はなんだったんだよって話になるんだけど。なんなんだろうね?

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