第188話:キリアンとの模擬戦

 そして、翌日は屋敷の裏庭に家族全員が集まった。その中にはチグサとエミリアもいる。

 エミリアにはすぐに使いが出されたようで、ぜひ見たいと屋敷へ朝からやって来たのだ。


「うふふ、キリアン君とアル君の模擬戦だなんて、とても楽しみだわ」

「エミリアさんでもそのように思うのですね」

「当然ですよ、奥様。キリアン君もアル君も、私が教えてきた生徒の中では一、二を争う実力者ですから」


 そんな会話がなされている中、アルとキリアンは裏庭の中央で向かい合っている。

 キリアンの手には50センチほどの長さがある杖が握られており、アルの手にはアルディソード。

 杖ではなく剣を持ち出したアルに驚きを示していたキリアンだったが、冒険者を目指していることを聞いていたこともありすぐに気持ちを引き締め直す。


「アル、本気で来てくれよ」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「それでは模擬戦を始めます」


 審判を務めるのはチグサである。

 二人の模擬戦の審判をできるのがチグサしかいないというのがレオンの判断だった。


「では――始め!」


 右手が降ろされた直後に仕掛けてきたのはキリアンだ。

 放たれたのは火属性のファイアボール。

 レベル1でも放つことのできる魔法なのだが、その規模が同じ火属性を扱うクルルとは全く異なっていた。


「で、でかい!」

「まだまだこんなもんじゃないよ!」


 威力もさることながら、単発ではなく連続で放たれていく。

 アルは最初こそ驚いたもののすぐに気持ちを落ち着かせて回避行動をとる。

 ファイアボールとの間合いを図りながら紙一重で回避しつつキリアンとの間合いを詰めていく。

 だが、キリアンも立ち止まって魔法を放っているわけではない。


「今度は、そっちから!?」

「次はこっちだ!」

「なあっ! い、いつの間に!」


 右から声がしたかと思えば、今度は後ろから声がする。

 最初の攻撃こそ火属性だったが、今では水属性と土属性の攻撃まで入り混じってきている。


(これだけの攻撃をしてきているが、心の属性はまだ使っていない? いや、もう使っているのか?)


 キリアンの心の属性はラミアンと同じ光属性。

 アルはあらゆる方向から声がするこのからくりに光属性が関わっているだろうと予測を立てる。

 回避しながらも思考を止めることはない。これがアルの一つの強みでもあった。


「これで終わりかい、アル!」

「まさか、これからですよ!」


 視覚や聴覚に頼っていてはキリアンの正確な場所を把握することが難しいと判断したアルは魔力を感じ取ることへ意識を集中させる。


「アルお兄様はこれだけの魔力が入り乱れる中で、キリアンお兄様の魔力を感じ取るつもりなの?」

「でしょうね。正直、私には無理な芸当だけど」

「わ、私にも無理ですよ、先生」


 アンナとエミリアが口にする通り、多くの魔法が放たれては消えていく裏庭には大量の魔力が入り乱れている。

 現時点ではその全てがキリアンの魔力になっているので本人を見つけ出すのはほぼ不可能だと言えるだろう。

 だが、それを成し得てしまうのがアルだった。


「……ち、父上。アルは、目を閉じてませんか?」

「……閉じてるな」

「……もう、アルは私たちの予想を簡単に超えてしまうわね」


 驚愕の声を漏らすガルボと呆れているレオン。

 そんな中でラミアンはアルの動きに惚れ惚れしていた。

 それは何故か、魔力の流れを感じ取ることで目を閉じた状態でも大量に放たれる魔法を全て紙一重で回避し続けているからだ。

 アルの奇行に気づいたキリアンも戦いながら驚愕し、それが反撃のきっかけになってしまった。


「――いた!」


 放たれた魔力は本人の動揺に影響されることはないが、内包されている魔力は動揺と共に揺れ動く。

 キリアンの動揺はとても小さなものであり魔力の揺れ動きも同様に小さなものだったが、アルはその小さな違和感を寸分の狂いなく感じ取っていた。

 目を見開いたアルは魔法の弾幕を掻い潜りながら駆け出していく。

 しかし、そこには誰もいない――はずだった。


疾風飛斬しっぷうひざん!」


 放たれた飛ぶ斬撃が地面を抉りながら何もない空間を斬り裂く。

 しかし、何もない空間から転がり出てきたのは間違いなくキリアンだった。


「な、なんだ、今の魔法は!」

「魔法ではなく、剣術ですよ」

「け、剣術!? だけど、これは回避できないだろう!」


 ここでキリアンが奥の手を出してきた。

 光属性レベル4による攻撃魔法――スターレイン。

 魔法を連続で発動していた先ほどまでは多少の発動間隔があり回避されていたが、一つの魔法で複数の攻撃を放つことができるスターレインだと発動間隔はほとんどない。

 回避する隙間がない今、レベル1しか使えないアルの敗北は決定的だと思われた。


「奥の手には、奥の手を!」


 構えられたアルディソードの刀身から風切り音が聞こえてくる。

 その事実に気づいたのは相対しているキリアンだけだったが、何が起きるのかは検討がつかない。

 そして――その表情は驚愕に彩られた。


「ウインドソード、魔法を斬り裂け!」


 水と木の二属性を用いた魔法剣がスターレインを斬り裂くだけではなく、振り抜くのと同時に魔力融合によるシルフブレイドが放たれた。

 スターレインが斬り裂かれたことでアルとキリアンの間には遮るものは何一つなく、シルフブレイドは確実にキリアンを捉えた。


「ぐわああああっ!」

「それまで!」


 チグサの合図を受けて、アルとキリアンの模擬戦はアルに軍配が上がった。

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