エマとルイズ

 一方、サクラと別れユーティアスへとやってきたルイズは、ある目的を果たす為にヴェロニクのバーへと足を運んでいた。

 店の前に到着した所で、彼女は窓から店内の様子を覗き見る。中にはヴェロニクと自警団のメンバーが居り、何かを話し合っている。それを見たルイズは、小さく舌打ちをした。

「(ここに来れば居ると思っていたが……参ったな。連中に顔を見られるワケには……)」

 その時――

「あれ? お前、こんな所で何やってんだ?」

 という声が、背後から聞こえてきた。ルイズは素早く振り返ると同時に、声を掛けてきた人物の口を手で塞ぐ。そして、そのまま店の脇にある裏路地へと入っていった。

 奥まった場所まで来た所で、ルイズは強引に連れてきた人物から手を離す。

「お、おい……! いきなり何すんだよ……!」

 ルイズが連れ込んだ人物は、彼女とは初対面であるエマであった。ルイズは彼女の顔を見て、眉をひそめる。

「自警団に属している鍛冶屋の一人娘――確か名前は、ルフェーヴルだったか……それは貴様の事か?」

「……お前、何言ってんだ? 昼に会って自己紹介したばかりだろ?」

「戯言を。貴様とは初対面だ」

「ソフィア、お前、頭でも打ったか……?」

「ソフィア……?」

 ルイズはそこでやっと、エマが自分をソフィアと勘違いしているという事を察した。

「勘違いをしているようだな。私はソフィアじゃない」

「はぁ……? 何言ってんだよ……?」

 そこで、バーの扉が開く音が聞こえてきた。ルイズは再びエマを引っ張って路地の更に奥へと身を隠す。

「説明は後だ。とりあえず人目のつかない場所に行きたい。貴様の家へ案内しろ」

「おいおい、身も蓋もあったもんじゃねぇな……」

 状況が呑み込めずに困惑するエマであったが、何か事情があるのだろうと考え、彼女は路地の奥へと歩き出した。

「よくわかんねぇけど、まぁついてきな。こっちだ」

「――恩に着る」

 ルイズは路地の突き当りにある鉄扉の建物へと案内された。


「適当に座ってくれ。散らかってるけど、勘弁してくれな」

「……」

 ルイズはソファーの上に散乱していたエマのものと思われる服を纏めて端に片付け、空いた場所に腰を下ろす。

「飲み物、コーヒーで良いか?」

「結構だ。それより、さっきの話だが――」

 ルイズが話を切り出すと、キッチンへ行こうとしていたエマがぴたりと足を止め、踵を返して戻ってきた。

「そうだ。どういう事なんだよ、“私はソフィアじゃない”って。そういうキャラクターでも始めるつもりか?」

「――私はソフィアの姉、ルイズだ」

 その自己紹介を聞いた途端に、エマは思わず一歩下がってルイズに警戒の眼差しを向けた。

「あ、姉……? って事は、お前が今回の騒動の――」

「黒幕……と言いたいのか?」

 ルイズはエマをじっと見据えてそう訊き返す。エマは固唾を飲んでゆっくりと頷いて見せる。

 すると、ルイズはエマからすっと視線を外し、つまらなさそうに鼻で笑った。

「……まぁ、そのような捉え方もできなくはあるまい。否定はしない」

「ちょ、ちょっと待ってくれ……。だとしたら、ソフィアの姉であるお前さんが、私に何の用なんだ? 言っておくが、私はソフィア達の味方だぜ。お前さんに力を貸すようなマネは――」

