第339話:進化する魔獣⑫
――ザンッ!
シルフブレイドによる切れ味の向上と間合いの優位、そしてアルの技術がデヴォルガンデの全てを上回った。
離れたところから見ていたグレンですら、その剣閃を見極める事ができなかったほどだ。
気づいた時にはすでに、アルディソードは鞘に納められていた。
『……見事だ、人間!』
「首だけになっても喋れるのだな」
『ふはははは! 堕神を舐めるな!』
勝利を確信したアルの心を踏みにじるかのような哄笑を受け、彼はさらに口を開いた。
「いいや――想定内だ」
『何を言って――!?』
アルがアルディソードを鞘に納めたのは首を刎ねたからだけではない。確実な勝利を得るために二の斬撃を放つためだった。
「マリノワーナ流剣術――
『ぬおおおおぉぉぐがああああぁぁああぁぁぁぁっ!?!?』
足を止めての千に迫る斬撃を放つ風牙千刃は、宙を舞うデヴォルガンデの首だけではなく、首を失い棒立ちになっていたその肉体すらも細切れに切り刻んでいく。
最後に放たれた断末魔を最後に、デヴォルガンデの声を聞く事はなかった。
それは同時に、王都カーザリアを危機に陥れようとしていた脅威が消えた事を意味し、シンの革命が失敗に終わった事も意味している。
「……これで、終わったようだな」
「……ぷはあっ! …………はぁ、はぁ……は、はい……ぅぅ」
「アル!」
一撃に全てを込める紫電一閃とは違い、風牙千刃は足を止めたまま千に迫る斬撃を放つ故に肉体を最大限に酷使してしまう。
限界を超えた肉体は自らの体を支える事すらできず、その場で傾いていく。
――トン。
だが、そのまま地面に倒れると考えていたアルの予想は外れ、その肩を優しく支える何者かが現れた。
「……はは……みんな、生きてるみたいだな……シエラ」
「当然じゃない。まあ、無傷ってわけじゃないけどね」
デヴォルガンデが倒された事でサモンされていた闇の眷族は姿を消していた。
アルが勝った、そう確信したシエラは即座に駆け付けたのだ。
「アル!」
「アルく~ん!」
「アルさん!」
キリアン、ジャミール、レイリアも駆けつけてアルに手を貸していく。
誰もが安堵の顔をしており、レイリアに至っては涙ぐんでいた。
「よかった……本当に、よかった!」
「おいおい、負けると思っていたのか? これでも個人部門でお前を倒した男だぜ?」
「そうよ、レイリア。アルが負けるはずがないわ」
「……君たち、いつの間に軽口を言い合える仲になったんだい?」
「いいじゃないか、ジャミール君。仲が良いのは素晴らしい事じゃないか」
呆れ顔のジャミールにキリアンが笑いながらそう告げる。
「全く。最初からこうならもっと簡単だったんじゃないかい?」
「ジャミールはうるさい」
「シエラちゃんは酷いな~!」
二人のやり取りを受けてアルが笑い、キリアンが笑い、涙ぐんでいたレイリアが笑う。
ジャミールも笑い出した事で残されたシエラだけは苦笑を浮かべていた。
「ユージュラッド魔法学園には素晴らしい学生が多く集まっているようだな」
「グレン大隊長!」
グレンが声を掛けてくると、所属するトップを前にしてキリアンは表情を引き締めて右拳を左胸に当てて敬礼をする。
そんなキリアンに対してグレンは右手を軽く上げて敬礼を止めるよう指示した。
「よくやってくれた、キリアン・ノワール。この場では我ら以外に誰もいないのだから、無礼講といこうじゃないか」
「で、ですが……」
「ならば、今に限りお前は第一魔法師隊のキリアンではなく、アル・ノワールの兄として接すればいい」
「……ありがとうございます、大隊長」
右手を下げたキリアンは再びアルへ向き直り、彼の戦果を称えた。
「アル。本当によくやってくれたね。君はユージュラッドだけではなく、カーザリアまでも救ってくれた英雄だよ」
「……それは違うよ、兄上」
キリアンの言葉を受けて、アルは笑みを浮かべながら首を横に振った。
「兄上たちが一緒に来てくれたから、リルレイさんや冒険者たちが来てくれたから、グレン様が共闘してくれたから、デヴォルガンデを倒す事ができたんです。俺一人では命を落としていたでしょう」
「……そうか。アルは、本当に偉いね」
「事実を言っただけですよ?」
「……うん、そうだね。みんながいてくれたから、堕神を倒す事ができたんだ」
最後には笑みを浮かべ合うと、キリアンはアルの腕を取って自分の肩に回した。
「帰ろうか。カーザリアへ」
「あぁ。そして、ユージュラッドへ」
こうしてシンの革命は終わりを迎え、カーザリアに平穏が戻ってきたのだった。
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