第250話:王都へ出発

 ――そして、魔法競技会を一週間後に控えた本日。


「ついに、カーザリアへ出発する時がきたんですね」

「リリーナ、緊張しているの?」

「お前の実力なら、ここにいる代表以上の実力者でなければ負けることはないよ」


 今から体を強張らせているリリーナに対して、フレイアとアルが気安く話し掛けている。

 フレイアは以前にも魔法競技会に参加したことがあり、アルは前世での経験値が大きく緊張とはかけ離れていた。


「私は楽しみだわー! どんな相手がいるのか、ワクワクするもの!」

「アルやジャミール先輩より強い相手がいるとは思えないんだけど」

「いやいや、アル君はともかく、僕より強い相手はいっぱいいると思うよ?」


 そしてラーミアは緊張よりもワクワク感が上回っており、シエラとジャミールは平常運転である。

 周囲の様子を見たリリーナは、自分だけ緊張していることが恥ずかしくなり、わずかばかり下を向いてしまった。


「そ、そういえば、他の代表の方々はどうしたんでしょうか?」


 話題を逸らそうと、リリーナは貴族派の残り二名の代表の所在について質問を口にする。

 学園から出発するのだが、ここには代表が六名しかいない。

 リリーナの質問に答えたのは、引率で同行するペリナだった。


「彼らは家が馬車を用意しているから、直接カーザリアへ向かうそうよ」


 カーザリアまでの移動は、基本的に学園単位と決められている。

 もし個人で向かうとなれば、事前に学園側へ申請が必要なのだが、ペリナが知っているということはそれもされているということだろう。


「全く。出発前日になって口頭で言われても、こっちが迷惑なんだけどね!」

「……あー、それは、ご愁傷様です」


 二名の代表者はアルたちと同じ馬車に乗るのを拒み、急遽申請を出したのだった。


「まあ、こっちはその方が気楽でいいからいいんじゃないかしら?」

「そうだねー。僕もそう思うよー」

「そうよ、そうよ! アル君が優勝したのに従わないんだもんね!」

「個人戦に出るとしても、一回戦で負けるような奴らでしょ?」

「わ、私も、その方がいいかと」


 そして、アル以外の全員が同意を示してきたこともあり、アルも気にしないことにした。


「学園長は先に出発しているから、私たちもさっさと向かいましょうか」

「……スプラウスト先生、何か怒っていませんか?」

「いいえ、怒っていませんよ? 私に引率を押し付けた学園長や他の先生方々に対して怒り狂っているとか、別にそんなこと思っていませんよ?」

「……十分怒っているということですね」


 嘆息しつつも、これ以上時間を掛けるのももったいないと判断したアルはそそくさと馬車に乗り込んだ。


「……御者までやるんですか?」

「そうですよ。御者に護衛も兼務です。えぇ、だからこそ面倒だという先生もいて、こうして押し付けられたわけですねー」

「……さっさと行きましょうか」


 怒りが最高潮に達する前に出発するべきだと判断したアルの言葉を受けて、馬車は出発したのだった。


 ※※※※


 ユージュラッドを出発してから数時間後、再びリリーナが疑問を口にした。


「あの、フレイア様?」

「どうしたの、リリーナちゃん?」

「フレイア様は上級貴族ですが、どうして見送りなどがいなかったんでしょうか?」


 聞けば、過去の魔法競技会では多くの見送りの元で出発するのだとか。

 しかし、今回に限って言えば見送れは誰もいない。代表の中に上級貴族のフレイアがいるにもかかわらずだ。


「私は下級貴族ですし、ノワール家はスタンピードの功績で中級貴族に上がりましたが――」

「父上は大反対していたがな」

「あ、あはは。ですが、それでも中級貴族でした。フレイア様に見送りがいないのは不思議だと思いまして」


 リリーナの疑問はもっともだ。

 だが、フレイアにはその理由が分かっており、至極単純なものだった。


「まあ、私を含めて、この馬車に乗っているのが貴族派じゃないからじゃないかしら?」

「……えっ? そ、それだけですか?」

「えぇ、その通りよ。お父様は怒り狂っていたけど、私はどうでもいいからね」


 何やら父親に対して達観したような表情でそう口にし、肩を竦めている。


「それよりもさー! ノワール家って、中級貴族に上がったのね! おめでとう、アル!」

「さっきも言いましたけど、父上は大反対だったんですよ」

「いやー、さすがに大将首を討伐した功績を無視はできないってことでしょう!」


 やや強引な感は否めないが、フレイアは話題を変えようとノワール家が中級貴族に上がったことを本題にあげてきた。


「……ここで俺たちが魔法競技会で優勝なんてしたら、また変な箔が付いちゃいますね」

「あー、それは確かに。でもまあ、負ける気はないけどねー」


 フレイアの雰囲気を察して話に乗っかったアルは、苦笑しながら先ほどのフレイアと同じように肩を竦めた。

 その反応にリリーナも口を閉ざし、これ以上の質問をすることはなかった。


「……貴族って、面倒くさいのね」


 そして、ペリナは御者をしながらそんなことを呟くのだった。

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