第二波の到来

 屋敷の外ではアルベール姉妹がラメールと交戦しており、二階の通路ではノアがフランと一対一での戦闘を行っている。

 そして最初に交戦が始まった場所であるホールでは、ソフィアとアリスの二人が次々と現れるヴァンパイア達の処理に追われていた。

「どういう事……? 数が一向に減らないんだけど……」

 倒しても倒しても、新たな集団が窓や玄関といった侵入口から代わる代わるやってくる。埒が明かないこの状況に、ソフィアは思わず呟いてしまう。

「数には限度があるハズ。とにかく今は耐えるしかないよ。ソフィア」

 現状では唯一の味方であるアリスが、自分の周囲に魔法の球体を生成しながら答える。

 そこでソフィアは、ふと、アリスがどのような戦い方でヴァンパイアと渡り合っているのかが気になり、それを確認しようと戦闘の合間を縫って彼女の観察を始めた。ヴァンパイアの一族フォートリエ家の当主であるとはいえ、見た目は自分よりも二回りは幼くみえる少女でしかない。

 しかし、彼女が使う魔法は当主に相応しいと呼べる絶大な力を誇るものであった。

 触れただけで消し炭と化してしまう威力を持つ球体を同時に複数生成し、自身の周囲に浮遊させ、敵の接近を阻害する。その魔法で守備を固め、あとは直接球体を飛ばして攻撃するという戦い方であった。

「(なんか、格が違うっていうか……ちょっと落ち込んじゃうかも……)」

 短い期間で何人もの実力者と出会った事から、少し食傷気味になっているソフィアは、ここでもやはり気持ちが落ち込んでしまう。

 しかし、今は激戦の最中である。ソフィアはすぐに気持ちを前向きに改め、新たに幻光による武器を生成して戦いに集中する。

「(私だってやれるんだから……!)」

 アリスの魔法を真似て、自分の周囲に光剣を浮遊させてみる。思い付きで行った事ではあったが、意外にもそれが功を奏した。

 アリスの球体のように触れただけで――というワケにはいかなかったものの、浮遊している光剣は接近してきたヴァンパイアに自ずと斬りかかり、牽制という効果を発揮していた。

 それによって、ソフィアは以前よりも回避に気を回さずに済むようになり、その分攻撃に集中する事ができるようになっていた。殲滅力が段違いに上昇し、それはすぐに状況にも影響を及ぼす。その変化にはアリスがいち早く気付いた。

「良い感じ。流石だね」

 アリスは混じり気のない笑みを浮かべ、ソフィアの健闘を称える。新たな戦法が功を奏した事で上機嫌になっているソフィアは、ウィンクをしてそれに応えた。

 それからしばらくは順調なペースでの殲滅が続き、ヴァンパイアの数も徐々に減ってきたように思えたが、不意にソフィアの体調に変化が生じた。

「(やっぱり、この使い方は消耗が激しいな……頭がくらくらしてきた……)」

 自身の周りに浮遊させている光剣は、一本毎に常に一定の魔力を消耗し続ける。彼女は合計で八本の光剣を浮遊させ、尚且つ手に持って使う光剣も都度に生成して戦っていた。よって、既に彼女の魔力は底を突きかけていた。

 しかし、ソフィアには奥の手が残されていた。今しかないと、全身に力を巡らせ、その力を発揮する。

 瞳の色が深紅に変わったと同時に、失われた力が見る見る内に戻ってくる感覚を覚えた。

「(行ける……これなら……!)」

 ヴァンパイアの力を覚醒させた事で、底無しと呼べる程の多大な魔力を身にする。試しに光剣を更に倍の十六本に増やしてみても魔力が失われていく感覚は無く、寧ろ魔力は溢れんばかりに全身を巡っていた。

 ソフィアは魔力にものを言わせて次々と光剣を生成していく、言わば贅沢な戦い方に変える。幻光によって作られた剣がホールの中を飛び交い、ヴァンパイア達は為す術も無くその餌食となって仕留められていく。

 尋常ではない早さで増え続けていたヴァンパイアであったが、ソフィアとアリスはいつしかその早さを上回る程のペースで殲滅を成していた。

 そして間もなく、無限と思われていたヴァンパイアはついに全滅した。


「なんだ、もう終わりか。他愛もないね」

 新たなヴァンパイアの出現が無い事を確認し、ソフィアは浮遊させていた光剣を全て光に戻す。そして目を閉じ、全身の力をすっと抜いていき、呼び起こしたヴァンパイアの力を再び眠りに就かせた。

