どこに

 私の母から聞いた、実家の近所に住んでいた人の話なんですけれども。


 私はもう実家を離れて結構経つので、この話の信ぴょう性がどれくらいのものかはわかりませんので、その点あしからず。あと多少お話としてそれっぽく脚色している部分もあります。



「怖い話を読んだ」と深夜に家族が急に部屋へやってきたそうです。午前一時前くらい? まあ深夜と言えど、起きてる人はまだ余裕で起きてる時間帯のことです。


 ……えー、ややこしいのでこの体験をした人をAさん、Aさんの家族をBさんとします。


 Bさんが急に部屋にきてAさんはちょっとおどろいたそうです。


 と言うのもこのBさん、引きこもりに近いひとなんです。ちょっとした外出くらいはできるので完全な引きこもりではないそうですが、長く無職でたしか病だとかでメンタルクリニックにも通っていたそうです。


 家庭内でも会話は最低限だったそうで。なのでAさんはBさんが部屋にやってきたことにおどろいたそうなんです。


 それで、突然ドアをノックしてやって来た理由が「怖い話を読んだ」。


 Bさんは子供のころから怪談だとかオカルトの類いが好きで、その手の本を読んでいたことをAさんは知っていましたから、特にそこにおどろきはなかったそうです。


 ただ子供のときでさえ、「怖い話を読んだ」と部屋にやってくるということはなかったそうです。


 Aさんは内心「その程度で……」と思わなくもなかったのですが、相手はひとつ屋根の下暮らしている肉親ですし、Bさんは心を病んでいるということもあって、追い返すといったことはしなかったんです。


 ただそのときAさんは好きなYouTuberの配信を見ていたとかで、Bさんへの対応はおざなりでした。


 Bさんはそのことに文句は言いませんでした。元から大人しい性格だったこともありますが、無職で家族に負担をかけている負い目もあるのか、できるだけ気配を消して暮らしているようなところがあったそうです。


 とは言えここで事情を聞かないほどAさんも冷たくはなかったので、Bさんに「怖い話って、どんな?」と聞きました。少し好奇心もあったようです。


 Bさんはその怖い話はネットで読んだそうです。ベッドでうつぶせになって、スマホで。


 でもその怖い話の冒頭を読んだところで左肩が急に重くなったそうです。同時に、部屋の奥の天井隅で家鳴りがあって。それで「なんかいつもと違うな」と思って読むのをやめてしまったそうなんです。


 Bさん曰く、「これまで怖い話を読んでこんなことは初めて」だったそうで。それでなんだか怖くなってしまって、深夜にもかかわらずまだ起きていたAさんの部屋を訪ねたんだそうです。


 AさんはBさんと違って怖い話には特別関心はなかったんですが、ちょっとだけ興味を引かれたそうです。


 とは言え、Bさんの主張した現象は怪奇現象とは言えないようなお粗末なものです。


 肩が重くなったのは気のせいか、ずっと同じ体勢でいて疲れが溜まったとか。家鳴りだってそうやって片づけられます。


 けれどBさんにとってはそうではないのか、Aさんが「どんな話?」と聞いても「いや……」と言葉を濁します。


 このとき、Aさんは部屋の奥の机の前にあるイスに座っていて、Bさんはカーペットを敷いた床に座ってベッドを背にしていたそうです。


 Bさんは居心地悪そうに縮こまって、Aさんとは視線が合わなかったそうで。


 それでもBさんが細い声でなにか言い出した時に、


 ドタドタドタッ


 と二階に向かって階段をのぼってくる音がしたそうです。


 足音って、長く暮らしている相手だと音だけでだれのものかわかるじゃないですか。でもAさんにはその足音がだれのものかわからなかったそうです。


 そもそも、そのとき一階には足の悪いおばあさんしかおらず、当然そんな勢いよく階段をのぼってこられるはずもないわけです。残りの家族はみんな二階にいるはずだったんです。


 騒がしい足音は二階の廊下を伝ってAさんの部屋の前で止まりました。


 トントントントン……


 乱暴な足音に反して、ノックは騒々しさからは程遠かったそうです。


 Aさんは果敢にも扉を開けようとしました。


 Bさんは特になにも言いませんでしたが、ただ凍りついたかのように扉をまっすぐ見つめているだけだったそうです。


 Aさんはイスから立ち上がると、床に座り込んでいるBさんの前を通って、扉の前に立ちました。


 ゆっくりと扉を開けると、そこにはなにも、だれもいなかったそうです。ただ、廊下の暗闇が広がっているだけ。


 向かいにある、Bさんとは別の家族の部屋の扉が開いて、「今のなに?」という少し不機嫌そうな声がして、さっきの音が気のせいではなかったことにAさんは改めて恐怖心を抱いたそうです。


 それでAさんはBさんにも確認しようと思って部屋を振り返ったそうです。


 そしたらだれもいなかった。


 つい先ほどまで床に座ってベッドに背を預けていたBさんがどこにもいない。


 Bさんの部屋まで行って、閉じられていた扉をノックしても返事はない。扉の下から電灯の光も漏れていない。扉を開けて、部屋を見てもBさんはどこにもいない。一階の玄関にはBさんがいつも履いているスニーカーがあったものの、家中探してみてもBさんはどこにもいない。


 Bさんはその日以来、行方不明ということになっています。



 AさんはBさんが読んだ怖い話がなんだったのか気になったそうですが、Bさんの部屋に残されていたスマホを見ても手掛かりはなかったそうです。ブラウザの閲覧履歴にはそれらしいサイトにアクセスした様子がなかったそうで。


 私も怖い話は好きなので、Bさんが失踪する直前にいったいどんな話を読んだのかは気になります。ただBさん本人に聞く以外に知る方法はなさそうですが。



 Bさんは、Aさんに殺されたんじゃないかという噂もあります。


 伏せておいたほうがいいかなと思って、AさんとBさんの関係性をあいまいにしてしまいましたが、BさんはAさんの娘さんです。AさんはBさんの母親なんです。


 母親が半引きこもりで精神病の無職の娘を殺害。まあ、「ありそう」か「なさそう」か、と言われたら「ありそう」ではありますよね。



 いずれにせよBさんがある日突然いなくなってしまったのは本当の話のようです。


 Aさんの話はでっちあげなのか、本当にあったことなのか。


 あなたはどちらだと思いますか?

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