第60話:ダンジョン・七階層②

 魔獣の居場所が分かると言ったアルだったが、その発言は正しかった。

 リリーナとクルルはまさかと思っていたのだが、少し離れた拓けた場所には今まで遭遇した魔獣とは明らかに雰囲気が違う巨大な魔獣が、別の魔獣を喰らっている場面に遭遇していた。


「……おそらく、あいつがキリアン兄上でも倒せなかった魔獣の正体だな」

「……で、でかくないかしら?」

「……ブルコングの二倍近くありますね」


 地面を四肢で踏みしめる黒狼こくろうとも呼称される魔獣──ブラックウルフ。

 本来はブルコングと同じくらいか、それよりも小さな個体がほとんどなのだが、目の前のブラックウルフはリリーナの言葉通りに異常に大きな個体だった。


「……ブラックウルフの、特殊個体なのか?」

「……そうなると、普通の個体よりも強いってことよね」

「……アル様、ご指示を」


 ここは連携が重要になってくる、だからこそ二人はアルに指示を求めた。


「……まずは正攻法でいく。俺とリリーナのウッドロープで動きを封じて、クルルのメガフレイムで仕留める。そちらが上手くいかなかった場合は、俺が前衛に出て注意を引くから、各々で行動してくれ」

「……それでいいの?」

「……あぁ、構わない。指示をするのも大事だが、そこに凝り固まってしまうのも今回は危険だと判断した。それに、二人なら的確な判断ができると信じているからな」

「……そのご期待に、必ずや応えてみせます」


 アルの言葉を受けて、三人はお互いに視線を交えて大きく頷いた。


「……それじゃあ──行くぞ!」


 まずはアルが茂みから飛び出してウッドロープを発動させる。

 直後には食事を楽しんでいたブラックウルフが弾かれたように振り返り咆哮をあげた。


『──ウオオオオオオオッ!』

「これは……威圧か!」


 皮膚が痺れたかのような感覚を覚え、アルは小さく舌打ちをする。


(二人は大丈夫か? この威圧は、慣れた者でもきついものがあるぞ!)


 振り返りたい誘惑に駆られたものの、ここで振り返れば二人の居場所をブラックウルフに教えているようなものである。

 アルは二人を信じることで誘惑を断ち切り、ブラックウルフを睨みつけてウッドロープを向かわせた。


『ガルアアアアッ!』

「ブレスか!」


 正面から迫った二本のウッドロープがブラックウルフのブレスによって炭に変えられてしまうと、後方から迫っていた二本は飛び上がり回避する。

 失った二本を別の場所から顕現させたアルは着地のタイミングを狙って再び四本のウッドロープを殺到させた。


「一本くらいは絡まれよ!」

『グルルルル──ガルアッ!』

「ちいっ! 爪が剣にもなるってか!?」


 絶妙なタイミングで四肢に絡みつくかに思われたウッドロープだったが、鋭い爪を振るうことで一瞬のうちに斬り捨てられてしまった。


「だが、まだまだ!」

『ガルアアアアッ!』


 アルが三度ウッドロープを発動しようとした直後にはブラックウルフからアルめがけてブレスが吐き出された。

 堪らず魔法を中断して回避を選択したアルだったが、ブラックウルフはアルの動きを先読みして地面を蹴り一気に間合いを詰めてくる。


「──ウッドロープ!」

「──メガフレイム!」


 そこに響いてきたのはリリーナとクルルの声だった。

 アルはブラックウルフが回避して着地をする、自分が狙ったタイミングを相手も狙ってくると予想していた。


『グルアッ!』


 完璧なタイミングでの攻撃を中断させられたブラックウルフの動きがわずかだが乱れた。

 リリーナのウッドロープを斬り捨て、クルルのメガフレイムにはブレスを吐き出す。

 一方のアルは、二人がこのタイミングで仕掛けることを信じ、自らも次の魔法を準備していた。


「──ツリースパイラル!」


 周囲の木々がひとりでに揺れて動きだす。

 細長い蔦ではなく、太く硬い枝がまるで鞭のようにしなりながらブラックウルフへと襲い掛かる。

 その数はウッドロープの四本を優に超えて二桁に届いていた。


『グルオオオオッ!』


 数の優位を突いた──かに見えたが、ブラックウルフはブレスを途切れさせることなく吐き続けると、迫るツリースパイラルを焼き炭にしてしまう。

 首を四方八方へと振っているのでリリーナとクルルは巻き込まれないように逃げ惑っていた。


「いい加減に、諦めろ──アースグリーン!」


 ここに来て発動させるのは魔力融合によるアースグリーン。

 土属性と木属性を融合させ、任意の場所に新たな植物を生やす魔法。

 効果だけを聞けば、ただ植物を生やすだけの魔法なのだが、使いどころを間違えなければ奇襲となりうる。

 アルが選択した場所は──ブラックウルフの顎の下にある地面だった。


 ──ドンッ!


『ゴブッ──ブフグルアアアアッ!』


 地面から勢いよく生えた大木が、ブレスを吐き続けているブラックウルフの顎を捉えて無理やりに口を閉ざしてしまう。

 行き場を失ったブレスは自身の口内で暴走、大爆発を巻き起こした。


「これで、終わるか?」


 黒煙がブラックウルフを包み込み、その姿が確認できない。

 アルは警戒を解くことなく、黒煙を睨み付けていた──その時である。


『──ウオオオオオオオッ!』

「ちいっ! また威圧か!」


 咆哮と同時に黒煙が弾け飛び、ブラックウルフが走り出す。

 だが、その先にいたのはアルではなく──


「リリーナ! クルル!」


 威圧によって動きを阻害されていた、リリーナとクルルだった。

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