「……良かった、なんともない」

 初めて力を発揮した際に経験した例の副作用が無い事に、ふうっと安堵の溜め息を漏らす。

「ソフィア」

 そこに、アリスがやってきた。ソフィアは彼女の圧倒的な戦いぶりを思い出し、嬉しそうに笑ってみせる。

「流石はご当主様。お見逸れしたよ」

「そんな、私なんてまだ――」

 謙遜の言葉を口にした直後、アリスは突然ふらつき、よろめいた先に居たソフィアにもたれかかる。

「ちょ、ちょっと、大丈夫?」

 慌ててアリスを抱き留め、心配そうに訊くソフィア。

「ごめん……力使いすぎちゃったみたいで……」

 アリスは腕の中で照れ笑いを浮かべながら、ソフィアの顔を見上げてそう言った。

「アリス様!」

 階段の方から聞こえてきたその声は、リナのものであった。彼女は一緒に現れたルナと共に、アリスとソフィアの元へと駆け付ける。

「ソフィア、どういう状況なの?」

 やってくるなり、アリスの弱々しい姿を見て不安に思ったルナがソフィアに訊く。

「力を使い過ぎただけって言ってる。怪我を負ったとかってワケじゃないよ」

 ソフィアは二人を安心させようと優しい口調でそう答えた。その言葉に、アリスも同調する。

「ソフィアの言う通りだよ。ちょっと休めば、すぐに良くなるから」

 すると、ソフィアの言葉を疑っていたワケではなかったが、直接主から言われた事で二人は気を落ち着ける事ができた。

「一安心」

「だね」

 主の無事を確認して安堵し、お互いの顔を見合わせるリナとルナ。

 しかし、状況は決して良いワケではなく一安心している場合では無いという事を、外から聞こえてきた銃声が改めて一同に思い知らした。

「ゆっくりしてる場合じゃないね……早くみんなの所に行かなきゃ」

 そう言って、寄りかかっていたソフィアからすっと離れるアリス。彼女に対する他の三人の返答は一致していた。

「ダメ。あなたは力が戻るまで休んでて」

「ソフィアの言う通りだよ。アリス様は安全な場所で休んでて」

「リナの言う通りだよ。無理はダメ」

「で、でも……」

 三人の厚意は有難く思ったものの、当主としての責任を感じているアリスは首を縦に振ろうとしない。

 しかし、彼女の意思は気にせず、三人は勝手に話を進めた。

「私がみんなの所に行く。あなた達はアリスをお願い」

「任せて。それと、ノアは大丈夫だと思うから、ヴァンパイアハンターの方に行ってあげなよ」

「フランはまだしも、ラメールは厄介だからね」

「ちょ、ちょっとあなた達……! 私は――」

 やり取りを止めようとするアリスであったが、リナとルナが彼女を挟むように立って腕を抱き込み、有無を言わせず移動を始めた。

「行くよ、アリス様。二階も危ないから、私達の部屋に行こう」

「頼んだよ、ソフィア。頼りないヴァンパイアハンターの二人を助けてあげてね」

 リナとルナはじたばたと暴れるアリスを抱えたまま、ホールの角にある扉の元へと向かっていった。

「……面白い子達」

 主と従者という関係にしては随分と軽快なやり取りだな――と、ソフィアは改めて彼女達の不思議な間柄に笑いを零した。


 それからすぐに、ソフィアはアルベール姉妹が交戦している屋敷の外へと向かった。

 到着するなり、アルベール姉妹の祓魔銃による銃声や、ラメールのヴァンパイアが発する奇声などの不快な音の数々が耳に入り込んでくる。それらはソフィアに、ここが戦場であるという事を痛烈なまでに思い知らせた。

「シャルロット! シルビア!」

 ソフィアはヴァンパイアの攻撃を掻い潜りながら、二人の元へと駆け付ける。

「ソフィア……! あなた、何しにきたのよ!」

 突然現れたソフィアに、思わず狼狽してしまうシャルロット。

「二人を助けに来たの! 私達の方はもう済んだから!」

「た、助けに……? 気持ちは嬉しいけど、ここは危険だから――」

「馬鹿にしないでよ! 私だって戦える!」

「こ、こら! 我儘言わないの!」

「子供扱いするな!」

 そんなやり取りをしていた二人の元に、二体のヴァンパイアが接近する。ギリギリで気付いた二人は慌てて対処に移ろうとしたが、二人が何かをするよりも早く、少し離れた場所に居たシルビアが駆け付けて対処した。