「無条件に協力しろとは一言も言っていない。私はただ、銃弾を売ってほしいだけだ」

「銃弾だぁ……?」

 エマは怪訝そうに眉をひそめる。ルイズはコートの内側に隠してあるホルスターから銃を取り出し、エマに投げ渡す。

「.45口径だ。弾倉五つ分を用意してくれ。勿論金は払う」

 エマは反射的に銃を受け取りはしたものの、慌てて説明を始めた。

「ま、待て待て! 私は普通の銃弾なんか作ってねぇよ……!」

「――何? 貴様、ルフェーヴルの娘なんだろう?」

「確かにそうだけどよ、私は銀の銃弾しか作ってねぇんだよ。生憎だが、普通の銃弾は一度たりとも作ったこたぁねぇんだ」

「……」

 ルイズは渋面のままエマを見つめる。エマは困ったように苦笑を返す。

「そんな目で見られてもな……無いモンは無いんだ。諦めてくれよ」

「……ならば、銀の銃弾で構わない。この銃に合うものを――」

「いや、悪いけど、それも無理だ」

「……貴様」

 ルイズはすっと立ち上がり、エマに歩み寄っていく。

「私を愚弄しているのか」

「ち、違うって! そうじゃねぇよ! 普通の銃に銀の銃弾は使えねぇんだよ……!」

「何故?」

 身体をぐいっと寄せてきたルイズに両手を挙げて見せ、エマは彼女を宥めながら説明を始めた。

「私が作ってる銀の銃弾は、普通の銃の衝撃には耐えられねぇんだ。シャル達――ヴァンパイアハンターが使ってる例の祓魔銃は、普通の銃よりも撃鉄の力が弱い。勿論その影響でお前さんが使ってるような普通の銃に比べて貫通力とかは弱いワケだけど、銀の銃弾は物理的な威力よりも、特別な祓魔の力でヴァンパイアを倒すモンだ。だからその点は問題ねぇのさ」

「……ふむ」

 エマの説明に納得したルイズは、ソファーの元へと戻っていった。そして、彼女は神妙な面持ちで考え始める。

「(本土に行って調達する時間も無い。銃弾の調達が不可能となれば、剣のみで戦う事になる……もう投げ物も残っていないという事を踏まえて考えると、状況はかなり厳しいか……)」

