第190話:アミルダからの呼び出し

 朝ご飯を食べて学園へ向かうと、門の前ではペリナが笑顔で出迎えてくれた。

 その表情を見たアルは気分がよかったのに叩き落されたかのような嫌悪感を表情に出して見せた。


「アル君、そんなに嬉しいのかしらー?」

「この表情を見てそう言えるのは、スプラウスト先生くらいじゃないですか?」

「冗談よ、じょーだん! 用事があるのは私じゃなくて学園長なのよー」

「……ヴォレスト先生が?」


 わざわざ呼び出してまで話したいことがあるとなれば、その内容は十中八九魔法競技会についてだろうとアルは考えた。

 普通であればここでも嫌な顔を見せていただろうが、今回はキリアンの状況もあってか嘆息するだけで素直に頷いた。


「あれ、私の時にはあれだけ嫌な顔をしてたのに学園長からならいいの?」

「こっちにも事情があるんですよ」


 教室に行ってからと思ったが、ペリナから許可を貰ったこともありそのまま学園長室へと向かった。


 ※※※※


 学園長室の扉をノックして、返事があったので中に入ったのだが――


「よう、アル!」

「学園長! まだ話の途中ですよ!」


 アミルダは一人の男子生徒と話をしている途中だった。


「……あの、出直しますね」

「いやいやいやいや、こっちの話は終わってるから構わないよ!」

「終わってませんから! ……ん、アルだと?」


 そこで何故だか男子生徒がアルを睨みつけながら近づいてくる。

 顔見知りだろうかと思って見てみたが心当たりがなく首を傾げてしまう。


「……貴様がゾランを倒しただと? 信じられんが、ザーラッド家が取り潰しになったのだから確かなのだろう。どんないかさまをしたかは知らんが、俺は貴様なんぞに負けないからな!」


 そう言い残して学園長室の扉を乱暴に閉めながら去っていってしまった。


「……えっと、何事ですか? ってか、あの人は誰ですか?」


 扉からアミルダへ振り返ったアルだったが、その表情がニヤニヤと笑っているのですぐに頭を抱えてしまう。


「……ヴォレスト先生、図りましたね?」

「何のことかな。たまたまジーレインがアルより先に訪れただけだよ」

「ジーレイン?」


 名前にも聞き覚えがないとなれば確実に見知らぬ人だろう。

 だが、ジーレインはアルを知っており、さらにゾランとザーラッド家の名前を出してきたことからその関係者だろうと予想立てていたのだが、まさにその通りだった。


「彼はジーレイン・フットザールで二年次の生徒だ」

「ジーレイン……フットザール!?」


 家名を聞いたアルは驚くと共に本格的に頭を抱えてしまった。


「フットザール家といえば、上級貴族の中でもさらに上位に位置する大貴族じゃないですか!」

「そんな相手に目を付けられるなんて、アルも大変だね」

「他人事みたいに言わないでくださいよ! なんでそんな相手と俺を対面させたんですか!」


 明らかにたまたま遭遇したわけではなく、アミルダが仕込んでいたことだろう。

 どのような意図があるのか説明してもらわなければ帰れないと判断したアルは無言のままジト目で圧を掛け続けた。


「……えっと、ちゃんと説明するからそんなに睨まないの」

「当然です。そうじゃないとさすがに俺も怒りますよ?」

「ソロでダンジョンの下層まで行けるアルに怒られたらたまったものではないな」


 肩を竦めながらも椅子に座るよう促されたアルはそのまま腰掛け、お茶を運んできたアミルダが対面に腰掛ける。

 一度お茶を啜った後にアミルダが口を開いた。


「ジーレインは、魔法競技会に参加するためのトーナメント戦を良しとしていないのよ」

「実力がないからですか?」

「違うわ。というか、実力で言うなら二年次の学生の中ではトップよ」

「……そんな相手が何で俺を敵対視してるんですか」


 背もたれに体重を預けながら天井を見つめるアル。


「トーナメント戦に一年次の学生が出ると知って苛立ったみたい。そして、その学生が突然目の前に現れたからあんな態度になったんでしょうね」

「……あの、なんで俺が出るって他の学生に知れ渡ってるんですか?」

「噂になってるわよー。特に一年次の学生の間でね!」


 噂好きの学生がどこかで口に出してしまったのだろう。

 そこから噂が上級生へと広がり、ジーレインのような学生が出てきてしまった。


「それと、ザーラッド家は元々フットザール家から枝分かれした貴族家だったから、それで変な敵対心を持たれているんでしょうね」

「そこは学園長であるヴォレスト先生が説得するところですよね!」

「説得を試みたが失敗した。だからアル、トーナメント戦ではしっかりと優勝してくれ」

「……んな無茶な。今の話だと、二年次だけじゃなく三年次から五年次の学生も出てくるんですよね?」


 魔法競技会に新人戦は存在しない。魔法学園に通う全生徒から選抜された代表が競い合う大会なのだ。


「同学年ならいざ知らず、上級生に勝てるとは思えませんね」

「どうかしら。上級生でもソロで下層まで行ける実力者はユージュラッド魔法学園にはいないし、さらに言えばAランク相当の魔獣を倒せる奴もいないわ」


 オークロードのことを言っているのだろうと理解したアルは再び嘆息する。

 冒険者や兵士長でも苦戦を強いられたオークロードを倒せる学生が何人もいたら、それこそ都市外でもちょっとした噂になっていることだろう。


「……全力は尽くしますよ」

「その意気だ! ぜひフットザール家の鼻をへし折ってくれ!」

「そんなつもりは毛頭ありませんからね!」


 二度も上級貴族と揉めたくない、というのがアルの心からの本心だった。

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