闇を狩る者

 シャルロットの肩を銀の銃弾が貫いてから、十分程が経過した。

 シャルロットは、先程までは肩を撃ち抜かれた痛み以上に悶え苦しみ暴れ回っていたものの、今となってはそれが嘘であったかのように静かに横たわって寝息を立てている。

 そしてシルビアは、そんな彼女の隣に木を背にして座り込み、煙草をふかしながら妹の憔悴しきった寝顔を静かに見守っていた。

 シルビアが三本目の煙草に火を点けようとした所で、シャルロットが呻き声と共に目を覚ます。

「お目覚めかしら?」

 シルビアの声を聞いたシャルロットは、ゆっくりと彼女に視線を合わせる。深紅に染まっていた瞳は、元の色である綺麗な碧色に戻っていた。

「シル……ビア……?」

「どうして疑問形なのよ。お袋にでも見えた?」

「ふふ……髪を下ろしてるから、一瞬誰かと思っちゃったわ」

「あっそ……」

 シャルロットのいたずらっぽい笑みを見て、シルビアは呆れたように苦笑を浮かべた。

「ねぇ、奴等はどうなったの?」

 苦しそうにしながらも、シャルロットはなんとか上体を起こしてシルビアに訊く。

「今、ソフィア達とヴェロニク達が一緒になって追ってるわ」

 その返答を聞くと、シャルロットは痛む身体に鞭を打ち、苦々しい表情で立ち上がった。

「それじゃあ私も、いつまでもこうして休んでるワケにはいかないわね……」

「もう大丈夫なの?」

「えぇ。誰かさんが肩に開けてくれた風穴も、誰かさんがしてくれた立派な応急処置のお陰で平気ですから」

 シャルロットはそう言って、肩に巻かれているシルビアのシャツの裾だと思われる布切れを見ながらくすくすと笑う。

 それを受け、シルビアは溜め息混じりに話し始める。

「……あのね、私はあんたを助ける為に――」

「わかってるわよ。ちょっとからかいたくなっただけ。――ありがとね、シルビア」

「……最初からそう言いなさい」

 シャルロットの素直な御礼の言葉を受けて気恥ずかしくなったシルビアは、そっぽを向いてぼそりとそう返した。


 その後、二人は仲間と合流する為、彼女達が向かった方向へと移動を始める。

「それで、状況はどうなってるの?」

 シャルロットに訊かれたシルビアは、意外そうな顔で訊き返す。

「何よ、記憶が無いって言うのかしら?」

「記憶?」

「操られていた間の記憶よ。あんたは事の中心に居たワケなんだから、下手をすれば私よりも状況を理解しているものだと思っていたけど」

 シャルロットは少し考える素振りを見せてから、その質問に答えた。

「残念ながら、ハッキリとは覚えてないのよ。ソフィアと一緒にメティス村に行って、それからしばらくした所で一度意識が途切れちゃってね」

「――それから、ずっと今まで寝てたってワケ?」

「いいえ、所々起きていたような、そんな感覚はあるの。自分だけど自分じゃないような……この身体の中から自分を見ていたというか……何だか不思議な感覚だったわ」

「よくわからないけど……覚えてる事はあるのかしら?」

「覚えてるのは……ほら、丁度この辺りで、あなたとソフィア、それとアリスの所の連中と遭遇したじゃない」

「昨晩の話ね。じゃあ、アリスの屋敷に行った事は覚えてる?」

「アリスの屋敷……? いいえ、知らないわ……」

「そう……。他には?」

「あとは、大きな鍾乳洞を見た気がするわね。それから、あなたと戦ったついさっきの時の事。思い出せるのは、それぐらいかしら」

 顎に手を当てて“うーん”と悩むような素振りを見せながら、シャルロットは答える。それを聞いて、シルビアは先程の戦闘において、気になっていた事を彼女に訊いてみる事に。

「さっきの事を覚えているの?」

「えぇ。最初から最後まで」

「――じゃあ訊くけど、途中、私を蹴り飛ばした後に笑ったわよね。あれは操られていたあんたのもの? それともあんた自身の本心かしら?」

「あぁ、あの時は私も笑ったわ」

「……は?」

「なんだか妙におかしく思えちゃってねぇ。散々煽った挙句、すぐに蹴り飛ばされちゃうんですもの。――思い出したらまた笑いが込み上げてきたわ」

「あんたね……」

「あら、もしかして気にしてたの? 妹に煽られて悔しかったの?」

「ッ……!」

「その反応は図星のようね。まぁ、気にする事ないわよ。相手は操られていたとはいえこの私ですもの。元気出しなさい」

「……」

 ラメールの力が消滅し、シャルロットはすっかりシルビアがよく知っている生意気な妹に戻っている。その事実に、シルビアは呆れたようにも、安堵したようにも見える深い溜め息をついた。