 そんな彼女に、エマはおずおずと声を掛けた。

「な、なぁ……一つ良いか?」

 ルイズは返答はせずに、目配せだけで応える。質問の許可が下りた事を確認したエマは、先程投げ渡された銃を返しながらこう訊いた。

「お前さん、ソフィアと殺し合うつもりなんだよな?」

 ルイズは銃を受け取りながら、怪訝そうにエマを見上げる。

「何故そんな事を訊く」

「そうじゃなくて、ソフィア達に協力するってんなら、武器を貸してやっても良いぜ」

「……武器を?」

「あぁ。――どうなんだ?」

 エマは腕を組み、ルイズの返答を待つ。すると、ルイズは呆れた様子で溜め息をつき、ソファーから立ち上がって出口へと向かった。

「腑抜けた事を。奴等に協力するなど有り得ん」

「ま、待てよ……! 待てってば!」

 てっきり武器をちらつかせれば快諾するものだと思っていたエマは、慌てて彼女の前に立ち塞がった。

「どけ。銃弾を調達できぬというのであれば、貴様なんぞに用は無い」

「口悪ぃなぁ……まぁいいや。お前さん、どうしてそんなにソフィアを憎んでんだ?」

「貴様には関係の無い話だ」

 エマを押し退けようとするルイズ。エマはその手を掴み、ルイズを睨み付けた。

「いや、あるね。ソフィアは私の友人だからな」

「貴様……」

 ルイズは空いているもう片方の手でエマの胸ぐらを掴み、悠々と身体を持ち上げた。

「粋がるなよ、小娘が。力無き者が虚勢を張れば無意味に寿命を縮める事になるぞ」

「畜生……流石に力強ぇなぁ……。わかったわかった、私の負けだ……」

 ヴァンパイアと人間の力の差を見せ付けられ、エマは苦笑混じりに両手を挙げてみせた。

「ふん……二度とふざけた態度を取るなよ。次は無いぞ」

 ルイズはエマの身体を手放し、そのまま玄関へと向かう。

「なぁ、そんなにカリカリすんなって。もう少し話さねぇか?」

「貴様と何を話す。そんな暇は無い」

「なんだ、予定があるってのかよ?」

「フォートリエの屋敷に行き、私を騙した愚かな連中に命で償わせる。――その為に銃弾の補給がしたかったんだ。だが、無理なものは仕方があるまい」

「なんだ、そういう事か。ちょっと待ってろよ」

 エマはそう言って、再び先程の部屋へと戻っていく。

 すぐに戻ってきた彼女の手には、一丁のライフル銃が握られていた。

「……なんだ、その銃は?」

「私が作った銀の銃弾を使うライフルだよ。持ってくか?」

 ルイズは怪訝そうにエマの顔を見つめる。

「戯れ言を。この銃で貴様の友人を撃ち抜く事になるぞ」

「じゃあ貸さねぇ。だけど、その騙した連中とやらとやり合いに行くんだろ? その為だけに使うなら、貸してやる」

「貴様は何を言っている? そんな口約束、私が守るとでも?」

 ついに嘲笑を浮かべるルイズであったが、エマは真剣な様子でこう答えた。

「守るさ。お前さん、確かにソフィア達の話を聞くには悪党だが、しっかりと芯は通ってる奴みてぇだからな」

「……何だって?」

「芯が通ってねぇ腑抜けた悪党なら、私が武器を貸してやっても良いって言った所で、脅すなり殺すなりで奪おうとするハズだろ。だけどお前さんはそうせずに、諦めて帰ろうとした」

「……」

「悪党は悪党でも、自分の流儀にはしっかりと従う生真面目な悪党ってワケだ。そういう奴になら、武器を貸してやっても構わねぇって思ってな。勿論、ソフィア達と戦う時にゃ返して貰うぜ。――というより、戦うのをやめてくれりゃもっと良いんだが」

「……最後の言葉は聞かなかった事にしよう」

「ま、そう言うとは思ってたけどよ……」

 エマは苦笑を見せた後、ライフルとその弾薬をルイズを渡した。

「いいか、この銃でソフィアやシャル、それにアリス達を撃つんじゃねぇぞ」

 ルイズはしばらくの間受け取ったライフルを無言で見つめていたが、やがて億劫そうにそれを肩に掛けると、踵を返して一言返した。

「……約束はしないぞ」

「何とでも言え。お前さんは撃たねぇんだよ。そういう奴なハズだ」

「……」

 ルイズは鉄扉を開けて外に出た所でもう一度振り返り、エマの顔を見つめる。

「……貴様は不思議な奴だな」

「不思議?」

「私に手を貸す人間など、居ないものだと思っていた」

「そうか? まぁ、一応ソフィアの姉貴さんって事だしな。まんざら他人ってワケでもねぇしよ。それに、これはあくまでも勘に過ぎねぇんだが、お前さんはどうにも悪い奴には見えねぇんだ」

「……私はソフィアにとって大切な存在であった父親を殺した張本人だぞ。これを聞いてもそんな台詞が吐けるのか?」

 その問い掛けに、エマは悩むような素振りを見せる。

「父親殺し……か。そりゃ確かに良い事じゃねぇな」

「ふん……所詮は殺し合う宿命。それは誰にも変えられぬ事だ」

「それは違うんじゃねぇのか? お前さんが殺すのをやめりゃ、そんな宿命とやらはねじ曲げられる」

「戯れ言を……。仮に私が剣を置いたとて、父親を殺した私をソフィアが放っておくとでも?」

「さぁな。でもお前ら、姉妹だろ?」

 その単語に、ルイズは眉をひそめた。

「――姉妹だから、なんだと言うのだ?」

「ソフィアはお前さんにとってたった一人の妹。それは勿論、ソフィアにとってもそう言える話だ。お前さんはあいつにとってたった一人の姉って事さ。私には兄弟姉妹が居ねぇから、羨ましいとすら思えるぜ」

「……」

 エマの話を聞き、言葉を失うルイズ。反論の言葉は心中には浮かんでいたものの、それを口に出す気にはなれなかった。そしてまた、ルイズは何故そんな風に思ったのかという事を不思議に思っていた。

「……戯れ言を」

 次第にもどかしさすら覚え始めたルイズは、強制的に話を終わらせて建物を出ていく。

「おい、約束忘れんなよ!」

 扉を閉めた後もそんな台詞が聞こえてきたが、ルイズは何の返答もせずに裏路地を歩き始めた。

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