 一体を素早い三連射で退け、もう一体は右足によるハイキックから左足での後ろ回し蹴りという連携体術で撃退する。

 それから、きょとんとしているソフィアとシャルロットの頭を順番にぱしんと叩いた。

「あれだけ油断するなと言って、まだするとはね」

「わ、私はソフィアが来たから……ちょっとびっくりしちゃってただけよ……」

「あら、言い訳? 折角だから全部聞いてあげたい所だけど、状況が状況だからね。帰ってからたっぷりと聞いてあげるわ」

「わ、悪かったわよ……!」

 そこで再びヴァンパイアの襲撃があったものの、シルビアとシャルロットが同時に放ったハイキックによって撃退される。

「次油断したら、わかってるわね?」

「……何をする気?」

「――聞きたいの?」

「い、いいえ……結構よ……」

 ひきつった笑みを浮かべ、シルビアの鋭い視線から逃れるように戦闘へと戻るシャルロット。

 次に、シルビアの矛先はソフィアに移った。

「さて――」

「ご、ごめんなさい……」

「……はい?」

「えーと、その……ごめんなさい……」

「……よろしい」

 すっかり怯えてしまっているソフィアの弱々しい視線を受けたシルビアは、仕方なくといった様子でそれ以上はお咎め無しで戦闘に戻った。


「誰かと思えば、ソフィアだったんだ。大好きなお姉ちゃんを殺しちゃってごめんね?」

 ソフィアの登場に気付いたラメールが、わざわざ攻撃の手を止めて挑発の言葉を彼女に投げた。

 しかし、本当はルイズがまだ生きているという事を知っているソフィアは、一切動揺する事なく寧ろラメールを煽り返す。

「誰を殺したって? ルイズはまだ生きてるよ。夢でも見てたんじゃないの?」

「……なんですって?」

 ラメールの表情から笑みが消えていく。ソフィアは続ける。

「あいつはあれくらいじゃ死なないよ。あなたは仕留め損ねたって事。残念だったね」

「そっか……あの子、まだ生きてるんだ……」

 無表情のまま、ニヤリと口元だけを歪めるラメール。その様相は、調子に乗っていたソフィアを一瞬で黙らせてしまう程不気味なものであった。

 静かになったソフィアとは逆に、ラメールは口を動かし続ける。

「でもそれくらいの事じゃ、あたし達の計画は左右されない。所詮、あの子だって半分は人間のままの半端な存在。恐れるに足りないよ」

「計画……ね」

 その単語を繰り返したのはシルビアであった。彼女は続けてこう訊く。

「そろそろ聞かせてくれても良いんじゃないかしら? あんた達が何を企んでいるのか」

「それはまだ――」

 ラメールは途中で言葉を切り、ある方向を意味深に見つめた。そして続きを話し始める。

「――いや、もう大丈夫かな。計画はついに最終段階。こうなれば、もう失敗は無いから……」

「あんた、何言って――」

「シルビア!」

 ラメールの視線の先を辿ったシャルロットが名前を呼び、シルビアにそちらを見ろと促す。

 ラメールが見ていたものは、屋敷の屋上にてこちらを見下ろしているエヴァの姿であった。

「あいつ……いつの間に?」

 シルビアは舌打ちをして、屋敷へと走り出そうとする。

 しかし、ラメールのヴァンパイア達がそれを阻止するように立ち塞がった。その光景を見て、ラメールは上機嫌な笑みを浮かべながら一同の顔を見回す。

「ふふ……後はその時が来るまで、あなた達を足止めするだけ。もう止める事はできないよ」

 そこで更に、ラメールの配下の登場以降途絶えていた下級ヴァンパイア達が新たに姿を現した。

 状況は急変し、絶体絶命に陥る一同。僅かな間を挟んだ後、シルビアがソフィアに目配せをしながら苦渋の決断を下した。

「ソフィア、あんたは他の連中を連れて屋上に向かいなさい。エヴァの力は相当なものでしょうけど、アリス達の協力があれば大丈夫でしょう」

「二人はどうするの……?」

「ここに残って、こいつらを喰い止めるわ」

「そ、そんな……無茶だよ……!」

「四の五の言い合ってる暇は無いわ。手遅れになる前に、さっさと行きなさい」

「でも……」

「何度も言わせないで!」

 シルビアはあえて突き放すような辛辣な態度を取り、ソフィアを送り出そうとする。そして、そんな彼女の心情を察したソフィアは、ごねて無駄な時間を生んだ方が失礼だと思い、重々しく首を縦に振った。

 その承諾にシルビアは表情を微かに緩ませ、何も言わずにソフィアの頭にぽんと手を乗せた。そして再び表情を引き締め、シャルロットに向き直る。

「シャル、何としてでもソフィアを屋敷に送り届けるわよ」

「オーケー。やるだけやってみましょう」

 二人はソフィアを挟むように位置取り、ヴァンパイアの包囲網をどこから抜けるのが最善かを探す為に視線を走らせる。

 しかし、既に完全に囲まれており、易々と抜ける事はもう不可能と言える状況であった。

「どうするの? あちらは何としてでも阻止するつもりみたいよ」

「――何としてでも送り届けるわ」

「どうやって?」

「力づくよ」

「――それならいけそうね」

 思わず苦笑を漏らすシャルロットであったが、他に方法が無いという事は彼女もわかっている。よって、すぐに気を入れ直してその無謀な作戦に備えた。

「本当に大丈夫なの……?」

 声には勿論、表情にも不安が表れているソフィア。その言葉に、シルビアは肩を竦めてただ一言こう答えた。

「……さぁね」

 決した後も、三人は中々動き出す事ができない。その間にも、ヴァンパイアの包囲網は徐々に輪を狭めてきている。

「(やるしかないわね……)」

 シルビアが銃を握り締め直した、その時――

「手を貸しましょうか? お三方」

 という声と共に、三人を囲っていたヴァンパイア達に剣閃が襲い掛かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る