 一方――

 ラメール達を追って森の中を進んでいるソフィア一行は、道中にてヴァンパイアの襲撃に遭っていた。

「あぁもう……何体出てくるの……?」

 ソフィアが生成した光剣を飛ばし、自分を囲んでいた三体のヴァンパイアを同時に仕留めた所で、湧き上がってきた焦燥感に耐え切れずに思わずそう嘆く。

 現れるのは下級の個体ばかりではあったものの、数が非常に多かった。いくら倒そうが、進行方向から次々と新たな群れが押し寄せてくる。

「向こうも必死というワケでしょう。恐らく、次の策が彼女達にとっての最後の砦であるハズです」

 ソフィアの隣で戦っているサクラが、新たに現れた群れを空間斬りで殲滅してからそう言った。

「そうだと助かるんだけど……それにしても、これじゃあキリがないよ……」

「ふふ……随分と弱気ではありませんか、ソフィアさん。例の力を使ってみてはいかがです?」

 サクラの提案に、先程ヴァンパイアの力の副作用を経験したばかりであるソフィアは、表情を曇らせて答える。

「い、いや大丈夫……そこまでヤバいワケじゃないと思うし……」

「ふふ……そうですか……」

 サクラは微笑ましそうにくすくすと笑ってから、そのままの表情で、ソフィアを背後から襲おうとしていたヴァンパイアを一振りで両断した。


 ヴァンパイアは絶え間なく現れていたが、一同は全く進まずにその場でずっと対処をしていたワケではない。倒しながらも、少しずつではあったが確実に進んでいた。

「あら、追い付いてしまいましたか」

 進行方向に複数の人影を見つけ、サクラがそう呟く。先行したヴェロニク達であった。

「良かった、無事だったんだ」

 サクラに続いて彼女達を確認したソフィアが安堵の声を漏らす。

 しかし、サクラはすぐに辺りに倒れている亡骸がヴァンパイアのものだけではない事に気付き、静かに首を横に振った。

「――無事と言えるかは、判断が難しい所です」

「え? それ、どういう――」

 訊きかけた所でソフィアもその亡骸に気付き、彼女は息を呑んで言葉を失う。サクラは掛ける言葉が思い浮かばず、何も言わずに殲滅を再開した。

 そこで、現れたソフィア達に気付いたヴェロニクがライフルに弾を込めながらやってくる。

「無事で良かったわ、ソフィア」

「ヴェロニク、自警団の人達は……?」

 ソフィアの質問に、ヴェロニクは暗い声調で答える。

「――四人やられたわ。残ってるのはあと六人だけど、その内の三人も負傷してる」

「そんな……」

「負傷者の治療を優先したい所なんだけど、如何いかんせん数が多すぎてね。自分達の身を守るだけで精一杯だったのよ。――でも、あなた達が来てくれたからには、なんとかなりそうね」

 ヴェロニクはそう言って、僅かに表情を緩ませた。そんな彼女に、サクラが提案する。

「あなた方は一旦お下がりくださいな。後は我々にお任せを」

「大丈夫よ、私達も戦うわ――と言いたい所だけど、こっちには負傷者が居るワケだし、お言葉に甘えさせて貰うわ。悪いわね、サクラさん」

「――はて、わたくしは名乗りましたか?」

「あなたの事はシルビアから聞いてるわ。かなりの腕前らしいわね、期待してるわよ」

「ふふ……そういう事でしたか。ご期待に添えますよう、最善を尽くします」

「よろしくね。――それと、例の二人組はここを真っ直ぐに抜けて行ったわ。恐らく、テールの森の方よ」

「了解です。そちらもお任せください」

 サクラはにっこりと笑みを浮かべて返答してから、そのままの表情でヴェロニクの背後に迫っていたヴァンパイアの首を一振りで斬り落とした。

 ヴェロニクは最後に“よろしくね”と、ウィンクをしてから自警団のメンバーの元へと向かい、彼等と共に撤退に取り掛かる。ソフィアとサクラは当然、ノアと双子もその援護に回る事に。

「やれやれ、ボク達が人間を守るとは、皮肉な話だね」

「黙ってやりなさい」

「文句言うなバカ」

「……やれやれ」

 五人の援護が効を奏し、ヴェロニク達はすぐにその場からの離脱を完了させた。

 しかし、ヴァンパイア達の中には尚もヴェロニク達を狙い、そちらに向かおうとしている個体も居た。

「どうするんだ、サクラ。安全な場所までついていくのか?」

 ノアがヴァンパイアの首を掴み、握力で握り潰しながら訊く。

「いえ、我々にもやるべき事があります。そこまでの面倒は見切れません。後は彼女達の生命力次第です」

「ふむ。やっぱりお前は温情があるのか冷酷なのか、わからない奴だね」

「ふふ……好きなように解釈して頂いて結構ですよ、ノア」

 サクラはノアに艶然とした笑みを浮かべ、そう言った。


 それから一同は、なるべくヴァンパイアをヴェロニク達の方へと行かせぬように殲滅しながら先へと進み始める。

 その一方、ヴェロニク達は負傷者を抱え、来た道を戻っていきユーティアスへと向かっている。途中でソフィア達が倒し損ねたヴァンパイアが追跡してきたものの、その数は指折りで数えられる程であり、先程の乱戦に比べれば遥かに楽な戦闘であった。

 しかし、四体目のヴァンパイアをヴェロニクが仕留めた所で、状況が一変した。

「嘘でしょ……? どうしてあんな所から……」

 背後からではなく、左手側の森の奥からヴァンパイアの群れが現れた。

「逃げ切る事は難しそうね……」

 ヴェロニクは動ける者達に迎撃の指示を出し、自らもライフルを構えて臨戦態勢に入る。

 ヴァンパイアの数は確認できるだけでも二十体程おり、対してヴェロニク側は単発式のライフルが武器で、四人という少人数。厳しい戦いであるという事実は始める前からわかる事であったが、それでも他に打つ手は無い。

 苦渋の思いで戦闘を始めようとしたその時、ライフルのものとは少し違う銃声がその場に鳴り響いた。

 同時にこちらに向かってきていた先頭のヴァンパイアの頭部が燃えて灰になり、倒れて動かなくなる。

 何が起きたのかとヴェロニク達が怪訝な思いで辺りを見回してみると、

「大変そうね。手伝ってあげましょうか?」

「冗談言ってないで、さっさと始めるわよ」

 進行方向の先に、祓魔銃を手にしたアルベール姉妹が立っていた。二人はヴァンパイアの頭部を次々と撃ち抜いていきながら、ヴェロニクの元に歩いていく。

「後は私達に任せなさい。こっちに戻ってきたって事は、撤退するつもりなんでしょう?」

「そのつもりよ。お恥ずかしながら、私達じゃ手に負えない数でね……」

 シルビアに苦笑を返すヴェロニク。

「気にする事ないわ。本来これは専門家の仕事ですから」

 シャルロットはそう言って、ウィンクをして見せた。ヴェロニクは彼女を見て、安堵したように微笑む。

「あら、良かったわ。すっかり元通りになったみたいね」

「お蔭様でね。迷惑掛けた分、今からしっかり働くから、勘弁してよね?」

「ふふ……よろしく頼むわよ」

 そこで、二人が会話をしている間に全てのヴァンパイアを殲滅し終えたシルビアが、新たな群れを確認した。

「ヴェロニク、お喋りはそれくらいにして、さっさと逃げなさい。次が来るわ」

「おっと、それはまずいわね。それじゃ、後は任せるわよ」

 ヴェロニクは自警団のメンバーと共に、再び撤退を始める。

 アルベール姉妹の二人は彼女達とヴァンパイアの群れを隔てるように位置取り、銃を構える。

「シャル、弾は?」

「もう無いわよ?」

「――無いの? 一つも?」

「一つもよ。だからあなたとやり合ってた時に、途中から格闘戦に持ち込んだんじゃない。そういうワケだから、弾を分けて貰えるかしら」

「――もう少し申し訳なさそうに言いなさいよ」

「あら、何よ。“ごめんねお姉ちゃん、弾分けて? お願い!”とでも言って欲しかったの?」

「……やっぱりいいわ」

 シルビアはポーチの中から四つの弾倉を纏めて掴み、シャルロットに渡した。

「ここで喰い止めるわよ。ラメール達の方は一旦、ソフィア達に任せましょう」

「それじゃあ、早くこいつらを片付けないとね。あの生意気で趣味悪なヴァンパイアは私が直々に懲らしめてやるんだから」

「また操られんじゃないわよ」

「失敬な! シャルロットさんは同じ轍を二度は踏まないわよ」

「だと良いけど……」

 二人は迫りくる大群に向け、発砲を始めた。

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